第34話:大切なもの
アールゲイツは核爆弾の起爆を操作する為の通信機が故障した為にそれを交換しに急いでいた。
若い頃に軍に入りのらりくらりと安全な後方支援部隊に配属されるようにそこそこの実力がありながら出世をせず、物資の運搬する部隊に収まっていた。
そして地球と火星の間の航路で何度も運搬業務を行うようになって、やがて地球で知り合ったメリヤと言う女性と恋仲に落ち結婚をする。
しかし火星と地球の航路での運搬業務がある為家を空ける事が多く、些細な喧嘩が原因で離婚する事となった。
「ちくしょう、最後の最後で! しかしこいつを地球に落とす事だけは阻止しなければ!!」
言いながら研究所にまで戻って来る。
既に真空で無重力になったそこは以前の風景と激変していた。
しかしながら擱座して止めておいたボトムは倒れてはいたもののまだ動きそうだった。
「レーメル、いるか!?」
『いるわ、起動はさせている。すぐに通信機を持って移動して、座標はここ!』
アールゲイツはレーメルに言われた予備の通信機を持ってすぐにボトムでその場を飛び立つ。
そしてバーニアをふかしながら核爆弾が設置されているそこまで行く。
「ちくしょう、地球がもうあんなに近くにいやがる!!」
『急いで! 早く設置して爆破しないと地球の引力に引かれてしまう、もし爆破出来てもまとまった残骸のせいでかなりの破片が地表に落ちてしまうわ!!』
この区画を爆破で破壊して粉々にするタイミングがずれると瓦礫がまとまった塊となり大気圏で燃え尽きる事無く地表へ落ちてしまう可能性が高くなってしまう。
その事実にアールゲイツは冷や汗をかきながら壊れた通信機を見る。
するとそこにはコロニー崩壊時に飛び散った破片が突き刺さっていた。
「こいつが原因か! くそ通信機丸ごと取り換えだ!!」
言いながらボトムから降りて核爆弾と通信機のケーブルを抜き去りまたボトムに乗り込みその通信機を引っぺがす。
そして予備の通信機をその横に設置してからまたボトムから降りて核爆弾にそのケーブルを挿し込む。
「レーメル、通信機の取り換えが終わった! 確認してくれ!!」
『分かったわ…… だめっ、通信機が反応しない!?』
ボトムにコピーされたレーメルはボトムから通信機にアクセスしてシステムのチェックをしようとしたが通信機が反応しない。
それを聞いてアールゲイツはもう一度核爆弾と通信機を確認して絶句する。
「嘘だろ……」
それはアールゲイツに衝撃と絶望を与えるものだった。
通信機から核爆弾に伸びるケーブルをたどって核爆弾側をもう一度よく見ると核爆弾側の方にも崩壊時の破片が突き刺さっていた。
慌ててその部分のカバーを剥がし中を見ると通信機の信号を受信する部位の基盤が完全に壊れていた。
「レーメル、何とかならねぇのか!?」
『受信機の基盤が壊れるなんて…… 駄目だわ、これではいくら私でも遠隔操作できない!!』
悲鳴のようなそれはアールゲイツのわずかに残った希望を断ち切った。
このままではこのコロニーの残骸が地表へと落ちる。
そうなれば甚大な被害が及ぶ。
アールゲイツはもう一度地球を見る。
「くそ、本当に奇麗な色しやがって…… くそっ……」
そこまで言ってアールゲイツはすぐに核爆弾の基盤を引っぺがしボトムのケーブルを引っ張り出す。
「レーメル、ミシャオナとお前の本体を射出しろ! 今すぐにだ!!」
『アールゲイツ? ちょっと、何する気よ!?』
アールゲイツはボトムの設定を操り核爆弾の起爆回線をつなげる。
「こいつは俺が起爆させる。お前たちはすぐにでもカプセルで脱出しろ」
『アールゲイツ? そんなことしたらあなたが!!』
アールゲイツはそれでも黙って設定を進める。
そしてハッチの空いたそこからもう一度だけ地球を見る。
「カルフォルニアにはこいつは落とさせねぇ、メリアには生きていてもらいたいんだ……もしメリアに会えたならよろしく言ってくれ」
『ちょ、何言い出すのよ、まだ方法はっ!』
しかしアールゲイツは腕の時計を見て言う。
「もう時間だ。間に合わねぇよ…… 俺のパーソナルデーターだ。受け取れ」
そう言って左腕に埋め込まれているチップをコンソールに向けて非接触のデーター通信をさせる。
レーメルはそれを受け取り本体に送信してミシャオナと本体のレーメルに言う。
『すぐに脱出して! ここを爆破するわ!!』
「へへへ、最後に付き添いさせちまったな?」
『仕方ないわよ、それに私はコピーのレーメル。この私が消えても本体が生き残れば私は存在し続けられる。こんな私だけど最後まで付き合ってあげるわ』
「ははは、最後にこんな若い美人さんと一緒だったらメリアもやきもち焼くかな?」
アールゲイツはそう言いながらもう一度地球を見る。
そして叫ぶ。
「メリアっ! 愛してたぞっ!!」
その瞬間アールゲイツの乗るボトムの足元の核爆弾が白く光るのだった。
* * * * *
「アールゲイツさん、駄目ぇっ!!」
『ミシャオナ、もう間に合わないわっ! 脱出カプセル射出!』
通信でアールゲイツとのやり取りを聞いていたミシャオナは体を固定していたベルトを外そうとしたもののレーメルに止められそのまま脱出カプセルの扉を閉めて射出をする。
既に眼下に見える地球は大きくなっていて地表の様子さえ見えるほどになっていた。
そしてミシャオナの乗る脱出カプセルが射出されるとすぐにコロニーの残骸が白く光る。
その爆裂する光を背にミシャオナの乗るカプセルは地球へと一直線に飛んで行く。
「アールゲイツさんっ!!!!」
ミシャオナの悲鳴を残しカプセルはどんどんと地球へと向かって行くのだった。
* * *
『くっ、爆発の力が予想以上に強い! カプセルの突入角がきつすぎる!!』
レーメルは完全にコロニーの残骸の爆破する威力が想定を超えていたことに驚く。
そしてそのせいでこの周辺状況が不安定になってミシャオナの乗るカプセルにも細やかな残骸がぶつかり大気圏への突入角度がきつくなり速度が速くなってしまう。
速度が速くなると言う事は摩擦抵抗も上がり、下手をすると脱出カプセルでさえ大気圏で燃えてしまう。
なのでレーメルは慌てて姿勢制御の為にこのカプセルのコントロールを試みる。
「レ、レーメルこれって!」
『大丈夫、私が何とかする。ミシャオナだけは私が守って見せる!!』
レーメルはそう言いながらカプセルの姿勢制御を試みる。
カプセルは既に地球の引力に引かれ、薄い大気の膜の中に入っていた。
途端にカプセル自体が大きく揺れる。
「わ、わわわわっわぁ、レーメルぅっ!」
『くっ予想以上に突入角が直せない! 大気の層がこんなにも変動的だなんて!!』
レーメルはカプセルの姿勢制御の為外部にある噴出口から細やかに噴出を繰り返し何とか体勢を立て直そうと試みる。
しかしそのうちいくつかの噴射口からの反応がない。
『どう言うこと!? 噴射できない箇所がある!?』
レーメルはすぐに調べるも噴射口がコロニーの爆破時の残骸で損傷している所がある事に気付く。
今更ながらにアールゲイツの言葉が頭をよぎる。
―― 浮かれるのはいいがまだ終わってないからな。大気圏突入は想像以上にイレギュラーが起こりやすい、気を抜くなよ? ――
それを思い出し思わず苦笑する。
そしてミシャオナに言う。
『ミシャオナだけでも何とかしなきゃ!』
言いながらレーメルはこのカプセルの全システムをミシャオナのいるブロック最優先に考える。
そしてある方法に辿り着く。
『あと二分耐えられれば大気濃度が上がって減速できる。ミシャオナのいるブロックだけを分離して放り出せば何とかなる。そうすればこのカプセルの残った部分を盾にして大気圏を突っ切れる!』
そう考えた瞬間、レーメルは本体機能をカプセルのコントロールシステムに移す。
『ミシャオナ、あなたのいるブロックを切り離すわ! そしてこのカプセル本体を私が制御して大気圏を突っ切る、私の影にあなたのいるブロックを入れればそちらは摩擦熱で燃え尽きる事は無いわ!!』
「レ、レーメルはどうなっちゃうの!?」
ミシャオナに聞かれて瞬間言葉を返せなくなるレーメルだが唇を噛んでから言う。
『ミシャオナは私が守る! だからごめん!!』
レーメルがそう言った瞬間だった。
ミシャオナが乗る部分がカプセルから分離される。
はがれた外壁からそのブロックは飛び出し大気圏に突入中のカプセルの影に隠れるように地球へ落下する。
それと同時にミシャオナの手に握るスマホのような端末からレーメルも消える。
勿論本体であるアタッシュケースの機能もいつの間にか停止している。
「レーメル? レーメルっ!!」
切り離されたブロックの中でミシャオナはレーメルの名を叫ぶも、もう手にしたスマホのような端末からレーメルの声は聞こえない。
しかしカプセルはどんどん燃え始め外壁も何もはがれ始める。
その瞬間、ミシャオナにはレーメルの声が聞こえたような気がした。
『大丈夫、私の全てを使ってあなたを守るわ。私の親友で相棒、あなただけでも絶対に地球へ送り届けるわ……』
「レーメル?」
ミシャオナがそうつぶやいた時だった。
彼女の分離した部分の前で盾のように大気圏の摩擦に耐えていたカプセルが白き輝きを発し爆発した。
それは二分ギリギリの時間を保ち最後にミシャオナのいるブロックを爆圧で減速させそして濃い大気の中で自由落下の状態へと移行させた。
減速が出来、濃い大気の中では空気抵抗が高まり落下速度を押さえる。
更に分離したこのブロックは自重もかなり軽くなったので空気抵抗で更なる減速が出来、高度一万メートルに達する頃には減速用の噴射も始まりパラシュートも開きミシャオナに地球の重力を感じさせる。
ミシャオナはすぐに体を押さえつけえるベルトやら何やらを外し叫ぶ。
「レーメル? レーメルっ!!」
本体を収納していたメグライトの記憶媒体であるアタッシュケースも、手に持つスマホのような端末も沈黙を続けるだけだった。
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