第18話:決断
「はぁ? 人類滅亡計画だとぉ~??」
『そうよ、人類滅亡計画よ』
レーメルに真顔でそう言われてアールゲイツは暫し沈黙する。
そしてふいに大笑いを始める。
「ぶはははははははっ! ゴーストが人類を滅亡させると? どうやって? 何時に? 有り得んだろうに、そんな大それたこと!!」
『なっ! あなただって火星で起こった事は知っているでしょう? それにメグライトの暴走でシェルターが破壊されたってことも!』
大笑いするアールゲイツにレーメルは食って掛かる。
しかしそれが功を成したのかアールゲイツは大笑いをやめる。
「ちょっと待て、シェルター被害でメグライトが何だって?」
『知らないの? シェルターや鉱山の爆破は搭載されているメグライトを使った機器の熱暴走で起こったのよ? 火星総督府はもうこの事を知っているはずよ?』
レーメルがそこまで言うとアールゲイツはまた黙り込む。
そして何かを確認するようにぶつぶつと言い始める。
「火星のテロ行為は爆破物によるものだと思っていたが、熱暴走で爆発が起こったとなると合点がいく。液化薬か何かによる爆発の可能性ばかり考えていたが、熱暴走ならばそれを忍ばせる必要はない、いや、メグライト製のコントロールユニットなんざどこにでもあるぞ? それを熱暴走、出来るのかそんな事が?」
通常火薬は酸素が無ければ化学反応を起こさない。
なので二酸化炭素がおもな成分となる火星の大気中では火は燃えない。
しかし液火薬等は二種類以上の化学薬品を混ぜる事により急激な反応を示すものもある。
金属ナトリウムに水をかけると急激な反応を示し、爆発するような現象も起こる。
アールゲイツは今までのテロ行為がそう言った物であると思っていた。
しかし、もしメグライトを使った物が熱暴走させられるのであれば話は違う。
現在のコントロールユニットには大小合わせて様々なメグライト製の部品が使われている。
もしそれが熱暴走を起こしたら……
ひとしきりぶつぶつ言ってからレーメルを見る。
するとレーメルはメグライトを使ったメモリースティックを引き合いにミシャオナに指示をする。
『そこの端末にメモリースティックを挿し込んでミシャオナ、スティックはこっちにあるわ』
「え? なになに??」
部屋の掃除をしていたミシャオナはレーメルにそう言われ慌てて通信席のレーメル本体のアタッシュケース横に行く。
するとアタッシュケースからぴこっとメモリースティックが飛び出る。
ミシャオナはそれを受け取り、指示された端末に取り付けてみる。
『メグライトはオバーロードさせると一気に発熱をするわ。しかし普通のデーター送信ではそれが出来ない。でも私たちゴーストはバイパスの大きさ以上のデーター送信技術があるの。見てて』
そう言って端末に差し込まれたメモリースティックにレーメルは一気に大量のデーターを流す。
そしてミシャオナにすぐに言う。
『ミシャオナ、そのメモリースティックをすぐに外して! そしてそいつのつまみの皿パックの中に置いて、早く!!』
「え、ええっ? こ、こうかな…… あつっ!」
ミシャオナは言われた通りメモリースティックを外しアールゲイツが食べ終わった耐火性のつまみのパックに入れる。
するとそれはどんどん熱を帯びているようで赤くなり始める。
さらに熱が上がっているようで数秒後には中心部が白く発光するほどになり、全体が飴のように溶けてしまった。
「なにこれっ!?」
「まさか、本当にメグライトの熱暴走か!? メモリースティックを溶かすなんざ、この瞬間に千度以上の熱上昇をしているぞ!!」
耐熱用のパックであったが熱により穴が開き、固定していたテーブルアームも溶かし始めていた。
当然異常事態を判断して室内のアラームが鳴り、消化液が噴出しそうになるのをレーメルがすぐに解除する。
『ご覧の通り、ゼアスたちの超高速ドライブ方法を使えばメグライトが処理容量をオーバーして熱暴走が始まるわ。火星のテロはこれによって引き起こされたの。瞬時にしてメグライトが数千度に達する熱暴走を起こせば近くの物なんて大概が熱によって壊されてしまう、場合によっては爆発もするでしょう』
アールゲイツは自分の手前にあったアームテーブルが溶けてしまったそれを見てからレーメルを見る。
「確かに、これを仕掛けられたら今の人類に防ぐ術はないが、これで人類滅亡させるのは流石に言い過ぎじゃないか?」
無重力であったおかげでアームテーブルはその先端で溶けた部分が丸くなって固まり始めていた。
『それはあくまでもシステムなんかを混乱させるための物、本当の狙いは質量兵器の主要都市への落下よ』
それを聞いたアールゲイツは流石に驚きの声を上げる。
「ちょっと待て、質量兵器ってそんなデカ物は地球圏じゃ各経済圏が管理しているぞ? 月だって、火星だって同じだろうに?」
『でもゴミは放置したままでしょ?』
レーメルにそう言われて初めて気づいたように驚くアールゲイツ。
質量兵器とはいたってシンプルなもので、質量のあるものを地球や月の主要都市に落とす事である。
暗礁区にある廃棄コロニーなどがそれで、その質量は大気圏内でも燃え尽きる事は無く地表に落ちる。
大破壊を起こし、気候の変動さえ起るだろうそれは太古の恐竜絶滅時に匹敵するだろう。
「まさか、暗礁区のごみを移動させるのか? しかしそんなことしたらすぐに監視衛生に気付かれるはずだぞ?」
『普通にやればね。でもその監視衛生を私たちゴーストが乗っ取っていたら?』
そこまで言われてアールゲイツはドカッと船長席に座り直す。
「本気か?」
モニターに映し出されるレーメルを見ながらそう聞く。
レーメルは努めて冷静に答える。
『本気も何もあのゼクスはそう宣言している。オリビヤはそれを実行しようとする組織よ? 全ての人類をゴーストにして次なるステージの進化へってね』
それを聞いたアールゲイツは顔に手を当て大きくため息をつく。
「なんで一介の俺みたいな兵士にそんな話が来るんだかね……」
『でもそれが現実となろうとしている。だからあなたに協力してもらいたいの』
レーメルはそう言ってアールゲイツを見る。
彼は暫し手を顔に当てて上を向いて黙っていたが、ふいにレーメルに顔を向け言う。
「それで、俺に何が出来るって言うんだ?」
それを聞いたレーメルは内心ほっと息を吐きながら説明を始めるのだった。
* * *
「つまり、その記憶媒体にターミナルやIDタグからその人間のデーターを仮想空間にコピーして火星の裏側にあるコロニーにデーター送信した後に質量兵器を落とすと。それをうまく行かせるために各経済圏のシステムをメグライトの暴走をさせると。 ずいぶんと用意周到じゃないか、こんなの何年も前から準備していたんだろ?」
缶ビールを飲みながらアールゲイツはレーメルにそう聞く。
『そうね、最新型のメグライトの記憶媒体は既に地球や月に運び込まれている。これには最新技術を盗みだして私たちゴーストに適合させた通信システムを備えているの。そしてその通信速度は従来の比ではないわ。ゴーストになることを希望する者はそれに個人情報をコピーすれば後は死を待つだけ。そしてゴーストとなり永遠の命とか言っているけど、死んだらその人間はそれで終わりよ。私も含めゴーストは所詮その者のコピー。意思や思考を受け継いでいるけどその人物では無いのよ…… それに人類が滅亡したら私たちだってやがて消えてなくなるわ。いくらこの船の大量のメグライト原石が暗礁区で加工できても、全人類を受け入れればそのメモリー容量は足らなくなる。ゼアスたちはメグライトを過信しすぎているのよ』
レーメルはそう言ってアールゲイツにこの貨物船の航路と暗礁区のゴーストたちが接触するであろうポイントを表示する。
『私とミシャオナはこの船を暗礁区から遠ざけてゴーストの実働部隊にメグライトを奪い取らせないようにしながら脱出ポッドで地球に降りたいの。後はUS経済圏がゴーストの住処である暗礁区の廃棄コロニーを押さえれば今回の問題は収まるわ。あなたはその後に私たちゴーストにこの船を乗っ取られたと言ってUS経済圏に保護を求めれば良いわけよ』
レーメルはそう説明するとアールゲイツはその航路を見ながら唸る。
「この航路、結構ギリギリだな。今から軌道修正して地球圏にお前さんたちを放り出して周回軌道に回すとして、推進剤がギリギリか……」
『でもその距離を取らなければオリビヤの連中に捕まるわ。多分あっちもボトムの改造を行い無人機で来るはずよ』
それを聞いてさらにアールゲイツは顔をしかめる。
もともと宇宙空間で作業をする為の人型作業機ボトムは単独で動き回ることを想定して機動力が高い。
火星でミシャオナが乗った民間のボトムでさえセキュリティーロボットをあっさりと倒す事が出来た。
今レーメルが提示するボトムはその上を行く軍用ボトムだろうと言う。
機動力もその兵装も民間のそれと比べ物にならない。
「だが、US経済圏の動きはどうなんだ?」
『少なくとも火星を出た時にはもうゴーストのいる暗礁区を突きとめていたわ。その辺は流石ね、火星総督府が裏取引をするだけの事はあるわ。で、US経済圏が宇宙軍の編成をして攻め込むのとこの貨物船が暗礁区付近に到達するのとほぼ同じ頃になるわね』
「何か計ったかのようなタイミングだな…… ここまでの話、俺を騙してるんじゃないだろうな?」
アールゲイツは今更にそう言ってレーメルを見るがレーメルはミシャオナに目を向けて言う。
『ミシャオナと言う人質がいるのに嘘ついてどうするの? それに今後ミシャオナが地球で生活するのに妨げになる事を私が望むと思うの?』
アールゲイツはレーメルにそう言われミシャオナを見る。
そしてため息をついてから言う。
「まったく、これで旨い蜜は吸えなくなっちまうな…… だが人類が滅亡しちまったらその蜜自体が吸えなくなる。仕方ない、協力をするしかないな」
そう言って頭をかきむしる。
が、その時だった。
貨物船が揺れた。
宇宙空間で船が揺れるのは原則何かにぶつかった時でしかない。
「おい、この揺れはなんだ!?」
『ちょっと待って…… なにこれ? 船外監視センサーが止まっている? バックコードが入っている? しまった、私が介入したからサブAIの監視センサーがバグって止まっているじゃないの!! って、このバックコード、あなたの本体のAIからじゃないのっ!?』
システムを洗い直してレーメルは叫ぶ。
そしてアールゲイツは「あっ」とか声を漏らし生体反応などのセンサー類を止めて居住区へ酒のつまみを取りに行った事を思い出していた。
何せ勤務中に持ち場を離れるにはセンサー類を止めて偽装する必要がある。
でなければ火星に秘匿コードで日報を伝えている時に不自然な部分が出てしまうからだ。
そんな事を思っていたら途端にコックピットに警報のブザーが鳴り響く。
「レ、レーメル何が起こっているの!?」
『まずい事になったわね……』
船の状態を確かめるレーメルは頬に一筋の汗を流しながらそう言うのだった。
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