第17話:アールゲイツ


「まさかこの船に密航者がいたとはな…… しかも大胆に居住区でシャワーを浴びていたとはな」



 アールゲイツはそう言って拳銃をミシャオナに向ける。

 流石にその辺は軍属、酔っていてもきちんと対処はしている。



『なっ!? バカなっ!! 船のシステムは完全に乗っ取ったのに!!』



 いきなりの侵入者にレーメルも驚く。

 それもそのはず、アールゲイツの生体反応は今だ船長席に固定されたままのはずだったからだ。



「なんだ、もうゴーストがアクセスしていたのか? まだ火星を飛び立ったばかりだと言うのに?」


 しかしアールゲイツはゴーストらしき存在がいるのにもかかわらずさほど驚きもしない。



「ううう、撃たないでください!!」



 裸のまま両の手を上げて抵抗するつもりがないことをアピールするミシャオナ。

 しかしそれがまずかった。

 アールゲイツの意識がすぐにミシャオナに戻る。



「ほう、ガキではあるが可愛らしいな……」


『ミシャオナっ!! やめなさい、彼女はまだ子供よ!!』


「ひえぇえええぇ、私犯されちゃうの!?」



 流石に両の手を上げていたのを胸に手を持って行き隠し始めその場にしゃがむミシャオナ。

 しかしアールゲイツは銃を構えたまま呆れたように言う。



「いくら疑似重力のこんな所だってほとんど無重力みたいなもんだ、性欲なんざ無重力に近い所で沸くかよ。それに俺はグラマラスな女が好みなんだ」



「へっ?」



 いくら可憐な美少女が目の前で裸でいても無重力の空間では性欲などは基本湧いてこない。

 これは現代の国際宇宙ステーションでのアンケートでもあった話だが、無重力下では性欲が減衰するとのレポートがある。


 実際には無重力空間でそう言った行為を行うこと自体も難しいし、ずっと水の中に浮いているような環境下では自己の生命維持が最優先される。

 子孫を残そうとする本能も減退するわけだ。


 なので無重力空間で受精した哺乳類の脊椎動物の卵子はほとんど細胞分裂も始まらないまま成長が出来ないらしい。

 



「とは言え、密航者を放っておくわけにもいかないからな。早く服を着ろ。話はそれからだ」


 アールゲイツはそう言ってミシャオナに服を着る事を命令する。

 男性に着替えを見られるのはとても恥ずかしいミシャオナだったが、とりあえず貞操が守れたことにほっとする。



『一体どう言うことよ…… あなたは船長席にいたはずじゃないの?』


「あん? そういやお前さん初めて見るゴーストだな? しかも暗礁区じゃないこんな場所でアクセスするとは…… お前さん、何モンだ?」



 アールゲイツは部屋の壁に取り付けられているモニター越しのレーメルを見る。

 そしてミシャオナに銃口を突き付けそう聞く。



『っ! わ、私はゴーストだけど、そこに居るミシャオナを地球に連れていきたいだけよ!』


「ゴーストがノーマルの手助けをするのか? まさか、こいつデザインか?」


「わ、私は普通です、ノーマルです……」


 銃口を突き付けられているミシャオナはインナーを着込んだ時点でまた銃口を向けられているので両の手を上げたままだった。


「ふむ、じゃあ火星の労働者あたりか? しかしよくもこの船に乗り込めたな。あのAIめ、乗っ取られていやがったか…… あぶねえな、やっぱ本体はこっちにしておいて正解だ」


 そう言って空いている手に持っていたレーメルと同じような外部記憶媒体のアタッシュケースを見せる。



『なっ!? それじゃぁ船のシステムは!?』



「あっちはセカンドAIだ。最低限の機構を持たせた補助AIだ。バックコードに気が付かなかったか?」


 アールゲイツはそう言ってモニターの向こうのレーメルに笑う。


「しかし、通信が無かったところを見るとお前さんはコピーか何かか?」


 アールゲイツはそう言いながらアタッシュケースについている小さなモニターを確認する。

 これはこの記憶媒体を操作する為のデバイスにもなっている。

 つまり小型のノートパソコンのような物だった。



『……船のシステムは補助AIだったなんて。でも航路も設定も完ぺきだったわ』


「ああ、航行はちゃんとそっちに任せているさ。しかしいざって時の為にこっちに本体を入れて緊急時にはバックコードでこちらの命令を優先にさせる。ダブルAIシステムさ」


 アールゲイツは勝ち誇ったように笑いながらそう言う。

 そしてレーメルを見ながら聞く。



「で、ゼアスとは無関係ってことか?」



『……そうよ。私はオリビヤでも無いし、ゼアスの思想に同調するわけでもないわ。ただミシャオナを地球に連れて行きたかっただけよ』



「そうか、なら大人しくするならそれでいい。勿論この事は他言無用だ」


 アールゲイツはそう言って拳銃を腰のホルダーに戻す。

 その行為にミシャオナもレーメルも驚く。



「なんで??」


『何が目的なの?』



 アールゲイツのその行為は密航を容認すると言うものだ。

 本来軍属の船に密航などした場合、最悪ペイロードの関係で宇宙空間に放り出される事もある。

 しかしアールゲイツはそんなことお構いなしにミシャオナに向かって言う。


「ただでは乗せないがな。船の掃除や雑用はやってもらうからな」


「……い、いいんですか?」


「補助AIを乗っ取ってペイロードも何もちゃんと設定してあるんだろ? 他にもたくさん密航者がいるってのなら話は別だがガキの女一人くらいなら見逃してやるよ、その代わり掃除は頼むぞ?」


 そう言ってアールゲイツはレーメルを見る。



「さてと、今度はこっちだが。船外通信は無かった。そうするとお前さんはコピーか何かでそこの外部記憶媒体あたりにいるのがそうなんだろう?



 部屋の片隅にレーメルの本体であるアタッシュケースが壁にケーブルとくっついている。

 アールゲイツはそれを見ながら顎でその真偽を問う。



『……そう、よ。あれが私の本体。記憶媒体を壊して私を始末する?』


「いや、そんな事はしない。今お前さんに消えられたら補助AIがおかしくなるんだろ? こっちの本体を接続して再設定するのは面倒なんでな。こっちのガキの命と交換条件だ。まあどうせ暗礁区近くまで行けば他のゴーストも入って来るからそれまでなんだがな」



 そう言うアールゲイツにレーメルは鋭い目つきで睨みながら聞く。



『あなた、ゴーストの事をよく知っている様だけど……』



「まあな、お得意様だからな」


 そう言って笑うアールゲイツ。



「あ、あのどう言うことなんですか?」

 

 ほっと胸をなでおろしていたミシャオナだったが二人の会話を聞いていて思わず聞いてしまった。

 するとアールゲイツは軽くため息をついてから言う。



「まあ、内密にするってんなら話してやるけど、地球にメグライトを運送するのは全て軍属がやっていた。偽装で民間に成りすましているが、地球へメグライトを運ぶのは全て軍がやっていたんだよ。そして各経済圏ごとに内緒でメグライトを運送する秘匿任務も多い。そう言った仕事についている俺なんかは旨味が無いだろ? 少量のメグライトを途中で何処かに流しても誰も気付かないもんさ」


『それでゴーストにメグライトを横流ししていたって言うの?』


「ああ、おかげで地球産の酒や食い物、高級品が手に入る。火星のちんけなモノに比べ物にならないほどのモノがな!」



 そう言いながら煙草を引っ張り出す。

 この時代電子タバコは高級な嗜好品となっている。

 火星では一般労働者にはとても手の出るモノではない。



『ゴーストに代価として地球の嗜好品を渡されていたのね…… 道理でビールなんて高級品を水のように飲んでいられるわけだ……』



 レーメルにそう言われ電子タバコを指に挟み笑いながら言う。


「ご名答。だからお前さんたちの事も大目に見るさ、お前さんたちは地球へ行く、俺は船の掃除をしなくて済む。悪い条件じゃないだろう?」


「あ、あの、襲っては来ないですよね??」


 アールゲイツがそう言うとミシャオナはおずおずと小声でそう聞く。



「このガキ、襲ってほしかったらあと十年してから出直して来い! 俺はそんな貧乳じゃ起たねーんだよ!!」


「ま、だまだ成長期ですってば!!」



 ガツンと言われて思わずミシャオナも言い返すのだった。

 


 * * * * *



「アールゲイツさんて奥さんいないんですか?」


「ふん、離婚した」



 船長席でビールと地球産のつまみを食べながらアールゲイツは面白くなさそうにそう言う。

 ミシャオナは密航を認めてもらう代わりに船内の清掃を任されていた。

 なので余計にアールゲイツはビールを飲んで古いムービーなどを見ていられる。


 レーメルの記憶媒体はこのコックピットの通信台に固定されている。

 そして船の補助AIを乗っ取ったので航行自体を任されている。



『まったく、軍属がこうも腐っているとは思わなかったわ…… いつの間にか私たちゴーストと取引していただなんて……』


「上層部はゴーストなんざ信じていなかったからな…… しかし今回のありゃぁなんだ? あのゼクスが表舞台に出て来るなんざ」


 つまみを口に運びながらアールゲイツはレーメルに聞く。

 しかしレーメルは暫し黙ってから口を開く。



『あなた、今回もゼクスたちは大人しくあなたと取引すると思うの?』


「なんだそれは? 今までもちゃんと横流ししてうまい関係を保っていたんだぞ?」



 そう言うアールゲイツはビールの缶をホルダーに戻してレーメルを見る。



『……今回の火星での出来事知っているでしょう? 今まで私たちゴーストは個々に人間たちに接触する事はあってもあそこまで大胆な行動はしてこなかったわ。でも今回は実働部隊でセキュリティーロボットまで乗っ取って火星に奇襲をかけた。その意味が分かる?』



 レーメルは慎重に言葉を選びながらアールゲイツにそう話す。

 そのレーメルの言葉にアールゲイツも顎に手を当てながら悩む。



「確かにあんなテロ紛いな事をするなんざ初めてだった。そもそもあんたらゴーストは物欲も何も無いはずだ。それが何で今更メグライトをそんなに欲しがる?」


『話してもいいけど、協力してもらえないかしら? それに多分今回はあなたの命にもかかわる話よ?』


 レーメルにそう言われ流石にアールゲイツも腰を浮かす。


「ちょっと待て、ほんとにお前ら何をするつもりだよ?」


 アールゲイツのその言葉にレーメルは努めて冷たい表情で言う。





「人類滅亡計画よ」



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