第16話:失敗


「気持ちいいぃ~」



 ミシャオナは早速この部屋に添え付けられているシャワー室を使っていた。

 入ってすぐの場所が気密室のようになっていて部屋全体からミストの様なお湯が出て来る。

 一旦お湯を止めてモードを変えて洗浄液の噴出をすると部屋全体が泡で包まれる。



「面白~い!」



 呼吸用のマスクをしているのでシールドの向こう側は全て泡だらけになっている。

 ミシャオナは自分の身体を手で擦り、奇麗に洗い終わるとまたミストシャワーに切り替わる。

 目の前にあった泡がどんどん流されてゆき視界が戻る。


「やっぱシャワーって気持ちいいよね~」


 体を洗い終わりドライヤーを動かすと部屋中に暖かい空気が流れる。

 少し強めのそれは髪の毛までちゃんと乾かして止まる。


 ミシャオナは呼吸用の顔全体を覆うマスクを外し、耳栓を取ってから部屋を出る。



『終わったようね? どうだった』


「いやぁ、気持ち良かった。火星でお風呂入るのと全く違って面白かったよ~」


 上機嫌のミシャオナにレーメルはフーンとか言ってじろじろ見る。



『Aサイズか……』


「うっ! レ、レーメルったら何見てるのよ!!」


『まあ、前々から知ってはいたけど成長がちょっと遅いわね?』


 思わず裸の胸元を隠しながら今更に自分が何も着ていない事を思い出す。

 そして赤面しながら急いで新しいインナーを着込む。



「わ、私だってまだまだ成長期だもん。こ、これからまだ大きく成るもん!」



 インナーを着込んでから自分の胸に手を当てながら寄せてみる。

 しかしそれで盛り上がりが大きく成る事は無くミシャオナは落胆のため息をつく。



『とりあえずはお風呂も入れたし、食事も済んだわね?』


「あ、うん。ちゃんとレーション食べたけどなんかものすごくお腹が減った気がするね」


 疑似重力でも体内の食物は胃から腸へと流してくれる。

 なので臓器のうごめきだけでなく自然と胃の中が空っぽになりやすくなり空腹も感じられる。


『じゃあ後は久しぶりにしっかりと眠るのね。ミシャオナのバイタリティーは見ていたけど、ノンレム睡眠が少ないわね。やっぱり初めての環境で脳が興奮しているのね』


 レーメルはミシャオナのバイオリズムを表示しながら標準値との差を指摘する。


「確かに眠りが浅かったかな~、何時もふわふわしているからなんか頭もぼう~っとしてたし」


 常に頭に血が上っている状態は慣れなければ思考も鈍る。

 なのでバイタリティーにもその変化ははっきりと出ていた。



 『今日はしっかりと眠って体調を整えましょう。後はそれからね』



 レーメルにそう言われミシャオナは備え付けのベッドに久しぶりに重力を感じながら横になるのだった。




 * * * * *



「本日も順調っと。報告してくれ」


『了解しました』



 アールゲイツは船長席で相変わらずビールの缶を傾けていた。

 定時の連絡は秘匿のコードで送るのでモニターに相手の顔を見ながら連絡をする本来の物とは違い、電報のように暗号文を送るだけだ。

 緊急時には流石にダイレクトに通信が入ってくるが、現状は相手の顔を見る必要がない。

 なので船長席に腰かけながら朝からビールを飲んでいられるのだ。


「こいつが無かったらやってられんからな、特に今回は俺一人での任務と来れば余計に暇だ。飲んでんきゃやってられんわな」


 そう言って早くも二本目に手を伸ばす。

 と、ここで何かを思い出したよう腹を撫でる。

  

「そう言えば最近ビールばかり飲んでいるからまともに食い物を食ってないな。たまには何か食わんとまずいよな?」


 そう言いながら左腕にはめている腕時計を操作する。

 するとすぐに正面のモニターにアールゲイツのバイタリティが表示される。


「やべぇね、いつの間にか体重が減っているか…… まともに食ってないでビールばかりだから栄養も傾いているか…… レーションでも食うか、あれならバランスがいいからな」


 そう言いながら備え付けの味のしないゼリー状のレーションを取り出すが、その手が止まる。

 そして席の固定ラックに取り付けられている缶ビールを見る。

 

「せっかくビールがあると言うのにレーションじゃ味気ないか…… そういや地球産のつまみが有ったな? どうせ誰もいないんだ、それでも楽しませてもらうか」


 そう言ってアールゲイツはふわっと席を立つのだった。



 * * * * *



 ミシャオナは夢を見ていた。


 いつもの火星の赤い空を見ながら酸素を買いに行く。

 父親は公共区に移り住むために必死にメグライトの採掘現場で働いていた。

 母は小さい頃に亡くなってしまっていたからずっと父親と二人暮らし。

 他の友人たちと直接会う事も少ないミシャオナの世代は、そんな家庭環境でも特に負い目を感じる事も無く生活をして来た。


 夢の中で酸素の値上がりに文句を言いながら何故か自分もメグライトの採掘場へと向かっている。

 そして気が付くと防護服のまま暗い採掘場の中にいた。


「お父さん?」


 多分採掘場の一番奥、目の前にルビーの様なメグライトの原石を掘り出している人物がいる。

 ミシャオナはその人物が自分の父であると確信をしていた。

 だから慌てて声をかける。



「お父さん! 生きていたんだね、お父さん!!」



 しかしいくらミシャオナが呼んでもその人物は振り返る事無くメグライトの採掘を続けている。

 なのでミシャオナはその人物の元へ駆け寄りその腕に手を置く。



「お父さん、私だよ、ミシャオナだよ!!」



 そう言ってその腕を揺さぶるとやっとその人物はミシャオナの方を向く。

 しかしその顔を見てミシャオナは思わず息を飲み込む。



『君たちのお陰でもうじきたくさんのメグライトが手に入る。感謝するよ、そして君もゴーストにならないかい? そうすればレーメルとずっと一緒に居られるよ?』


 それは仮面をつけたゼアスその人だった。

 犯罪組織オリビヤのゼアス。

 父と思い込んでいたその人物は声高々に笑いながらミシャオナに振り返りメグライトの鉱石を掴んで見せる。



『さあ、君もその肉体を捨ててここへおいで。そうすれば君は永遠にこの中で生きられるのだからね』


「ひっ!」



 そう言ったゼアスの顔が防護服の中で溶けるように崩れ始める。

 それは肉体が腐って溶け出すように。



 * * *



『ミシャオナ、ミシャオナっ!!』



 レーメルが部屋に据え付けられているモニター越しにミシャオナを呼ぶ。

 ベッドで横になって唸っているミシャオナはレーメルのその声でやっと目を覚ます。


「あ、あれ…… 私は……」


『大丈夫ミシャオナ? 凄くうなされていたけど……』


 脱力した様子で起き上がるミシャオナはたっぷりと汗をかいていた。

 インナーが汗を吸い、うっすらとミシャオナの肌を透けさせている。


「悪い……夢を見ていた……」


『そう、脈拍、呼吸共に急激に上昇するから何かの病気でも発症したのかと驚いたわ。大丈夫?』


「うん、大丈夫だよ…… お父さんの夢見てた……」


 ミシャオナはそう言って少し落ち込んだような感じになった。

 レーメルはかける言葉もなくしばし沈黙する。


「でもね、お父さんだと思ったその人はあのオリビヤのゼアスって人だった。メグライト持って私にもゴーストに成れって…… もし私もゴーストになったらレーメルとずっと一緒に居られるかな?」


 そう言ってベッドの上で膝を抱えてひとしきり泣き始める。



 ミシャオナは父を鉱山で亡くし、天涯孤独の身になった。

 そしてレーメルがゴーストである事を知り、二人で地球へ行くつもりだった。

 その為の密航。


 しかしその後オリビヤの本当の目的を知りこの二人で何とかしなければならなくなった。

 そうしなければ人類が滅亡してしまうかもしれないからだ。

 いきなりそんな大事に加担をする羽目になったミシャオナは、実は不安でいっぱいだった。


 そこへ先ほどの悪夢だ。


 しかしレーメルはミシャオナに言う。



『ミシャオナ、ゴーストになったって事、私は後悔しているのよ? 仮想空間のこの真っ白な世界は確かに欲しい物は何でも自分で構築できる。いつも私がミシャオナと話をしていたあの部屋だって、この服だっていくらでも作り出せる。でもそれって本物じゃないのよ。私は本当はあなたに触れたい。一緒にご飯を食べて喋って、もっとあなたと一緒に居たい。でも仮想空間に来てしまえば触れる手も一緒に食べるご飯も全てまがい物。本当の貴方には触れられないの……』



「……レーメル?」


 膝を抱えて涙していたミシャオナはそれでもレーメルのその言葉に顔を上げる。

 レーメルは画面の向こうでミシャオナを見ながら言う。


『ゴーストになるだなんて言わないで。この私は本物のレーメルじゃないかもしれない。でもきっと本物だった私だってミシャオナに同じことを言うと思うの』


 今ここに居るレーメルはレーメルだった者のコピー。

 本物のレーメルではない。

 しかしその思考と意思は継がれている。

 そんな彼女が本心から願いのは一つ。



『私の大切な親友、いえ、相棒には笑っていて欲しい。だから私は私のできる事をする。ミシャオナの為に!』



 そう言って画面の向こうで手を広げる。

 ミシャオナはそんな画面に向かって頭をこつんと着ける。



「うん、ありがとレーメル…… 私の親友で相棒……」


 

  

 * * * * *



「うーんまたすぐにシャワーを浴びる羽目になるとは思わなかったなあ~」



 またしてもシャワーを浴びて体を温風で乾かしたミシャオナはそんな事を言いながらシャワールームから出る。



「なんでこんな所に女のガキが裸でいるんだ?」


「へっ!?」




 聞こえてきたその声に思わず固まるミシャオナだったのだ。

 

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