第15話:密航者


 貨物船は順調に航行を続けていた。

 偽装で民間の外観にしてあるこの貨物船は内部は軍用の支援物資運搬の貨物船だ。

 当然民間の物よりそのセキュリティーシステムや装備などは強固なものになっている。



「ごくごく、ぷっはーっ! 今日も問題無しっと」


 船長席でビールの缶を飲み干し握りつぶしてダストシュートに向けて放り投げるアールゲイツ。

 しかしその狙いは外れてしまいゴミの入り口からやや離れた所にぶつかって浮遊を始める。

 

 高速で宇宙空間を航行している貨物船だが、中に乗っている人間はほぼ無重力状態である。

 これは電車などで走行中の車内でボールを落としてもほぼ真っ直ぐ落ちるのと同じく慣性の法則が効いているからだ。

 なので出港時の加速のGは感じても通常航行に入ってしまえば搭乗している人物も同じスピードで動いている事になる。

 結果として船の中では他に引っ張られる重力が無いので無重力になってしまう。


 アールゲイツは既に何缶か宙に浮いたままの缶ビールを見る。



「いい加減掃除しないとまずいか…… 定期連絡は秘匿コードでしているから緊急でない限りモニター越しに顔を合わせる事は無いが、万が一こんなの見られたら減俸ものだからな……」


 そう言いながらアールゲイツは船長席から立ち上がり缶ビールが浮いているダストシュートの近くまで飛んで行く。

 軽くシートの背もたれに手を着いて押すかのようにすれば身体がふわっとそちらに流れて行く。


「うーん、空気循環フィルターもそろそろ掃除しなきゃだな」


 貨物船の中は常に緩やかに空気が循環をしている。

 それは酸素濃度と二酸化炭素濃度を調節する役目と同時に浮遊している埃やごみを回収しているのだ。

 なので基本空気循環のフィルターを取り換えるだけで掃除は終わる。


 後はダストシュートへそれらゴミを入れれば終わりだ。


「スンスン、そろそろ体も拭かなきゃか? いや、久しぶりにシャワーでも浴びるか?」


 アールゲイツは自分の腕の匂いを嗅ぎながらそんな事を言う。

 大型の貨物船には生活スペースがあって疑似重力の発生する場所もある。


 船体の前側中心部の内部にドーナッツ型の回転している部屋がある。

 そこは主に寝室になっていて部屋の回転による遠心力を利用して疑似重力を得るのだ。

 こう言った施設があるおかげで長期航行でも体調管理はしやすくなる。


「おい、二時間ほど席を離れる。居住区で休憩をしてくるから何か有ったら呼び出せ」


『了解しました。お疲れ様です』



 アールゲイツは船のAIにそう言って船長席の後ろにある扉から退室する。

 そして居住区へと向かうのだった。



 * * * * *



「貨物室って、こうなっているんだ……」



 ミシャオナは久しぶりに大きく体を伸ばし思い切り動かしてみる。

 しかし無重力化なのですぐにバランスを崩しアワアワ言う。



『遊んでないで。とりあえずこの貨物室のセンサーは乗っ取ったわ。本体のシステムにアクセスするには倉庫の管理室まで行かなきゃね。この貨物船、どうやら偽装船ね。民間登録になってるけど軍属だわ』


「へ? そうなの?」


 宙に浮いて手足をバタバタさせているミシャオナはそれでも空気があるので手足を動かすとゆっくりとそちらの方へ体が流れ始める。

 まるで水中を遊泳している様だった。


『ミシャオナ、慣れてくれば壁や床なんかを軽く蹴ったりすれば行きたい方向へ行けるわよ。それと防護服にも宇宙服と同じ機能があったはずよ、マグネットワイヤーを使えば行きたい方へ引っ張ってもらえるわよ?』


 ミシャオナはレーメルにそう言われ同じく宙に浮いているレーメルの本体であるアタッシュケースを小脇に抱え左手を壁に向かって差し伸べる。

 そして腰についているボタンを押すと、プシュッ! と音がして手首下にあった出っ張りから小さなワイヤー付きの塊が飛び出す。

 それは壁にカチッと音を鳴らしてくっつくと、今度はミシャオナ自身を引っ張るかのようにその細いワイヤ―を巻き始める。

 するとミシャオナの身体はそちらに引っ張られ程無く壁に足をつくことが出来た。


「初めてこれ使ったけど、便利なモノだったんだね!」


『歩く時は床に足を押し付ける感じにしてね。足裏のマグネットが効いているからほとんどの場所を歩けるはずよ』


 レーメルに言われミシャオナは壁を数歩歩いてみる。


「なんか変ね。それにここが床かどうかも分からない。壁、いや天井にも感じるね?」


 重力と言う明確な起点が無いので自分が立っているそこが何処なのかさえ分からなくなってしまう。

 なので宇宙船などは照明は常に上から、つまり天井から照らされるように規格統一されている。

 

『普通はそんなに気にしなくても宇宙空間では困らないわ。ただ、重力圏に入ると上下は重要だから常にどこが床かは覚えておいた方が良いわよ?』


 レーメルにそう言われ壁に立っていたミシャオナは頷く。


「分かった。それじゃ管理室へ行こう」


 そう言ってミシャオナは壁を軽く蹴って管理室へと向かうのだった。



 * * *



『良しっと、これでシステムにアクセスできた。後はセキュリティー防壁を崩してシステムを乗っ取ればこちらのモノよ』


 レーメルは貨物室の管理室から船のシステムにアクセスしていた。

 ゴーストである彼女にかかればたとえ軍用のシステムでも瞬時にアクセス権を取得できる。

 そして程無く船のシステムを乗っ取る事が出来るだろう。


「うまく行っているみたいね、レーメル?」


『貨物船のシステムは…… これで良しっと。これでシステムは私の配下に置かれたわ。問題は……』


 そう言ってレーメルは船内の監視カメラを動かす。

 するとそこは誰かの部屋らしく、入り口の辺が映し出されている。


 しかし、しばらくすると出入り口のすぐ横の扉が開いて真っ裸の男性が出てきた。



「うわっ! ちょ、ちょっとレーメル!!」



『ふむ、シャワーを浴びていたようね? この人がアールゲイツか…… ん? アルコール反応?? 何こいつ、勤務中にお酒飲んでしかもシャワー浴びていたっての!?』


 監視カメラには船内の状況を判断する為に各種センサーもついている。

 なのでアルコール臭なども検知できる。


 今は標準時間で勤務中となっている。

 普通の軍人ならこう言った事はご法度ではあるが、たった一人のはずの乗組員の場合は結構と自由にしているのが多いのは事実だった。



「レ、レーメルいくら何でも男の人の裸を盗み見するのは……」


『別に見たって減るもんじゃないし、ゴーストの世界ではみんな裸よ?』


「え”っ?」


 しれっというレーメルにミシャオナは思わず目を剥く。

 

 ゴーストの世界では便宜上人の姿を形成しているが、それは自由にその外観を変えられる。

 中には異性にその姿を変える者もいるので個人情報を確認しなければ性別でさえ怪しくなってしまう。

 逆に既に肉の身体を捨て去ってしまった為外観については無頓着になるものも多い。

 結果面倒くさくなって服のデーターを表示せずに裸の状態のままいる者も多い。

 

 レーメルは流石にミシャオナと会うために私服と言うデーターを取り入れ服を着ている状態になっている。

 なのでミシャオナにしてみればいつもレーメルは流行に敏感なスタイリッシュな服を着こなす女性と映っていた。


「じゃ、じゃあレーメルも仮想空間では裸なの?」


『そうだけど、見る?』


 またまたしれっとそう言うレーメルにミシャオナは思わずレーメルの胸元を見る。

 同世代にしては大きく感じる。

 もしその通りだとすれば自分の薄い胸と比較する羽目になるので大きくため息をついて言う。


「そのままでいいよ。レーメルの裸を見たいだなんて、それじゃ私って変態みたいじゃない?」


『別に見せても減るもんじゃないけどね』


 そんな事を言いながらアールゲイツの部屋の画像を見ると自室の冷蔵庫から缶ビールを取り出しその栓を開けて飲み始める、真っ裸で。


『まったく、水のようにビールを飲むわね…… うーん、上手くこいつを捕らえるには……』


 レーメルはいくつかの方法を考える。

 現在の位置はまだまだ火星に近い。

 足の速い宇宙船がいれば火星からの追撃に捕まってしまう距離だ。



『試算すると、あと二日か…… そうすれば船に異変が起こっても火星からはどうにもできなくなるか…… ミシャオナ、こいつの行動をあと二日間見てそれから捕まえるわよ。この二日間が過ぎればもう火星から追手が来ても間に合わなくなるから』


「えっと、じゃあ私たちはどうすればいいの?」


 裸の男性をそれでも興味があるのかちらちらと横目で見ているミシャオナ。

 そんなミシャオナにレーメルはため息をついてアールゲイツの一部分をアップで撮る。

 すると途端にミシャオナの顔が真っ赤になる。



「うわっ! いきなりアップはまだ心の準備が!!」


『なんだかんだ言ってミシャオナも興味あるのね?』



 疑似重力のある居住区ではそれはしっかりとぶら下がっていた。

 その画像のアップをミシャオナは顔を赤くして暫し見るのだった。



* * * * *



 船のシステムは乗っ取った。

 そしてアールゲイツの行動範囲はそれ程広く無かった。

 なのでミシャオナはその間に貨物船の中を色々と動き回っていた。



「だ、大丈夫かな? 居住区まで来ちゃって……」


『大丈夫よ、ちゃんとあいつが今どこにいるか確認しているから。それよりそこから入るのだけど疑似重力がかかるから気をつけてね』



 通路からエレベーターのような場所へ入って動き始めるといきなりがくんと揺れて久しぶりに重力を感じ始める。

 遠心力による疑似重力。

 ずっと頭に血が上っていたのが足元へ引っ張られるかのようになり始める。



「ふわっ、なんか体が重い……」


『これでも火星から比べれば重力はかなり低いのよ? 地球なんてこれよりずっと重力が強いから最初はかなり大変よ?』


 スマホの様な端末を落とさないようにしっかりと持つミシャオナにレーメルはそう言う。

 ミシャオナは久しぶりに感じる重力に慣れる前にエレベーターが居住区へ到達する。

 扉が開くとそこは左右急な坂のような通路に見える。



「ここが居住区なんだ…… なんであんなに通路が坂のようになってるんだろう?」


『それは足元に対して遠心力を得る為ね。ちょうどドーナッツの内側にミシャオナは立っている感じかしら? 外に飛ばされる力が足元へ向かっているからね。だから宇宙船の居住区はほとんどがこんな格好なのよ』


 レーメルの説明にミシャオナは感心しながら久しぶりの重力を味わう。

 そしてレーメルに指示された部屋に行く。

 ちょうどアールゲイツの部屋に対してドーナッツで言う反対側の場所。



『この部屋は士官用の部屋だから他の部屋より装備が良いわよ。シャワー室もついているしね』


「宇宙でシャワーを浴びられるの?」


『ミストシャワーみたいなものだけどね。使う時は呼吸用のマスクを忘れないでね』


 ミシャオナもやはり女の子、体をシートで拭くだけでは物足りなかった。

 一応は地球までシートで我慢する覚悟はあったが、こうしてシャワーを浴びられるのであればそれに越した事は無い。


「そ、それじゃぁお邪魔します」




 そう言いながらこの密航者は大胆にもその部屋に入ってゆくのだった。


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