第14話:発覚
ミシャオナが貨物船に密航して三日が経っていた。
「うう~、なんか頭がくらくらするぅ~」
『どうやら宇宙酔いになり始めているようね…… 流石に連続で無重力は初めてのミシャオナにきついか……』
薄暗いコンテナの中でミシャオナはげんなりしていた。
最初は初めての事にワクワクさえしていたし、初めての宇宙での無重力を体験してはしゃいでいたものだ。
しかし二日目にはもう飽きてしまい、暇な時間をレーメルとおしゃべりしたりゲームをしたりとして過ごしていた。
だが流石に三日目にもなるとそれも飽きる。
さらに言えばずっと水中の様な無重力下にいるので体調の変化も始まっていた。
「レーメルの言う通り、食事は無理矢理とっているから体内時計は何とかなっているけど、ずっとこの薄暗いコンテナの中ってのはなぁ……」
そう言いながらミシャオナは防護服の股間に手を回し、パックのおむつを外す。
そして新しいおむつを装着してダストボックスへ手に持っていたおむつを放り込む。
宇宙空間では排泄物をこうしてパックのおむつで済ませる。
衛生上最低一週間に一度は体を滅菌シートで拭かなければならないが、排泄物はそうはいかない。
なので排泄物は防護服を着ると排泄用の管が体の中に自動で潜り込み、排泄物を引き出しおむつの中に取り込む。
「えーと、後一週間くらいで生理も来ちゃうかぁ…… 追加の生理用パックも準備しなきゃだなぁ……」
『ん、んんっ! ミ、ミシャオナ、いくら同じ同性だからってそう言うことはもう少しその、オブラートに包むと言うか……』
「え~別にレーメルだもん、良いじゃんそのくらい~」
個人情報を平然と暴露しながら屈託のない笑顔を見せるミシャオナにレーメルはやや頬を赤くしながら言う。
『私も、知らない訳じゃないから、ミシャオナってアレの時って大変なの?』
「うーん、先月はそれ程じゃなかったけど、たまに痛い時あるね~」
カラカラと楽しそうに話すミシャオナは画面向こうの顔を赤くするレーメルを見て新しい玩具でも見つけたかのようにニヤニヤする。
『全く、あなたって娘は…… 少しは恥じらいを持ちなさいよ!』
そう言ってプイっと横を向くレーメルを見てミシャオナはたまらず笑いだす。
「あはははは、ごめんごめん、分かったよ。レーメルの前以外ではそう言う話しないから~機嫌直してよ~」
この退屈な空間で少しでも娯楽を見つけようとするミシャオナにレーメルは仕方がないようにため息をつく。
『はぁ~、私の親友はオープンすぎるわよ…… って、なにこれっ!?』
他愛の無い話をしていたはずのレーメルがいきなり緊張した声を上げる。
「レーメル?」
『まさか、これが狙いだったの……暗礁区には確かにメグライトを加工できるプラントもあったけど……本気!?』
レーメルのそのさし迫った様子にミシャオナは思わず聞く。
「何があったのレーメル?」
『ミシャオナ、よく聞いて…… このままじゃ人類が本当に滅ぶわ。いえ、下手をしたら私たちゴーストだって危ない。あいつら、こんな計画を立ち上げていただなんて……』
レーメルのその緊張した様子にミシャオナはつばを飲み込むのだった。
* * *
「つまり、希望する人をゴーストにしてから地球や月へ廃棄コロニーを落とすって言うの?」
『そう、オリビヤのゼアスは新時代の為に既に暗礁区の廃棄コロニーで生産が始まっている新型のメグライトによる記憶媒体の生産に入っていた。こいつは従来の物より通信速度やデーターの送信速度が格段に速くて多い。そして事前に地球や月に送り込んでいたそれにゴースト化を希望する人間たちを取り込んでから密かに新しく作り上げていた火星の裏側のコロニーに全人類のデーターを蓄積してから質量兵器による人類の殲滅を行う気よ……』
それは今までどんな独裁者も行った事の無い蛮行。
そもそも人類自体を殲滅させると言うことはその存在意義自体を消し去るという行為でもある。
ゴーストはその人物の意思と意識をコピーしたデーターと言う存在。
生身の人間である本体はそのデーターを仮想空間にコピーすると同時に生命活動を停止する薬により命を落とす。
故に各政府はゴーストの存在を認めない。
それは人ではなくバグであるという認識なのだから。
『ゼアスの目的は新たな人類への革新。有機物での肉体はこの広い宇宙では有限すぎる。だから人類をゴーストにしてさらに外宇宙へまで人類を飛躍させる…… そんな馬鹿な話、なんでみんな賛同するのよ!! 私たちゴーストは人類が作り上げた仮想世界が無ければ存在すらできないと言うのに!!』
レーメルのその声は悲鳴に近かった。
実際には物理的な肉体を有していないゴーストは記憶媒体が無ければ自身を保管する場所もなくなり消えゆくデーター。
故に本来は人類の作り上げるネットや仮想世界でひっそりと生きてきたはずだった。
しかし人類の飛躍的革新を唱える一部のゴーストに他のゴーストも感化され、未知なる世界に羽ばたく為にこの途方もない計画を立ち上げた。
『私がゴーストになって約十五年、人類はほとんどその成長をしてこなかった。火星より遠くへ有機生命体を送り込むこと自体まだまだ難しいから・・・・・ 人の進化なんてそうそう簡単に起こるものじゃない。デザインたちのように能力を高めた代償に寿命を縮めると言う本末転倒な事をやっている人類よ…… それを一気にゴーストになる事で人の革新を起こそうだなんて……』
「でもなんでゴースト以外の人類を滅亡させようとするのよ?」
ミシャオナのその質問にレーメルは悲しそうに言う。
『それはゴーストと言う存在があまりにも儚くもろい存在だからよ。結局私たちは人類の作った記憶媒体や仮想空間の中でしか生きられない。この世界が、このシステムがあって初めて存在出来るのよ。だからそれを壊されることを恐れる。私だって暗礁区にある廃棄コロニーの記憶媒体の中にいたの。でもそれが壊れれば私はいなくなってしまう。死んでしまうのと同じなのよ。だから今までずっとその中にこもっていた。他の記憶媒体に私が移るのだってものすごく怖いのよ……』
「レーメル……」
画面の向こう側で自分で自分の両の腕を抱いて震えるレーメル。
しかしそんなレーメルにミシャオナは優しく言う。
「大丈夫だよ、レーメルの本体がいるこのアタッシュケースは私が何が何でも守り抜くよ。ずっと!」
『ミシャオナ…… ありがとう、心強い親友…… いえ、相棒よ!!』
「うん、任せて相棒!!」
二人はそう言って笑う。
そしてレーメルは真顔に戻って言う。
『話を戻すわ。とにかくオリビヤの連中のこの計画を何とかしなければ人類が滅亡してしまう。そしていくらメグライトがあるからと言っても所詮は私たちゴーストはただのデーター。今のシステムを維持していくにはゴーストだけで出来るはずはない。人類がいて初めて私たちゴーストだって存在できるのだから』
「だけど私たちで何が出来るの?」
『オリビヤの連中はこの船を強襲するつもりよ。地球圏に到達する前に地球と月の間にある暗礁区の近くでね。それを阻止する。この船に積まれたメグライトは地球圏で使う約五年分。これほどの量が無ければ人類をゴーストにする事は出来ない』
そう言ってレーメルは画面表示で航路を表示する。
それは火星から地球へと行く航路が示されている。
そしてその航路の途中に点滅する場所がある。
『この点滅しているのが私がいた暗礁区。別名【宇宙のごみ捨て場】よ。重力に引っ張られないごみの集積場ね。この船の航路はその暗礁区の近くを通る。だからその前に私たちでこの船の制御システムを乗っ取り、他の場所へ船を移動させればオリビヤの連中の思惑は崩せる。そしてその間にUS経済圏が手を貸して暗礁区の廃棄コロニーを押さえればオリビヤの連中はもうどうにもできないわ』
「そうすると私は何をすればいいの?」
『この船の乗員を取り押さえて欲しいの…… 相手は一人だけなんだけど出来そう?』
船のシステムにハッキングをすでにかけ始めているレーメルは搭乗員のプロフィールを表示する。
『アールゲイツ=ウッドマン、四十七歳、未婚。軍属ね少尉のようね……』
「うわっ、こんなのを私が取り押さえるの? 出来るかな??」
ミシャオナはその画像を見ながら眉をひそめる。
中年を過ぎたくらいのおじさんだが、写真を見る限りはそれでも軍属。
体は一応鍛えている様だ。
『やるしかないわね、大丈夫私も手伝うわ』
「ううぅ、分かった、やってみようレーメル」
レーメルとミシャオナはそう言って密航していたこのコンテナを初めて開くのだった。
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