第13話:宇宙


 ミシャオナが入ったコンテナはすんなりと貨物船に載せられていた。



『……どうやら全てのコンテナが積み込み終わったようね。ミシャオナ、大丈夫?』


 口元を押さえて声を上げない様にしていたミシャオナはスマホの様な端末から聞こえたレーメルの声に安堵の息を吐いて答える。


「ぷはぁ~、うん、大丈夫。でもこうも簡単に貨物船に紛れ込めるとは思わなかったよ」


『正規の運送じゃないからね。一応メグライトの原石かどうかセンサーでの確認はあったみたいだけど、あんな確認は私たちゴーストにしてみればしていないのと同然ね』


 実際コンテナのタグの確認と内部スキャンと言う作業は行われていた。

 しかしレーメルはそのシステムにハッキングしてミシャオナのいるコンテナの情報を書き換えメグライトとしている。

 そして内部スキャンも操作をして全てメグライトの原石が入っているように見せてAI判定をクリアさせている。


 

 貨物船に全てのコンテナを積み込み終わり、程無く揺れが感じられた。


「もう離陸するの?」


『この貨物船、ほとんどスタッフが乗り込んでいないみたいね。航路も運行予定もかなりおおざっぱ。こんなので地球まで行けるのかしら?』


 運行予定のデーターを貨物船のシステムから盗み出してレーメルは見る。

 通常の運行予定は管制官の了承も必要とする複雑な予定を提出するが、秘密の運行の為か管制官に提出する資料がない。

 おおざっぱな運航に対して必要最低限の情報しか記載されておらず、ペイロードの管理も怪しく思える。

 しかしその辺は全てAI任せなのだろう、最優先はこの混乱に乗じてこの貢物をいち早くUS経済圏に差し出しゴーストの殲滅をはかることなのだろう。



『いくらUS経済圏の連中でも私たちゴーストを止める事なんて出来ないのに…… 火星の総督府も面倒な相手を敵に回したものね』


「レーメル、私たち無事に地球へ行けるかな?」


 心配そうにそう言うミシャオナにレーメルは笑って答える。



『任せて、泥船に乗ったつもりで安心して!』



「あ、いや、レーメルそのことわざ使い方間違ってるよ……」


『ん?』


 ミシャオナにそんな突っ込みを入れられてしばし沈黙するレーメル。

 そして顔を赤くして言う。


『しまった、今の無し! 大船だった!! あれ? アーカイブが混乱している? 本体転送時にバグった、いや、そんな事は!!』


 慌てるレーメルを見ながらミシャオナは笑う。



「あはははは、レーメルがこんなに慌てるの初めて見たよ! ゴーストって言ってもやっぱりレーメルはレーメルだね!」


『うううぅ、恥ずかしい所見せちゃったわね…… いくらゴーストでも元の私の思考回路と意識を使っているからアーカイブとかの整理がうまくいってなかったのよ……』



 本来ゴーストとなれば補佐するシステムを自分で組み上げていてこう言った事はまずないようにしている。

 しかしあくまで母体となった人物の意思と思想を受け継いでいるために人間的になっている部分が多くある。

 それがレーメルの場合片づけが苦手であると言うことだ。

 おかげでゴーストであるにもかかわらずこう言った所でミスを犯す事がある。



「でも安心した。レーメルはやっぱり人間と変わらない。レーメルは私の親友だもんね」


『なんか釈然としないわね…… でもこんな私を親友と呼んでくれる。ありがとね、ミシャオナ』



 そう言って二人して笑い合うのだった。



 * * * * *



「マジですかい? 俺一人でこいつをして運行して指定の座標へ運ぶってんですかい?」


『当然だ。これくらいの事は貴官でも出来るだろう? これは極秘任務だ。我々火星軍は引き続きゴーストの脅威からこの火星を守らなければならない。貴官の成功を祈る。以上』



 通信画面の向こうのジーグ大佐はそう言って敬礼をして通信を終える。

 コックピットの船長席でそれに対してこちらも敬礼を返してからアールゲイツは画面が消えたのを確認して大きくため息をつく。



「まったく、こんだけデカい貨物船を俺一人で運行させろだ? そりゃぁほとんどAIがやってくれるがなんか有ったら俺一人で対応せにゃならんじゃないか! くそ、後方の支援物資搬送班なら楽できると思ったのによ!」


 そう言って彼はドカッと船長席に腰掛ける。


「おい、出港準備は?」


『現在ペイロードの確認中。必要推進剤の注入が後二十分ほどで完了します。出航は二十五分後です』


 貨物船のAIに状況を報告させアールゲイツはすぐに手元の缶を引き寄せそれを開ける。

 カシュっと音がして泡が出始める。

 しかしアールゲイツはそれを気にもせずに口元へ運ぶ。


「まあ、航行は船に任せて俺はお飾りの船長でもやっているさ。気密確認、推進剤注入後電磁カタパルトに移動。タイミングは任せる」


 そう言ってアールゲイツはビールを飲み始める。



 火星の重力は地球の約三分の一で、大気も薄いので電磁カタパルトに輸送船をセットして初速の推力を得れば簡単に大気圏外に出られる。

 そしてその初速を生かして軌道修正をして航行を開始する事により推進剤の節約が出来る。


 いったん火星を飛び発てば地球まで約ひと月近くかかる。

 その間航行路に問題が無ければ好いのだが、その航行速度はかなりモノのになる。

 なので一旦航路が決定されればかなり先までの航路上の異物を確認しなければ安全性は保たれない。

 

 この時代はそう言った事をほとんどAIがこなしてくれる。

 そして船長席に座っているアールゲイツは何もすることが無くなるので酒を飲んでいられる。



『推進剤注入完了。本船を電磁カタパルトに移動させます。カタパルト設置後三秒で出港となりますが宜しいですか?』


「許可する。後は任せた」


 そう言いながら一応は安全ベルトを締める。

 実際にはかかる慣性の法則はAIによる適切なコントロールでそれほど苦になる物ではない。

 しかし万が一の為安全ベルトをするのは軍に入ってからの習慣となっていたアールゲイツは半ば無意識でそれを行っていた。



「また地球か…… 退屈なひと月の始まりだな」



 軍の後方支援物資搬送班である彼は何度も地球圏に出向いている。

 故に今回のミッションも彼が選ばれた。



アールゲイツはそんな事をつぶやきながら早くも二つ目のビールの缶に手を伸ばすのだった。



 ◇ ◇ ◇ 



「体が、軽い? なんかふわふわしてる!」


『どうやら無事大気圏を抜けたようね。重力がもうじきなくなるから、気をつけてねミシャオナ』



 コンテナの薄暗い中でスマホの様な端末の明かりだけが煌々としている。

 その明かりに映し出されたミシャオナは初めて感じる無重力に無邪気にはしゃいでいた。



「凄い凄い! 面白いねこれって!」


『ミシャオナ、はしゃぎすぎないでね。無重力下では頭部に血液が溜まったままになるから頭痛や吐き気がしたらすぐに大人しくして。それと無重力下では空腹感が薄れるわ。でも定期的に最低限の食事だけはちゃんととらないとダメよ。体内時計は狂わないように注意する事。でないと宇宙酔いで苦しむ羽目になるわ』


 レーメルにそうくぎを刺されてミシャオナは、うっ! と唸る。

 噂に聞く宇宙酔いは人によってはかなりきついらしい。

 なのでレーメルの言うことを首をぶんぶん縦に振って頷くミシャオナだった。



「でもこれが宇宙なんだ……」




 ミシャオナは初めての宇宙にそうつぶやくのだった。 


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