第11話:密航


 ミシャオナはこの貨物船に積まれている外付け記憶媒体のアタッシュケースを探しに倉庫へと向かっていた。



「でもレーメルの本体をその記憶媒体に転送するって、そうしたらレーメルはそのアタッシュケースの中にいるってことになるの?」


『そうね、今の私含めレーメルと言う存在は複数存在するの。すべて私なのだけど常に同調していないと記憶が混乱するのよ。さっきの本体の私との同調でこの短時間に起こったいろいろな事が分かったわ。火星総督府は地球経済圏に支配されるのを防ぐために電子戦で強いUS経済圏と手を組んで問題となるゴーストを殲滅しようとしている。でもUS経済圏も私たちゴーストを舐めている。今私の本体がいる暗礁区の廃棄コロニーにゴーストたちの本体がいる。でも既に使われなくなった通信網を使って私たちゴーストは光の速さより早く世界中を駆け巡れる。そして容器さえあれば自分をそこへ転送できるのよ』


 通路を進みながらレーメルはミシャオナに説明をする。

 既に貨物船のシステム自体本体のレーメルがハッキングをして乗っ取っているのでミシャオナが扉の前まで行くと勝手に開いてくれる。

 

 ミシャオナはその開かれた扉に入ってゆくだけでいいのだ。



『もうすぐ貨物室ね。B-二十九番ボックスよミシャオナ』


「うん分かってる」



 最後の扉を抜けてミシャオナは貨物室へと入ってゆくのだった。



 * * *



「Bの二十九番、二十九番っと……」



 貨物室はかなり大きく、いくつかのブロックに分かれていた。

 大型のコンテナや小型のコンテナと様々なコンテナが船に括り付けられていた。


『ミシャオナ、前から三番目の小型のボックスよ。小型のボックス置き場よ』


 レーメルにそう言われやっとB系のボックス群を見つけたミシャオナは言われた通りに三つ目のボックスを見る。

 そこには「№29」と書かれたロゴがある。


「あった! B-二十九番ボックス! これの中に外付けの記憶媒体があるのね?」


『そうね、地球制の、ユニック社の外付け記憶媒体システム。なかなかのものよ』


「そうなの? レーメルの本体が入っても窮屈じゃないの??」


 ミシャオナはそんな事を言いながらその箱を開けると中に段ボールに包まれた同じ箱がたくさん入っていた。

 ミシャオナはそのうちの一つを取り出して顔をしかめる。



「このお値段、私の月給より高い……」


『最新式のメグライトをふんだんに使った記憶媒体だもの、お高いに決まってるわ。でもすごいわね、通信機能が従来の物よりも三パーセントも上がっているなんて!』


 技術的にはこの時代でもやはり地球産、しかもUS経済圏の物は最新の技術を有している。

 なのでそう言った物はやはりこの火星でも地球の品物を使わざるを得ない。

 ミシャオナはぶつぶつ言いながらもその段ボール箱を開ける。

 すると有機ビニールに包まれたアタッシュケースの様なものが出て来る。



「うーん、可愛くはないなぁ~」


『外観はそうかもしれないけど、性能はピカイチよ。早速これをコックピットまで持って行って』


「うん、分かった!」



 レーメルにそう言われミシャオナはそのアタッシュケースの様な記憶媒体を抱えてコックピットに戻るのだった。



 * * *



『お疲れ様、ミシャオナ。よく見つけて来てくれたわ』



 コックピットに戻ると通信席のモニターに色々な画像が映し出されていた。

 それはこのカルバ空港の各所の画像だったり、各メディアの放送だったりといろいろなものが画面いっぱいに掲示されている。


『やっぱりそうか…… 他の空港は従業員や民間人の救出が始まっているか。でもこのカルバ空港だけは銃撃戦が続いているってことになっているわね。オリビヤの動きは?』


『声明を出してるわね。でも火星の各報道はそれをあまり大々的には取り上げていない。そして地球圏でも動きがあったわ』


 本体のレーメルはそう言って別の画面を拡大する。

 そこには地球と思われる都市部で火災らしき煙が上がっている画像が映っていた。



『オリビヤはとうとう地球本体にまでテロ活動を広げたわ。各経済圏の主要都市の同時テロ、メグライトの暴走による爆発、火災を引き起こしているのよ。地球圏は今それで大騒ぎになってきているわ』



「地球もテロが起こっているの?」


 ミシャオナは持ってきた記憶媒体を通信席の横にある接続ケーブルに取り付けていた。

 しかし二人のレーメルの話を聞き自分もその画像を見る。


 緑豊かな都市の中にある四角い箱のビルから煙が上がっている。

 別の画面では星形の施設から同じく煙が上がっており、ニュースキャスターらしき人が何やら大慌てでわめいている。


『そうね、だいたい火星の空港をオリビヤが強襲し始めた頃に地球でも同時多発でテロ活動を起こしたみたいね。今や犯罪組織オリビヤの話題で世界中がもちきりね』


 本体であるレーメルはそう言って全ての画像を消す。

 そしてスマホの様な端末の自分に話す。



『準備が出来たようね。それじゃぁ本体の私をそちらに転送するわ。同時にこっちの私は破棄する。今後はミシャオナの持ってきた記憶媒体を私とするわ。サポートお願いね』


『分かったわ、私。転送でどのくらいかかりそう?』


『磁気嵐が無いからだいたい四時間ってところ。今までに蓄積して来たデーターも持ち出したいわ。それじゃ、後お願いね』


 そう言って通信画面に表示されていたレーメルが消える。

 それと同時にミシャオナが取り付けた外付け記憶媒体の電源が入り、ロードのランプが点灯する。



『さあ、これでもう後戻りは出来ないわ。とにかくもう私もあの暗礁地帯に本体を置けないから今後はミシャオナと一緒に行動しなきゃね』


「そっかぁ、そうするとレーメルは私といつも一緒に居られると言う事ね?」


『そうね、外付けの記憶媒体に私が転送されたらこの端末の私も同調をして、インターフェイスの私としてミシャオナと行動を共にするわ。四時間後私たちはまた一つの私に戻るけど、それまで何とかここを死守しないといけないわね』


 スマホの様な端末の中のレーメルはそう言ってミシャオナを見る。



『……その、ごめんね。ミシャオナに迷惑かかっちゃうけど一緒に居て良い?』



「勿論だよ! レーメルは私の親友だもん、ずっと一緒だよ!!」


『ミシャオナ…… ありがとうね』


 画面の中のレーメルはそう言ってにっこりとほほ笑むのだった。



 * * * * *



『よっし、転送完了。同調…… ふう、ミシャオナ起きて。転送が完了したわ。それと同調もね』


 ミシャオナは椅子に座ったまま舟をこいでいた。

 約四時間、特に何もする事は無く本体のレーメルを転送し終わるまで待っている間にミシャオナは居眠りをしてしまった。

 ただ、スマホの様な端末の中にいるもう一人のレーメルが貨物船の監視をしていたので問題は無かったが、外の状況はだいぶ変わっていた。


「むにゃむにゃ…… うーん、ごめん寝ちゃった。どうレーメル?」


『うん、本体の転送は完了よ。この端末の私も同調したから本体と同じ。それにこれからは本体からのサポートも受けられるから今まで以上に色々な事が出来るわ。それと……』


 ぴっ! と音がして通信席のモニターが開く。

 そこにはセキュリティーロボットと一緒に殺されてしまった空港のスタッフが映っていた。


『どうやら軍の連中はオリビヤの実働部隊であるセキュリティーロボットの排除に成功したようね。多くの犠牲と共に』


「酷い……」


 画面に映し出されたいたそれにミシャオナは思わず口に手を押さえてそう言う。

 しかし画面のそれはこれが最後と言わんばかりにセキュリティーロボットの残骸を越えて扉を爆破し、軍人たちがその中へ踊り込んで行く。



『空港の制御システム室に突入したわね…… これでオリビヤが占拠したシステムが奪還されればカルバ空港は解放される。されるけどね……』


 レーメルはそう言ってミシャオナに目を向ける。



『火星総督府の計画書を入手したわ。この後ここから密かに地球へメグライトを積んで出航する船があるわね…… ミシャオナ、その船に密航しない? あなたのIDはもうばれてしまっていて世に出ればあなたは拘束されるわ。そして最悪は消される…… だったら密航して一緒に地球まで行かない?』



「地球へ密航していく? でも何のあても無いよ私。それに地球行ったってIDも無いし、お金だって……」


 ミシャオナがそう言うとレーメルは軽く笑って言う。


『あなたの目の前にいる私は何者? あなたの偽造IDなんて瞬時に作れるわよ。それにお金も』


 そう言って画面上にミシャオナの所持金を表示するが、その数字が一気に増えて行く。

 ミシャオナはそれを見て目を丸くする。



「なななななっ! 何この大金!?」



『ちょっと操作をして広告収入や、小数点以下の数値を掻き集めたのよ。こう言った世に出ない少数の金額を集めればすぐにこれくらいにはなるわよ? 大丈夫、誰かから盗んだり奪ったりしたものではないわ。ミシャオナの自由に使ってもかまわないものよ』


 そう言って軽くウインクするレーメルはミシャオナの驚く顔を見て嬉しそうだった。

 ミシャオナはもう一度その金額を見て思う。

 自分の今までの給与は何だったのかと……


「でも、良いのかな私だけ……」


『約束したでしょ、ミシャオナは私が守るって。それにもう火星に残る必要はないわ。酸素を日々気にしながら一人で苦労をする生活なんてもう終わりよ。ミシャオナにはもう苦労してもらいたくないの……』


 そう言うレーメルをミシャオナは見てにっこりと笑う。


「うん、ありがとう。そうだね、もう火星に残る理由も無いもんね。お父さんも結局見つからずじまいだし……」


 ミシャオナの父親は結局その遺体さえ見つからずだった。

 火星に身寄りのないミシャオナは既にここへ残る意味合いも無くなっていた。

 そしてレーメルと言う親友がそばにいる。


 だからミシャオナは決心をする。


「行こう、地球へ」


『任せて、必ずミシャオナを地球へ送り届けるわ』




 ミシャオナとレーメルはそう言ってにっこりと笑い合うのだった。 

     

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