第7話:レーメル
『させないッ!! ミシャオナっ!!』
聞こえて来たのは紛れもなくレーメルの声。
しかしそれは犯罪組織オリビヤの人型セキュリティーロボットが次のコンテナを開けようとしたその中からした。
「レ、レーメル!?」
驚きに目を丸くするミシャオナの目の前でコンテナが開き人型のセキュリティーロボットが飛び出してきた。
そしてそのロボットはミシャオナを人質にしていた同じ人型セキュリティーロボットに飛び掛かる。
『なっ!? 誰だロボットの操作を乗っ取りやがったのは!!』
あまりの一瞬の事でミシャオナを捕らえていた人型セキュリティーロボットの動きが一瞬止まり、その隙を見てレーメルの声がする人型セキュリティーロボットがミシャオナを奪い返した。
ばんっ!
ばばんっ!!
ガンっ!!
ガガンっ!!
オリビヤの人型セキュリティーロボットが発砲をする。
しかし元々対人用の弾なので殺傷能力は低い上に相手は同じセキュリティーロボット。
容易にその弾は外装ではじかれる。
『ミシャオナ大丈夫!?』
「レ、レーメルなの? なんで??」
とっさにミシャオナをかばうかのように背を向けその弾を防いだそのセキュリティーロボットを見上げミシャオナはそのレンズの奥を覗き込む。
『話はあとよ、下がっていて!』
それだけ言うとレーメルが操るセキュリティーロボットはもう一度オリビヤの人型セキュリティーロボットに飛び掛かる。
『同じセキュリティーロボットならその弾は効かないわ!! 格闘プログラム導入、いっけぇ―っ!!』
前腕をクロスさせ頭部のセンサー類を保護しながらレーメルのセキュリティーロボットは突っ込む。
そこへオリビヤのセキュリティーロボットは弾を数発発砲するもすぐに弾切れになり、同じく格闘フォームへと移行する。
『畜生! 対人格闘プログラム始動!』
しかしレーメルのセキュリティーロボットはその動きが尋常では無かった。
『なに!?』
普通に拳が振るわれると予想していたオリビヤのセキュリティーロボットはガードからの反撃をもくろんでいたが、レーメルのセキュリティーロボットはいきなりその場で背を向けたかと思うと目の前から消えた。
そしてその一瞬で上半身をガードしていたオリビヤのセキュリティーロボットの足をしゃがみながら後ろ廻し蹴りで転倒させる。
どガッシャーん!!
相手が倒れた瞬間、手刀をその首元から内部の操作基盤に対して突っ込みオリビヤのセキュリティーロボットの息の根を止める。
『ふう、軍用格闘プログラムが間に合ったわね。通常の格闘プログラムじゃこうはいかないモノ』
レーメルの声がしてぱちぱちと電気ショートするその機体から自分の手を引き抜き立ち上がるレーメルが操ると思われるセキュリティーロボット。
その姿にミシャオナは恐る恐る声をかける。
「レ、レーメルだよね? なんでそんなロボットを操っているの……」
ミシャオナのその声にレーメルの操るセキュリティーロボットはゆっくりとその頭をこちらに向ける。
一つしか無い目のようなレンズが自動でピントを合わせている。
『ごめんね、ミシャオナ…… あなたが危なくなったのでいてもたってもいられなくなってこのロボットへハッキングをしたわ……』
「ハッキングって、そんなに簡単にできるはずじゃ……」
ガシャン!
ミシャオナがそう言いかけた時だった。
更に奥にあった荷受けのコンテナが勝手に開いてさらに数体のセキュリティーロボットが出てきた。
『何処のどいつかしらねぇが、一体や二体ハッキングして乗っ取ったってこっちにはまだまだ機体がある! 覚悟しやがれ!!』
『ミシャオナ逃げて! ここは私が喰い止めるからっ!!』
そう言ってレーメルが操るセキュリティーロボットは銃を発砲する同じく人型のセキュリティーロボットに突っこんで行く。
「うひゃぁっ!」
ミシャオナは悲鳴を上げながら慌ててこの場を逃げ出すのだった。
* * *
「はぁはぁ、とにかく主任に連絡を…… あ、あれ? インターホンが止まっている?」
『ミシャオナ! 安全な場所まで逃げ切れた!?』
何とか荷受けの現場から逃げ出し事務所に逃げ込むもそこには誰もいなかった。
部屋にあるインターホンでこの事をミシャオナの主任に伝えようとしたものの、運転ランプが消えている事に気付く。
そして受話器を取り上げて固まっていたらレーメルの声があのスマホのような端末から聞こえて来た。
「レーメル! よかった、これって一体どう言うことよ!?」
『ミシャオナ、あいつらとうとう工場のネットにハッキングして実働部隊を手に入れたわ。今セキュリティーロボットの工場は奴等に乗っ取られ出荷待ちの全セキュリティーロボットは奴等の配下とかしたわ……』
「そんなっ!」
通常今の火星では市民の安全を確保する為に警察も迅速かつ安全に対処できるセキュリティーロボットを使用している。
テロリストの問題も考慮され最低限の武装もされ、殺傷の能力は低いが、銃火器も装備されている。
しかしいくら殺傷能力が低いとは言え当たり所が悪ければ人など死んでしまう。
更に格闘も想定されているセキュリティーロボットは通常の人間ではまず歯が立たない。
そのようなセキュリティーロボットがハッキングによって奪われてしまえば軍隊が出てこない限り市民には手も足も出なくなってしまう。
『ミシャオナ、ここは危険だわ。早く安全な場所へ移動して。奴等空港を占拠するつもりよ。そして残ったメグライトを輸送するつもりなの』
「レーメル、なんでそんな事知ってるの?」
スマホのような端末の画面にはレーメルの真剣な表情が写っている。
しかしそこまで詳しい状況を既に知っていると言うことに思わずミシャオナは聞いてしまう。
『そ、それは……』
「レーメル?」
しばし沈黙の後、レーメルは悲しそうにその視線をミシャオナから外して言う。
『ごめん、実は私はゴーストなの…… 人ではない、ゴーストなのよ!』
「はぁ?」
レーメルのそのカミングアウトに思わずミシャオナは素っ頓狂な声を上げてしまった。
今まで友人と思っていたレーメルがゴースト?
何それ、美味しいの??
等と訳の分からない思いが頭の中をめぐる。
しかし、いくらミシャオナでも今までの事を考えると合点がいく点がいくつもある。
「レーメル、本当にあなたゴーストなの?」
『……ごめん、本当よ。今まで人間だって騙していてごめんなさい…… でも、あなたが危険な目に遭うのを黙って見ていられなかったの!』
ゴーストは人ではない。
仮想空間に人であった意識を数値化にして取り込んだと言われるデーターの塊。
政府ほか各機関も認定していないバグの塊である。
そもそも約三十年前に流行った仮想空間への全感覚をダイブさせるゲームが発端だった。
そのゲームはその仮想空間で自由に遊べる画期的なモノであった。
フルダイブシステムと呼ばれるそれは現実とゲームの世界を混同させる程のリアル感があり、それを使った研究も盛んにおこなわれていた。
しかし、それによって現実世界に戻る事を拒む者が現れ始めた。
そしてその研究は更に狂気を帯び始め、人に永延の存続をもたらす為仮想空間の住人になろうとした者たちが出始めた。
だが現実はそれは自殺願望者ととらえられた。
どんなに仮想空間に自分の意識をフルダイブさせてもその意識は生身の肉体にある。
人は生きてゆく為に食べなければいけない。
食事をとらずに仮想空間に居続ける事はやがて仮想空間にいる者にも影響を与え、脳波が途切れると同時に仮想空間でもその者たちは消えた。
だが狂った研究者は完全に人の意識を、意思を仮想空間に移せば本体の肉体が死に絶えようとも永遠に存続できると豪語して更なる危険なものを作り上げた。
それがマーシャルフルダイブシステム。
このマーシャルフルダイブシステムはメグライトの膨大な容量を利用してその人間の思考回路、意思、意識を全てメグライトの中に写し、そしてそこへ存続させるもの。
意識が全て仮想空間に移った時点で薬物による肉体の生命活動を停止させ、仮想空間にある意識だけが自分本体となる。
そこには飢えも苦しみも身分の格差も何も無い、完全な自由を得た自分だけが存在する。
そしてネット通信による世界はその意識を更に自由にできる。
肉体を捨てたその意識は光の速さでネット世界を飛び回れると言われていた。
「レーメルがゴースト? 嘘でしょ、だってレーメルは!」
『本当よ…… 本物の私は約十五年前に死んでいるはず。今のこの私は彼女のコピー。ただのデーターの塊でしかないの……』
レーメルがそう言った瞬間だった。
背景の彼女の部屋が何も無い真っ白な空間へと変わる。
『これが私が認知している私のいる場所…… なにも無いわ。そして望めば何でもできる場所…… でも、私はずっと一人だった…… 他のゴーストはその思考回路が止まったまま、ずっと成長なんかしない…… いえ、それは私も同じ…… 十七歳の時に世界に絶望して仮想空間に逃げ込んだだけの意思の弱いただの女の子だったのよ!!』
そう言ってレーメルは画面の向こうで泣き崩れる。
『何度も死にたいと思った、何度もこの私を消そうと思った。でもメグライトの中に書き込まれた私の意思は消えない。消せないの……』
「レーメル……」
ミシャオナはそれでもレーメルに言う。
「レーメルはレーメルだよ。たとえゴーストでも私の友達。だって私がいつも危険な時に助けてくれるじゃない!」
『ミシャ……オナ……?』
画面の向こうで泣いていたレーメルは思わず画面こちらのミシャオナを見る。
「レーメルは私の友達。レーメルは確かにここに居る私の友達なんだよ!」
その瞬間だった。
画面向こうにいるレーメルの背景がまたいつものレーメルの部屋に戻る。
そして泣いて目を赤く腫れさせていたレーメルが驚きの表情をする。
『ミシャオナ…… 良いの? 私ゴーストだよ? 人じゃないんだよ??』
「レーメルはレーメル。私の友達だよ!」
そう言ってミシャオナは屈託のない笑顔を見せる。
その瞬間レーメルの瞳からまた涙がこぼれる。
『私、良いの? ミシャオナの友達で良いの??』
「勿論! レーメルは私の友達だよ! 親友だよ!!」
それを聞いたレーメルは画面の向こう側で涙を流しながら嬉しそうな笑顔で言う。
『ありがとう、ミシャオナ…… 私の唯一の親友』
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