第5話:赤い空
現在火星は戒厳令が出ていて住民は全て自宅に待機する事になっていた。
「一体いついなったら奴等の足がつかめるんだ!?」
初老と言ってもいい年齢のその男性は机を叩きそう吐き捨てる。
叩きつけられた拳によって机の上の物がゆらゆらとうごめくが地球と比べ重力が約三分の一程度しかないので勢いよく落ちると言う事は無い。
苦虫をかみつぶしたような彼は報告書を持ってきた秘書に言う。
「とにかく一刻も早く奴らを捕まえるんだ。メグライトの採掘もいち早く再開しろ! このままでは地球圏が動き出すぞ!! そうなったら各経済圏の連中が黙っていない、ここが戦場になってしまうんだぞ!!」
彼は火星の総督府の総督であり、名をアルメンと言う。
ここ火星の総督府の最高責任者であった。
地球の経済圏はUS経済圏、アジア経済圏、アフリカ経済圏、EU経済圏、そして南極経済圏と五つに分かれていた。
旧世代の国家はその役割を現代では意味をなさず、各経済圏が地球圏を支配していた。
この時代になっても各経済圏は牽制しあい、その覇権争いはすさまじかったが宇宙での支配権も月の近辺までで、それ以上の覇権を広げる事はまだまだ難しい状態であった。
その為火星には総督府が設けられ、ここ百年近くは総督府が火星唯一の政府として成り立ち、メグライトを地球圏に売り渡す事によって自治権を確保していた。
しかしそのメグライトの採掘が止まり地球への供給が止まれば各経済圏がそれを理由に大義名分を振りかざし火星へとその支配権を広げようとしているのは明白であった。
「現在あらゆる方面で奴等『犯罪組織オリビヤ』を探しております。軍もそれらしき拠点をいくつか押さえ始めております。もうしばらくお時間を頂ければ必ずや奴等を捕まえて見せます」
秘書と一緒にこの場に立ち会わせていた軍服姿のその中年男性はそう言って頭を下げる。
彼は名をジーグと言い火星軍大佐であった。
そしてその言葉を受け秘書が総督にまとめられた資料をファイルに呼び出して手渡す。
バインダーに数枚の紙のような物が付けられたそれを総督はパラパラとめくり目を通す。
その一枚一枚は動画や地図などが表示され時間と共にその内容をループで表示している。
まるでタブレットの画像が表示されるかの様に。
「爆破は火薬では無いだと? 一体どんな方法でシェルターの外壁や鉱山を爆破したんだ?」
「資料の三ページ目に化学班の見解がございます」
秘書にそう言われ彼は三枚目のページをめくってみる。
するとそこには破壊された痕跡からそれが周波数の同調による熱暴走による爆発の可能性が示唆されていた。
火星の大気には酸化鉄が多く浮遊している。
それが火星の空を赤く見せる原因になっている。
そして火星の大気のほとんどが二酸化炭素で出来ている。
火薬などの薬物は酸素が無ければ化学反応を起こす事が難しい。
しかし同調する周波数を一定の場所に照射する事により金属物資が微振動を始め高熱を発する。
それは融解点にまで達し、結果付近物を高熱による破壊へと至らしめる。
「マイクロウェーブの照射でもあったと言うのか?」
「いえ、それだけの大出力を放出するには相当の施設が必要です。しかし爆破された場所への照射範囲に当たる場所にはそれらしきモノが見当たりませんでした」
マイクロウェーブはその周波数を照射する事により電子レンジと同じ効果を及ぼす。
物によってはそのマイクロウェーブによって生卵の様に破裂して爆破と同じ現象が起こる。
「施設が照射範囲に無いだと? ではどうやって??」
「三ページ目の資料をスクロールさせてください」
秘書にそう言われ総督は紙のようなその三ページ目に指を当てスクロールをさせる。
するとタブレットの画面の様にその資料は他の画像へと移り変わる。
それを見た総督は思わず声を上げる。
「メグライトの暴走だと!?」
それは衝撃の事実であった。
希少鉱石メグライトは劣化がほとんどない金属としてICなどの媒介として重宝されていた。
そして現在のコンピューターにはそのメグライトを加工して作られたICがほとんどの場所に使われている。
「馬鹿な、メグライトを加工した物は外部からの電波受信はしないはず。それを暴走させるだと?」
総督はその化学班の仮定を読んで絶句する。
「メグライトの回路を百パーセント以上ロードさせ爆発的な熱を発生させるだと!? そんな事が出来るのか!!!?」
「これはまだ化学班の考察でしかありませんが、送信された信号により回路自体に膨大なデーターが流れメグライト自体の許容量を超え熱暴走を発生させると考えられます。結果メグライトは瞬時に数千度を超える高熱を発し周囲のモノを焼き払う、いわば小型の爆弾と化すのです」
それを聞いた総督は秘書の顔を見る。
そして隣にいる軍人、火星軍大佐であるジーグに聞く。
「奴らの拠点らしきところからそのようなデータが流されていると言うのか?」
「はい、ですのでそれらしき所を既に押さえています。もうじき軍の精鋭部隊が突入をする時間です」
腕の時計を見ながらジーグ大佐はニヤリと笑う。
それは勝利を確信した表情であった。
アルメン総督は彼のその自信に満ちた表情を見てほっと胸をなでおろすのであった。
* * * * *
『アーチャーからセントラルへ、施設に動きはない。送れ』
『セントラル了解。予定通りハンターは突入を開始。アルファ、ベータ―、ガンマ部隊同時に突入』
無線の受信を確認した軍の精鋭部隊が次々と施設に突入を開始した。
その動きは大の男の大人たちであるのに物音一つ立てずに次々と指定された施設に入って行く、まるで忍者のようであった。
セントラルの薄暗い中、モニターを注視していた中佐は勝利を確信していた。
次々に施設に入って行く精鋭部隊。
そしてここからデータの信号が発せられていると確認されたところに犯罪組織オリビアの実行犯たちがいるはずだった。
『ハンターアルファからセントラルへ、どう言うことだターゲットが一人もいない! 送れ』
『ハンターベータ、同じく人っ子一人いない、送れ』
『ハンターベータ、こちらも同じだ、ターゲットは何処だ? 送れ』
突入をしたは良いが次々と入ってくるその報告に中佐は思わず組んでいた腕を崩しのめり込む様にモニターを見る。
するとそこには端末らしきコンピューターはあるもののモニターだけが明るく映っている。
「馬鹿な、まさか我々の動きが知られたと言うのか?」
「それはあり得ません。監視カメラでずっとこれら施設を監視していました。外部からの接触は宅配ドローンが数回だけです」
もぬけの殻と言ってもいいその映像を見ながら中佐は唸る。
しかし何処をどう探しても実行犯らしき姿は見えない。
『ハンターベータからセントラルへ、何だこれは?』
精鋭部隊のベータ班から通信があってモニターにそれが映し出される。
それは先ほどのコンピューターのモニターだった。
『ようこそ火星政府の諸君。このデータ発信施設を突き止めたのはお見事だ。しかし残念ながら我らゴーストに実体はない。君たちの苦労は無意味だ。だからこう言うことになるのだよ』
そのモニターに映し出された人物はあのゼアスその人だった。
うっすらと口元に笑みを浮かべ表情が読みにくいあの目元だけを覆う仮面のその人物はモニター越しにそう言って指を鳴らした。
その瞬間だった。
目の前のモニターが発光したと思ったら各施設が一斉に爆発を起こす。
精鋭部隊を巻き込みながら。
「なっ!?」
一瞬で画面が全て真っ白になりその後に通信が切れたモニターを見ながら中佐は声を失うのだった。
◇ ◇ ◇
「ねえレーメル、地球って空の色が青いらしいね……」
『ミシャオナ…… ええ、そうよ』
ミシャオナは自宅の窓から空を見上げてそう言う。
火星の空は今日も赤みがかった色をしていた。
「青い空なんて不気味だよね…… まるで黄泉の世界に導かれる様で……」
ミシャオナは赤い空を見ながらそう言うのだった。
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