第4話:鉱山
テロリスト組織オリビヤの宣言は瞬く間に世界中に広まった。
ネット上では壮大なフェイクであるとか、大きく分かれていた経済圏の再編を狙った侵略戦争だとか様々な憶測が飛び交っていた。
「ううぅ、一体どうしたらいいのよ……」
ミシャオナは自宅に戻っていた。
そして火星政府からの緊急宣言で住民たちは自宅待機を命じられている。
軍や警察の機動部隊も動き出していて物々しさが増している。
『今は大人しくするしかないわね。テロ組織オリビヤの火星での拠点を押さえるまではね』
ベッドの上で頭を抱えて悩んでいるミシャオナにレーメルは画面の向こう側からそう言う。
ミシャオナはレーメルに顔を向けながら聞く。
「そう言えばレーメルの方は大丈夫なの? 前に火星に住んでるわけじゃないって言ってたけど」
『わ、私は大丈夫よ。それよりミシャオナ、あなたの方が心配だわ。酸素、足りてるの?』
レーメルは通常画面の背景を彼女の部屋らしき場所に固定している。
何の仕事をしているとか、どう言う環境にいるのとかはミシャオナはあまり聞かない。
彼女らの世代では相手と直接会う事や相手の背景に対しての興味が薄い。
他の友人とも同じくネット上での相対がほとんどだ。
「うん、酸素はこのあいだ買ったばかり。まだ十日分くらいはあるよ。むしろ今はお父さんの方が心配。採掘場に入ったまま出てこれないんだよね…… 大丈夫かな?」
ミシャオナの家族は父親しかいない。
母親はミシャオナを産んですぐに亡くなった。
ミシャオナたち労働層は過酷な環境での生活の為早死にする者が多い。
彼女の母親もそうだった。
本来であれば体の悪い所をナノマシーンや義体でカバーすればよかったのだがそれだけの金が無かった。
結果彼女の母は他界してしまった。
「何時になったら自宅待機が解禁されるんだろうね。私またどこかで仕事見つけなきゃ酸素も買えなくなっちゃうよ……」
『ミシャオナ……』
ぼふっと顔を枕にうずめながらそう言うミシャオナ。
しかし同じような境遇の者はここ火星ではごまんといる。
ミシャオナはわずかに枕から頭を上げてレーメルに聞く。
「ゴーストってさ、本当にいたんだ……」
『ええ、いるわよ。間違いなくね……」
仮想空間にのみ存在するデーターと化した人類。
いや、現政権下では人類と認めていないバグにも近いデーター。
今まではネット上の噂で実害が無かった。
仮に自分はゴーストだと名乗ってもそれを証明する手立てが無かったので皆相手にされていなかった。
しかし今回は違う。
重軽傷者どころか死人まで出てしまった。
おかげで今まで噂としてしか認知されていなかったゴーストはその噂を利用したテロリスト犯罪組織オリビヤとして捜査対象となった。
そして皆その実行犯を探している。
「でもさ、今まで噂だったゴーストが実在するなんて信じられないよ? ネットでも実行犯はデザインかノーマルだって言ってるし」
『ミシャオナ、よく聞いて。ゴーストは存在するの。今まではメグライトのお陰でその容量が無限に近くなり、消える事の無い環境だったわ。でもあいつらは今の世界を変えようとしている。莫大な容量を手にしてそこへ人類をゴースト化して受け入れようと。そして来るべき進化の先へ行こうと豪語しているわ。でもそれはもう人ではない。量子回路を飛び交う只の光のデーターなのよ……』
画面の向こうのレーメルはそう言って視線を外す。
ミシャオナはそんなレーメルを見ながらにっこりと笑って言う。
「レーメルってそう言う話詳しいよね? 量子操作も上手だし」
『え、ああぁ、まぁそうね…… そう言うの得意と言うか、そう言う仕事してるから……』
歯に何か詰まったような物言いでそう答えるレーメルにミシャオナは気にした様子もなく笑う。
「凄いなぁ~、私なんか基礎量子操作だって苦手だって言うのに。やっぱプログラミングとかも得意なの?」
『ま、まあね…… って、ミシャオナ! 鉱山が!!』
他愛のない話をしていた二人だったが、レーメルが鬼気迫る声を上げる。
驚きミシャオナは起き上がりスマホの様なその端末を取り上げる。
「ど、どうしたのよ、レーメル!?」
『鉱山にオリビヤの連中が……』
レーメルのその言葉にミシャオナは背筋が凍り付く思いをするのだった。
◇ ◇ ◇
「ここに犠牲になった者たちに魂の安らぎを願う」
ミシャオナは合同葬儀の場にいた。
レーメルがミシャオナに伝えたのは鉱山の爆破騒ぎだった。
それもミシャオナの父親が務めている鉱山の爆破。
犯人は犯罪組織オリビヤだと言われている。
犯行声明はメグライトの地球への運搬の阻止と、そしてメグライトのゴーストによる占拠。
各鉱山は次々に爆破がされ、その犠牲者を増やしていった。
その中にミシャオナの父親も含まれていた。
ミシャオナはただ黙って下を向いて固まっている。
爆破から一週間。
懸命な捜索だったがそれも打ち切られ、死亡扱いになった時には流石にミシャオナも大騒ぎになった。
鉱山に潜り込んで父親を捜しに行こうとしてつかまったり、捜索を打ち切らず続行して欲しいと懇願しに行ったりと。
しかしそれも昨日の死亡認定宣言で終わってしまった。
ミシャオナは同じような残された人々と一緒に何も言えずに下を向いている。
合同葬儀の神父のその言葉を聞いて一斉に泣き声があちらこちらで聞こえる。
「……お父さん」
しかしミシャオナはその一言だけ言って合同葬儀からふらふらと離れて行く。
『ミシャオナ…… 大……丈夫?』
スマホの様な端子からレーメルの声がした。
ミシャオナは何処を見るとなく答える。
「うん、大丈夫だよ。だってこれから鉱山に忍び込んでお父さんを探しに行くんだから。お父さん、きっとお腹を空かせてるよ、お弁当持って行ってあげなきゃ……」
『ミシャオナ! あなたの父親はもう……』
「嘘だよっ! お父さんが、お父さんが死ぬはず無いもんっ! きっとまだ鉱山の中に閉じ込められて出てこれないだけでッ!!!!」
立ち止まり大声でそう言うミシャオナ。
しかしその彼女の希望がどれだけ支離滅裂であるかはミシャオナ自身がよく知っている。
ミシャオナはその場で膝から崩れ落ち泣き始める。
「どうして、お父さんがっ! ねぇ、どうしてッ!?」
『ミシャオナ……』
泣きわめくミシャオナにレーメルはそれ以上かける言葉を失うのだった。
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