第3話:テロ
『いい事ミシャオナ、今あなたのいる農業区はシェルターの外壁が爆破されて内気が漏れ出してるわ。防護服を装着して他のエリアに急いで!!』
スマホの様なその端末の向こう側にいる銀髪肌白の美少女はミシャオナにそう言ってすぐにマップを表示する。
そこにはこの後どう移動すれば安全区に行けるかが掲示されている。
「何が起こったって言うのよ、レーメル!?」
『簡単に言うとテロよ。とにかくまずは安全な場所まで移動して!』
レーメルと呼ばれた彼女はミシャオナにそう言って急ぎ安全な場所へ移動を指示する。
ミシャオナも更衣室の気圧を操作して扉を開ける。
そして農場の上を見ると確かにシェルターの外壁が壊されてそこから火星の赤茶色い空が見える。
「なんでこんな事を……」
『とにかく急いで。あいつら本気で動きだしたのよ』
ミシャオナはレーメルに言われた通り急いでこの場を離れようとする。
「うっ……」
移動する為に自分の電動スクーターに向かう途中、同僚の女性の死体が目に入る。
ミシャオナより少し年上の彼女は主任と同じく急激な気圧低下により体がふくれ、目が飛び出した状態で死んでいる。
空気が外に漏れだしているために急激に農場の温度も下がっていき、あちらこちらで霜が降りたようになり始めている。
「とにかくここから離れなきゃ」
ミシャオナはそう言って急ぎレーメルから指示されたとうりに別の安全区へと急ぐのだった。
* * * * *
別の安全な公共エリアに移動したミシャオナはこの商業区である広場までやってきた。
生活雑貨から食品、嗜好品などが売られているこの区画は平日と言う事もあり人出が少なかった。
しかし広場の啓示モニターに人々は群がり何かが起こっていると騒ぎになっている。
『ただいま農業区、工業区の外壁に穴が開き内気が漏れております。住民の皆さんは急ぎ避難シェルターか防護服の着用をしてください。繰り返します、ただいま農業区、工業区の~』
既にモニターには緊急警報のアラート画面になり住民への注意の喚起が行われている。
流石に事の重大さに気付いた人々は慌てて防御服を身に着けるか、避難シェルターに急ぐ。
この商業区は基本防護服を着用している人物は少ない。
そんな中、ミシャオナは自分の持つ端末に呼びかける。
「レーメル、テロがおこったってどう言う事よ!? 一体何が起こっているの!?」
『ミシャオナ、どうやら安全な場所まで移動出来たようね…… よかった。あいつら本気でやってしまった。ミシャオナ、いい事よく聞いて……』
画面に向かってミシャオナがレーメルに何が起こっているかを確認していたら公共のモニターが一瞬暗くなって全く別の人物が映りだす。
そして声高々に話始める。
『火星の住民諸君、ごきげんよう。私はゼアス、君たちの言う所のゴーストだ』
大音量でそう言い始めるその人物は目元だけを隠した仮面をしていた。
そして自分がゴーストであると名乗った。
「ゴーストですって?」
ミシャオナは思わず顔を上に向け、広場のモニターを見上げる。
誰にでも見えるように高い位置に設置された大画面のモニターは時たまノイズが入るモノのその異様な格好をした人物に周りの人々も注目をする。
『さて、既にお気付きの様に今、農業区と工業区の外壁に穴をあけた。これ以上被害を受ける事を望まないのであれば我々の組織オリビヤの言う事を聞いて欲しい』
ざわつく人々。
「オリビヤ? ゼアス??」
『ちっ、とうとう始めたか…… あいつら本気なの?』
手の中に映し出されたレーメルはミシャオナのその言葉に吐き捨てるようにそう言う。
ミシャオナは画面に目を戻しレーメルに聞く。
「レーメル、あれってテロリストって事? それにゴーストって、嘘でしょ??」
『ミシャオナ…… あいつがゴーストなのは事実よ。そして農業区で起こった通りこれはテロ行為なのよ‥‥・』
ミシャオナはそう言われ目を見開きながらまた公共モニターを見る。
現代の世界には大きく分けて二つの人種と一つのイレギュラーが存在していた。
一つはノーマルと呼ばれる人々。
彼らは正しく普通の人間で、旧世代から脈々と繋がる人類の子孫である。
現代の人類の平均寿命は約百二十歳。
医療技術とナノマシーンの発展により人々は脳の限界寿命と言われる百二十歳近くまで生きる事が出来るようになっていた。
また義体技術も向上していて、人口内臓や人工筋肉、人口骨格も合成たんぱく質から作られるようになったので、自分の遺伝子情報を組み込めば成育期間の問題はあるものの拒否反応も出にくくなっていた。
一つはデザインと呼ばれる人々。
ナノマシーンの開発により遺伝子操作が可能となり宇宙空間で生き延びる為にデザインされた新人類。
しかしその人為的行為は生体に大いなる負荷をかけてしまい、通常の人類に比べ極端に寿命が短くなってしまう。
ほとんどの者が三十歳を超える前に死んでしまう。
デザイン同士で子孫を残す事も出来るが、ノーマルとの混血児でない限りその寿命が延びる事は無かった。
よって、その異様性から彼らデザインは年々その数を減らしていた。
そしてゴースト。
現在政府からは認可されていない存在。
もともとは仮想空間に意思をダイブするゲームのようなモノだった。
しかしメグライトの発見により自分の意思を数値化して仮想空間で永遠の時を生き永らえようとした人々がいた。
自分の意識を全て仮想空間に預け、肉の身体を捨て去ると言う人々。
これにより自我を永遠に保ちつつ、未来永劫存在をしようとする人々。
しかし一般的にはそれは狂者の妄言とされ、見つかった本体は生命活動を停止した死体となり果てていた。
人の意識が仮想空間で生き延びると言うのは単にその思考パターンがコピーされてその人だった者を真似しているだけと判断され、人権も何も無い存在として見つけ出されると同時に政府機関に処分されるのがほとんどだった。
それがゴースト。
「ゴーストって、人じゃないんでしょ? それに政府が見つけたら処分しているって……」
『あいつらは仮想空間を自由に行き来できるわ。そして自分を幾つもコピーするなんて簡単よ。容量さえあれば無限に自分を作り出せるわ』
レーメルはそう言い唇を嚙む。
その苦渋の表情は美しい顔をゆがませ、そして広場のモニターを睨むようでもあった。
ミシャオナはそんなレーメルに聞く。
「でも、なんでこんなひどい事を……」
そうミシャオナがレーメルに聞いた時だった。
広場のモニターに写し出されていたゼアスの演説は佳境に入っていてとんでもない事を言い放つ。
『故に我々ゴーストは人類を全て我々同様ゴーストにする計画をここに宣言する。人々よ、縛られたその肉の身体を捨てよ、日々宇宙での恐怖に耐える事もなく老いも病気も貧富の格差もないこのゴーストの世界に来るのだ!!』
そのあまりの事に思わずミシャオナは顔をモニターに向けて言ってしまう。
「はぁ? ゴーストに成れってぇ!?」
やや素っ頓狂の声を上げ唖然とするミシャオナ。
しかしレーメルは冷たく言い放つ。
『こいつら、本気で人類を滅亡させるつもりなの?』
レーメルのその言葉にミシャオナはまた手の中の彼女に目を向けるのだった。
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