第一章:火星

第2話:始まり


 火星。

 現在月以外で地球から最も近い人が住んでいる星。


 人類が宇宙へ出て早二百年、人々は地球以外でも生活できる環境を手に入れていた。




「また酸素の値段上げるの!? 今年に入って何回目よ!?」


 白っぽい灰色がかった宇宙服のような防護服姿で酸素ボンベを酸素販売店に手渡しながらミシャオナは文句を言う。 

 しかし店員は手慣れたようにボンベに酸素を吸入しながら支払用のリーダーを指さす。


「仕方ないだろ、大元が値上げだ。俺らがやりたくてやってるんじゃない。そんなに言うなら自前の空気再生装置を買えばいいじゃないか」


 ここ火星では大気は二酸化炭素が主体な為、人が生きていくにはそのままその大気を吸う事は出来ない。


 火星での人類の生活は主にシェルターや地下に居住区を作り、希少鉱物であるメグライトの採掘をしている。

 街や居住区はクレータのような場所で無ければ屋根となるシェルターが張れないため住める場所は限られている。


 火星にはいろいろな理由でメグライト採掘に来ている人々が大勢いた。

 そして時代が流れて次世代の子供たちが生まれても収入源の大半はメグライトの採掘がほとんどだった。



「はぁ、お父さんの稼ぎじゃ足らなくなってきちゃうなぁ…… 酸素高いよなぁ」

 

 そう言いながらミシャオナはリーダーに端末であるスマホのような物を近づける。

 するとピロ~ンと音がして支払いが済まされる。



「おまけしておいたから文句言うなよ。今日も農園いくのか?」


「うん、あそこなら日が当たっている間は酸素消耗無いからね」


 そう言ってボンベを受け取りミシャオナは店を後にする。

 


 ミシャオナ=ハイマー十六歳。

 火星生まれの火星育ち。

 金髪碧眼で欧州系の血が濃い。

 年頃らしく可愛さと美しさのはざまの世代、やや細めの容姿だが健康体である。


 彼女のような世代は義務教育が終わるとほとんどの者が何かしらの仕事に就く。

 ミシャオナも十五歳までの義務教育が終わった時点で家計の手助けの為にすぐに農園の手伝いを始めた。



 メグライトの採掘は基本男性が行っている。


 これだけ色々と発展した世界でも旧態依然として希少鉱石は人の手で採掘されている。

 原石のメグライトは無線の電子機器が近くにあると走っているプログラムを読み込んでしまうという特性がある。

 そしてそのプログラムが容量を圧迫して消す事が出来なくなってしまう。

 故に無線を使う電子機器や通信機器が遠ざけられ、有線でのみ通信をしながら地下で採掘を行う。

 おかげでメグライトの採掘の為の人手はいくらいても足らない位だ。



「周期が変わって太陽光が強くなってきたからなぁ。農園の空気って詰め込んで持って帰れないのかな?」


 ミシャオナはそう言いながら移動用の電動バイクにまたがる。

 アクセルを回しながらスクーターのようなそれを走らせる。


 いったん家に戻り、酸素ボンベを所定の機器に取り付け、カバンを持って農園へと向かう。

 もうじき公共のエリアに入る。

 ここまでくれば防護服もいらず、空気もあるので助かる。



「ぷはぁ~、やっぱ公共エリアの空気は美味しいなぁ。早くたくさん稼いでこっちに移り住みたいよね」

  

 ミシャオナのような労働層の居住場所は公共エリアから離れた場所にある。

 むしろ採掘場に近い場所だ。

 カプセルドーム状の家で、せいぜい2LDKクラスがほとんどだ。

 

 生命維持をする為のモノが最低限設えられたそこは通称「ねぐら」と呼ばれほとんどの採掘労働者はそのような場所に住んでいる。

 そしてそこから会社へ通っているのだ。


 中には個人採掘を行っている者もいて、採掘した鉱石を防御箱に入れて買取機関にまで行く者もいる。

 しかし個人採掘はとても危険を伴い、その都度事故で命を奪われるものも多い。


 ミシャオナたち女性陣はそのほとんどが公共施設や農園、培養場で働いている。

 生活に関わる事は主に女性たちがメインで働いているのが現状だ。


 公共エリアの農場と看板が掲げられたエリアにミシャオナはやって来ていた。


 ここは植物、特に食品となる物の栽培がメインの場所だ。

 室温の管理は自動で行われているので種類別に畑が広がっている。

 ここでは光合成による二酸化炭素の吸収が行われていてそして酸素の排出もあるので非常に人気のある仕事場である。



「ミシャオナ、遅い! 今日はトマトの収穫なんだから急いで!!」


「すみません! 今行きます!!」


 防御服を脱ぎ、作業着に着替えて慌てて畑に来たミシャオナはトマトの収穫用のトレーを運搬用の車に乗せて慌てて主任の元へ行く。


「このエリアは今日中に収穫して、明日にはトラクターで掻き回すからね。急いで収穫だよ」


「はい、それじゃぁBエリアから始めますね」


 主任にそう言ってミシャオナは自分の担当のBエリアに行く。


 畑の収穫も未だロボットではなく人力でおこなうのは良質の作物だけを採取し、残りはまた粉砕して土壌の肥やしにする為だ。

 AIやロボット任せにすると効率性ばかり優先して結果土地の地力が低下してしまう。

 そして作物の出来も徐々に悪くなってしまうと言う状況はマイナスとなってしまう。

 なのでいい加減な人間の判断が長期的に作物を作るのに適しているのだ。



「う~ん、この辺のトマトは良いかな?」


 火星は地球より重力が低い。

 よってここで栽培されている植物は地球のモノより大きく成っている。


 ミシャオナはかぼちゃくらいの大きさのトマトを収穫する。

 それをコンテに次々に入れて行き、まだ青い物や形の変な物、小さすぎる物はそのままにしておく。

 そして程無くコンテナがいっぱいになって車を集積場に持って行こうとした時だった。



 ピコンピコン



「あれ? 通知??」


 ミシャオナはスマホのような端末を覗き込む。

 そこにはネット上で知り合った友人からのメッセージが来ていた。

 

 時間を見るとなんだかんだ言ってそろそろ昼食の時間。

 端末をしまい込み、集積場にコンテナを置いた頃には丁度休憩時間になる。



「さてと、レーメルからの連絡みたいだけど、何だろう?」


 ミシャオナはメッセージを開き首をかしげる。

 ちょうど更衣室にお昼ご飯を取りに来ていた時だった。

 


 ボンっ!!



 ぶしゅぅーっ!!


 ばんっ!!



「うわっ! な、なに?」


 更衣室に入ったとたん大きな音がして閉めかけの扉が引かれるように閉じる。

 その衝撃でミシャオナは更衣室の中に押し込められた。


 何事かと外の様子を見ようとしたら扉が開かない。



「なにこれ? 扉が開かない? いや違う、気圧が変わって扉が動かない?」



 扉を開けようにも外の気圧の方が低くなっていて人の力では開かない。

 と、扉が閉じた時に手放してしまって床に転げていたスマホの様な端子がメッセージの自動再生を始める。



『ミシャオナ! 今すぐ防護服を着て! そこは危ない、早く!!』



「レ、レーメル? 防護服? ってまさか!!」


 のぞき窓から外の様子を見ると赤茶色い霧のようなもやがかかっていた。

 そして目に映るその光景は……



「ひっ!」



 気圧が一気に低くなったせいで農場の作物には霜がこびりついている。

 そして、主任と思しき女性が体を膨らませ、目玉が飛び出て倒れている。


 ミシャオナはそれを見て慌てて防護服を着始める。

 そしてスマホの様な端末を拾い上げる。



「レーメル、レーメル!! これって一体何が起こっているの!?」


『ミシャオナ? よかった、無事のようね? よく聞いて、今あなたのいるそこは危険よすぐに私の言う通りにして!』



 

 画面向こうのその銀髪の少女は神妙な顔つきでそう言うのだった。


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