青い星赤い星~光を繋ぐ者~

さいとう みさき

プロローグ

第1話:ミシャオナ


「うーん、これで良いのかな?」


『いやいや、それじゃ逆流しちゃうよ。私の言う通り配線を変えてみて』



 スマートフォンのような端末を宙に浮かせ、その少女ミシャオナはコネクターを外し別のコネクターにはめる。

 か細いその指先でごてごてとした端子を接続するには結構と力がいるようだ。

 美しく弧を書いた眉毛がゆがむ。

 まるで深い海のような碧眼の瞳をぎゅっとつぶって邪魔にならない様にひと房にまとめた金髪が揺れる。

 そして、う~んとか言いながら強引にコネクターを押し込む。


 すると途端に背面のパネルからシューっと音がして空気が流れ始めた。



「よかった、これで死なずに済むね?」


『油断は禁物よ? 密航がばれたらただじゃすまないんだからね?』


 薄暗い貨物室でミシャオナはうっすらと明るく表示される端末を覗き込み笑う。

 そこには彼女と同じ年頃で十六、七歳くらいの銀髪の色白な美少女が映し出されていた。


「でもさレーメル、私たちで止められると思う?」


『止めなきゃ人類がみんな私同様にゴーストになっちゃうのよ?』


 画面の中の彼女はその可愛らしい口をムの字に変えて言う。

 そのしぐさがかわいらしくてミシャオナは思わず笑ってしまった。


 いま彼女たちは火星から地球へと向かう貨物船に密航をしている。

 


 西暦二千七十八年。


 人類は最後のフロンティアと言われる宇宙へと進出をした。

 しかし宇宙空間は過酷な場所で人が住むには厳しい所だった。

 そんな過酷な宇宙で人類は生き延び約二百年が経ち、とうとう他の惑星にまで居住するに至っていた。


 だが、宇宙空間へと足を延ばした人類にとって地球だけの資源ではこれ以上その行動範囲を拡大する事が難しくなっていた。

 そして旧来の技術もその限界が来ていた。


 全ての事柄をコントロールする為のコンピューターは劣化と言う寿命を持つ為に長期運用が難しくその都度アップデートをしていたが、それでも宇宙空間ではその寿命は短すぎた。

 その為技術者はそれら電子部品の延命処置を模索していたが、火星で見つかった鉱石、通称メグライトと言う物質が全ての常識を変えた。


 メグライトはその金属製物質の劣化がほとんど無く、理論上は数千年、数万年の運用が可能な媒体として電子部品産業に衝撃を与えた。

 そしてその性質上ほとんど電力も何も使わずメグライトで作られたICの中で永遠に近い情報の蓄積と運用、解析が可能となってしまった。


 以来、全てのコンピューターはメグライトを使った物に置き換わり、人類はまた飛躍的な発展をする事になる。


 故に火星で採掘されるメグライトは貴重な資源となっていた。



「正直こうも簡単に密航できるとは思わなかったよ」


『まあ、こんなシステム私たちゴーストにしてみればなんてことないけど。ミシャオナ、あんた何体重一キロも減らして申請しているのよ?』


「うっ、だって貨物重量に私の体重を入れなきゃだなんて…… 最近ちょっと太っちゃったし……」


『おかげでつじつま合わせに苦労したわよ? 先に言ってよね』



 貨物船に積み込まれる物質は全て重量管理がされている。

 それはグラム単位で管理され、その質量による航行運用を算出する事となる。

 例え数キロの重さが違っただけでも姿勢制御や推力に必要な燃料に影響が出てしまうのだ。


 故に宇宙空間でのイレギュラーは直ぐに命にかかわってきてしまう。

 だからたとえ数百グラムの違いでも貨物についてはその管理が徹底されて実際の重量誤差が発生すれば点検が入ってしまう。


『まあ実際には生体組織の誤差は計算されているから、基礎体重の十パーセントの変動は見込みであるからね。他の船員の体重変化に上乗せしたから問題無いわ』


「ううぅ、ありがと……」


 ミシャオナはそう言いながらお腹のあたりを擦る。

 宇宙空間では常に水の中に浮いているようなもので、胃の中にある物が完全に腸へと流れ込まない限り空腹感を感じるのが鈍くなる。

 なので健康管理を考えるならば定時に必要最低限の栄養摂取が不可欠となる。


「そろそろレーション食べないとかな?」


『人間って不便よね…… いや、元は私も人間だったから食事と言う感覚は覚えているわ。遠い昔の記憶だけど……』


 そう言うレーメルはその美しい顔をもの悲しそうにする。

 愁いを帯びたその横顔をミシャオナは見ながら言う。



「もう、元には戻れないの?」


『私のデーターから人工素体を作り上げて私の意識をそこに焼き付けるのに何年かかると思う? 今の設定は私が十七歳の時の姿にしているから最低でも人工素体を作るのに十七年はかかるわよ……』



 現在の技術では合成たんぱく質を作り出す技術が有り、その遺伝子データーを元にレーメルの元の身体を作り出す事は出来る。

 しかしいくら技術が進歩したからと言って人の成長は簡単には出来ない。

 元から成長させないと本人が体験してきた情報をその素体に書き込む事が出来ず、意識を移した時に最悪体が思い通りに動かない場合がある。


 時間と肉体と精神は切っても切り離せないモノになっていた。



『それにこれからやろうとしている事は私がゴーストのままでないと出来ないわ。こっちの世界にはゴーストでない限り対応は出来ない。でもミシャオナの世界では肉体が無いとできない。だから私たちで食い止めなければあの恐ろしい計画が発動してしまう』


 レーメルはしっかりと画面の向こうからミシャオナを見てそう言う。

 その真っ直ぐな瞳にはレーメルの本気が伝わってきた。


「うん、分かってる。私たちで阻止しなければレーメルが、人類がみんないなくなっちゃうもんね。私頑張るね!」


『頼むわよ、相棒』


『うん、任せて相棒』



 ミシャオナは画面に向かってそう言いながら携帯レーションのキャップを外し味のしないゼリー状の食事をとるのだった。  

 

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