09  始まる殺戮

「今から世界征服を始める」




 宣言と同時に刺さりっぱなしの人間の二つの頭を振り払い、指揮官目掛けてΨモリを投げた。

 いまだ状況を掴めず動く気配のない指揮官を庇い、一人の騎士が犠牲になる。


 こんな奴を庇う騎士も、指揮する騎士にも、同情心は一切湧き上がらないわ。


「おい、始めようよ? お前らが楽しんでいたお遊びを。罪人に対する裁判をよ」


 俺は瞳孔を開き、騎士達がさっきまで浮かべていた笑っていない笑顔を見せつけ、怒気の孕んだ声を発した。


 騎士は多く見積もっても15人程。

 綺麗な装飾のある統一されたフルプレートに魔力を感じるローブ。

 前衛部隊は剣を、後衛は杖を俺に向けている。


 しかし、そんな些細なことはどうでもいい。

 脅威ですらない。


 最初の一撃で、ここにいる人間が俺よりも遥かに弱い事は確認済みだ。


 俺は地を蹴り、一番近くにいた騎士の頭を殴り飛ばした。

 頭部は爆発飛散し、血液や破裂した脳や骨が宙を舞う。

 まず——


「一人目」


 仲間の頭を一瞬で吹き飛ばされたのを目の当たりにして怖気付いたのか、カチャカチャと小刻みに鎧が擦れる音が聞こえる。


 だが動じないし、気にしない。


 隣で首がなくなった同僚を見ているやつに対し、腹部目掛けて回し蹴りを喰らわせる。

 鎧もろとも砕かれ吹き飛ばされた騎士の先にもう一人いたが、勢いを落とす事なく巻き込みながら民家に突っ込んだ。


「二人目、三人目」


 いまだに動こうとしない指揮官を尻目に、俺は再び拳を握り近場の騎士の頭を殴り飛ばした。

 頭部は爆散し、頬に返り血を浴びる。


 汚っ……。


「はぁ、四人目。おい木偶、早く動けよ」

「……チッ。あ、相手はまだガキだ! 数でも勝っている、負ける要素などない! 恐れるな、叩きつぶせ!」


 さっきまで、状況把握すらできていなかったくせに何を偉そうに。

 無能な上官の元で働く部下程哀れなものは無いな。

 同情する気はないけど。


 前衛の騎士達は一斉に詠唱を始める。

「力向上」「速度向上」「防御向上」「回避向上」


 後衛もすかさず詠唱する。

「速読詠唱」「魔力向上」「魔功向上」


 俺は集中砲火を喰らった。

 前衛が四方八方から斬りかかり、一連の攻撃を終えるとバックステップを取り距離を置く。

 その直後に後衛から二種の魔法が飛んでくる。


「「閃光の矢ライトニングアロー!」」

「「爆炎流星メテオフレイム!」」


 光の矢が豪雨のように降り注ぎ、間を開けずに炎の玉が弧を描くように飛弾し着弾と同時に爆発する。

 肌にズンと響く爆発音。

 俺はローブの中に小さな体を隠すように潜った。


 国家の騎士なだけあり、連携の方は申し分なさそうだけど。

 あまりにも遅い、それに弱い。隙有りまくり。


 そもそも、この程度の物理攻撃じゃ俺は何もしなくても弾けてしまう。

 あの筋肉達磨こと王猩々キング・エイプに比べればひよっこだ。


 魔法は威力そのものはありそうだったけど、見掛け倒しなのか王猩々キング・エイプの毛皮で作ったローブが少し傷がついた程度で済んだ。

 あえて魔法を喰らい耐性をつけることも一瞬脳裏によぎったが、こんな状況だからこそ一秒でも死んでこの場から離れるのは良くないと判断した結果だ。


「ふっ、これだから亜人種もどきは。撤収だ撤収! 獣人共の処刑は王都でやれば良い!」


 こいつ、本当にクズだな。

 俺が死んだとでも勘違いしているのか?

 処刑されるのはお前だ。


「黒炎」


 指揮官は黒い炎に包まれた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」


 断末魔のように聞こえてくる、この世の終わりのような叫び声。

 死にそうで死なない際どいラインで、その不気味な色の炎を消し、生殺しの状態で放置する。


「……ッス…………ケロ……ッ」

 声帯に火傷を負ったせいか、言葉になっていない声を発している。


 黒炎。キリムを死なせてしまった自分に、そして獣人達に対する騎士の対応に、俺の中の煮えたぎるような苛立ちと負の感情が合わさってとっさに脳内に浮かび上がり具現化した魔法。


 指揮官は悶え苦しんでいるけど、部下に助けようとする動きはない。

 人望が無いのか、腹心はもう全て屠っちゃったのか、それとも本物の恐怖、迫りくる『死』に触れたからだろうか?


 まぁ、大概の人間は自分が一番大事で可愛い物だ。

 部下達は指揮官を置いて一目散に逃げ出した。

 しかし——


「お前達は一人も逃さないし、許さない」


 誰一人として逃さない。

 全員捕まえる、狩猟する、断罪する。


 そう思考を巡らせると、とっさに脳内に新たな技が浮かび上がった。


影の手シャドウハンド


 それはスキル。

 自分の感情が高ぶり、種族的に安易に習得可能なもの。

 ルキは突然使えるようになっていた。


 騎士達の影から漆黒で不気味で関節が曖昧な手が無数に生え、手足に絡みつくように拘束する。


 なんかすごいのが出た。

 かなり広範囲で蜘蛛の子を散らして逃げまとう騎士を、本当に一人残さず捕まえられるとは思っていなかったから。

 ま、逃げられたら逃げられたで、俺が直接物理で仕留めるつもりだったけど。


 さて、と。


「これからは人族の獣人は魔族の俺の庇護下に入ると思え。俺はお前達みたいに無闇に手出しはしないが、もしお前ら人間が人族が俺の目的に害を成すようなら、俺はその組織ごと叩き潰す。それが騎士団であろうが、国であろうがだ」


 影の手シャドウハンドによって拘束されている騎士たちは、涙目になりながら激しく首を上下する。


 断罪の時だ。


「じゃあ、審判の時間だ。お前達は罪を犯した。相手に対して無慈悲なる死を与えておいて、生を懇願するような愚者はいないよな?」


 こいつらに生還の二文字は皆無だ。

 でもまぁ、せめてもの慈悲をくれてやろう。


「もし、お前達が罪を悔い改めるなら、苦痛無き死を持って罰とする」

「「んんっ……はああぁぁぁーーーーっ…………!?」」


 口を強引にこじ開け、影の手シャドウハンドをねじ込み心臓を直接握り潰す。


 一人最も非力そうな騎士を残し、十数人いた騎士たちは皆一斉に息途絶えた。

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