08  目標の一歩目、始動!

「フンッ……フ…………ンギャアアァァァァァァッッッッ!」


 生後間もない赤子の泣き声が広場に響いた。


 その声に顔を歪める一人の騎士。

 彼は村を襲撃している小隊規模の長、カーネリアだ。


「うるさいガキがいるぞ! 見せしめに、その首飛ばせ!」

「了解です、小団長」

「おやめください! 私の、私の命でどうかご勘弁を——…あっ!」


 騎士の一人が赤子を無理やり奪い、泣いて懇願する母親を蹴り飛ばした。


「いつまで泣いているんだ! 斬首だ、首を落としてそのうるさい獣を黙らせろ! 耳が腐る」

「やめろーっ!」


 カーネリア小団長は部下を急かし、騎士が赤子に向けて剣を振りかぶったその瞬間、一人の少年が間に立ち塞がり叫んだ。


「おうおう、クソガキ。どこに隠れていやがったんだ、あ?」


 熊耳の少年、ツキは力強い眼光をカーネリアに向ける。


「僕たちがお前たちに何をしたって言うんだ! 迷惑かけずに平和に暮らしていただけなのに」

「平和? 迷惑? はっ、笑わせるな。獣人は罪人だ。お前だって知ってんだろ。この国にテメェらの居場所なんてない、生まれてくること自体が罪だからな」

「なっ!?」

「今回の進軍は国王様にもすでに周知済みだ。良かったな、少しでも懺悔の時間が残されていて」

「国王が!? 嘘だ、王様からここならって、先代が土地をもらったんだぞ!」


 ツキが叫ぶも、騎士たちは皆クスクスと笑っている。


「気づかないのか、騙されていたって。獣人が一箇所に固まっていれば、処分が楽だろ?」

「……」


 ツキの開いた口は塞がらなかった。


 安全だと思っていた場所は、実は人間たちの檻の中だった。

 同族だと思っていた人間は、僕たちのことを根絶やしにしようとしていた。

 友達も兄も、僕を庇ったが故に目の前で殺されていった。同族だと思っていた人間に、この騎士共に。


 僕に残された感情は絶望、そして憎悪だった。


「………………クソがああぁぁっ!」

「うわああぁぁっ」


 ツキは拾った剣を大きく振りかぶり、小団長に斬りかかった。

 それにビビったカーネリアは派手に尻餅をつく。

 しかし、ツキの剣が相手に届くことはなかった。

 カーネリアを守るように、傍にいた別の騎士が剣で弾いたのだ。


「こ、こここの獣人風情がっ! 殺せ、はやく殺せ! 痛みと恐怖を最大限与えて殺せ!」


 渾身の一振りが弾かれたツキは体制を崩している。

 そこに剣が真っ直ぐと突き進む。

 反射的に目を背け、尻餅をつくツキ。


 しかし、いくら経っても痛みがこない、攻撃が来なかった。

 その違和感に恐る恐る目を開けると、目の前の時間がゆっくりと動いているように赤い液体が飛び散っていた。




「……………………えっ?」




 目の前には、両腕を大きく広げツキを庇うキリムの姿があった。


「……ダイ……ジョウブ…………カ?」


 目が合うのと同時に膝を地面につけるキリム。


「……お前が死んだら…………チビたちが悲しむからな」

「……」


 キリムの背にはさっきまで騎士が持っていたはずの剣が刺さっていた。


 言葉が出てこない。

 動揺が治らない。


 なんで、なんでキリムがここに? その刺さっている剣は何?

 なんで、血が? なんで、僕は血を浴びてんの?

 死んじゃう、キリムが……が死んじゃう!?


「……愛してるぞ」

「……や、いや。いやいや! やだ、キリム!!」


 キリムはツキに優しく微笑み、ドサっと倒れた。






 俺はキリムの後をすぐに追ったつもりだった。

 でも、急に突風が吹いたと思ったらキリムは瞬間移動をしたかのようにツキの盾になっていた。


 なんだ、これ。

 守るってなんだ? 任せろってなんだ?

 何を、どうやるつもりだったんだ?

 俺は何をしているんだ?


 できもしない約束をしてしまった自分自身と、民を守ることが仕事の騎士達に苛立ち、憤り、肩の震えが止まらない。

 ツキはキリムに覆いかぶさるように泣きじゃくり、赤子は泣き叫び、その母親と思われる獣人は騎士に何度も蹴られている。


 なんだこれ、悪い夢か?




「これが……騎士のすることかよ…………」




 俺は独り言のように呟いた。


 ”約束は死んでも守れ”

 その時、俺の脳裏にこの言葉が過った。


 誰の言葉だったか、覚えていない。

 けど、よく言われていた気がする。


「おい、いつまで俺に歯向かった獣人を生かしている! 早く殺せ!」


 俺が初めて聞いた——いや、初めて理解できた人間の言葉。

 精神感応テレパスが体に染みついたのか、人間の言葉が脳内で日本語へと変化していく。


 そんな言葉を理解した瞬間、最初にこの村の惨状を見た時以上の怒りを覚えた。


 俺の小さき幼女の体から、不相応な可視化した殺気が滲み出る。

 それと同時に俺はΨモリを強く握りしめ、キリムを刺した騎士に向かって地を蹴った。


 視界を邪魔するフードを脱ぎ、長い銀の髪の毛が風のように靡く。


 Ψモリを構える俺は勢いを落とすことなく、銃弾のようなスピードで騎士のこめかみに突き刺した。

 刺された騎士の奥にいたもう一人、計二人の騎士の頭を貫通させ、勢いに付いて来れなかった体が首から引き離される。

 コンマ数秒後に、人体が千切れる音がやってきた。


 俺は足元で倒れているキリムをチラッと見ると、どこか満足そうな死顔をしていた。


 ——っ!?


「……俺は人間じゃない、魔人だ。人族と敵対関係にある魔族だ。でもお前らは人間で同族、しかも国民を守る騎士じゃないのか……。腐っていやがる」


 顔を伏せたまま似つかわしくな形相を浮かべる。


 俺は弱い、キリムを死なせてしまったのは俺にも責任がある。

 でも、こいつらは言った。獣人は罪深いと。生まれてきたことが罪である、と。

 だから、殺してもなんとも思わないんだろう。


 罪無き民を殺すお前らのような奴こそ、生まれてきたことが罪だというのに……。


 はぁ、こんな世界はクソだ。

 断罪すべき対象だ。


 いいぜ、やってやるよゲイル。今ここに宣言してやるよ。




「今からガチの世界征服を始める」

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