05  獣人との出会い

 装備を手にした俺は、リンピールに向けて歩みを進めていた。

 ところが、今日の森はなんだか穏やかな雰囲気ではない。


「なんか、鉄臭い? 鉄棒で遊んだ後の手みたいな……、いや。それよりも生臭い?」


 事件か?

 事件の匂いがする。


 俺は自分の手のひらをクンクンと匂いを嗅ぐ。


「——…ん、あれは?」


 視線を上げると、その先には山の麓から赤煙が立ち上っているのが見えた。


 本当に事件か!?


 俺はローブのフードを目深に被り、Ψモリを力強く握り赤煙に向けて走り出した。

 人間だった頃じゃあり得ないくらいのスピードで、道無き道の大森林を疾走する。


 しばらく走り続け、少し開けたところに出た。

 いや、開けたって言うか荒れた、か?

 どう考えても普通じゃない。


 樹々は焦げ倒れ、複数の馬か家畜が通ったからなのか地面はボコボコ。

 どゆこと? 山火事で逃げ——




「……………………え?」




 次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


 目の前に広がっていた光景は、獣の耳を持つ人の死体が無残に複数転がっていたのだ。


 亡くなった人を見るのは初めてじゃない。

 俺の親の葬式で、二人の姿は見ているから。


 でも、これは……なんだ?


 間を置かずに、俺は再び己の目を疑った。

 王都で俺を一度殺したフルアーマーの騎士と思われる集団が、そこにある小さな村を蹂躙していたのだ。


 子供を庇って斬られていく大人の獣人。

 死んだ親に泣いて抱きつく子供の獣人。

 家屋に火が放たれ、聞こえてくる悲鳴。

 クスクスと笑みを浮かべる王都の騎士。

 罵詈雑言を浴びせながら人を斬る騎士。


 俺は怒りを覚えた。


 前世でもこんなにキレたことはない。


 俺が異世界に憧れていた一番の理由、それは言うまでもなくケモ耳っ子がいるからだ。

 そこに、夢とロマンが溢れているからだ。

 言ってしまえば、俺の夢の地そのものをコイツらは蹂躙しているのだ。


 完全なる私情だけど、胸糞が悪すぎる。




「——っ」




 俺の小さな体からは不相応な殺気が漏れ出す。


 何をしているんだ? コイツら。


 居ても立っても居られなくなった俺は殴り込みに行こうとするが、何かがそれを阻んだ。

 足元に視線を落とすと、ボロボロになった獣人の子供が俺を掴んで離さない。


「……や…………めて…………」


 どうやら俺が村を襲っている援軍だとでも思ったのだろう。


 熊のような丸いふさふさな耳、黒髪短髪の中性的な顔立ち。

 しかし、その整った顔には複数の生傷があり、体は痩せ細り服装はボロボロに汚れているお粗末な布切れだ。


「お……ね……がい…………」


 力の無い、しかし魂の乗った声を吐きながらその子は糸が切れたかのように力尽きた。

 俺は殺気を抑え、熊耳の子を抱き抱えてその場から急いで立ち去った。






 村から少し離れたところでたまたま見つけた横穴の洞窟に立ち寄り、俺は熊耳の子を横に寝かした。

 一応安全確認の為に洞窟の奥に目をやると、何やら明かり灯っている。


 火?


 警戒しながら恐る恐る近付く。


 そこには、ロップイヤーのような長い垂れ耳に金の瞳、背筋が曲がった俺と同等の身長の老婆が一人。

 犬耳の好青年、俺よりも遥かに大きい若い男が一人。

 その男の背に隠れる、リスのように大きな尻尾を生やす幼い双子がいた。


 かろうじて先の村から抜け出すことができたのか、四人の獣人が肩を寄せて焚き火を囲みながら俺を見ている。


「もし? 貴女様は何者でございましょうか? 何用で斯様な場所へ?」


 老婆が金色の瞳を輝かせながら俺の目をじっと見て問う。


「怪しい者じゃない。ついさっきここに来たばかりで、一人保護し——あれ?」


 あれ?

 なんで、俺は普通に会話できてんだ?

 なんで俺は老婆の、老婆は俺の言葉を理解しているんだ?


「驚かなさいでくださいませ」

「え?」


 老婆はまるで俺の心を見透かしているかのように、口を開いた。


「私たち獣人には、第六感。超感覚的知覚能力である精神感応テレパシーを使えるだけですから。あなたの意思ある言葉は理解できますし、逆もまた然りでございます」

「……は?」




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 バビルド王国、王城の一室では一人密やかな宴のような雰囲気が漂っていた。


「見ましたか、あの泣き叫ぶ獣達を」

「あぁ、見たぞ小団長どの。傑作だ」

「あんな獣は存在してはいけない、そう王にお伝えください。獣人を、いや亜人全てを殲滅させるために我が小隊を動かしている、と」


 必ず、貴方方は駆逐してあげます。待っていなさい。

 クククッ。

 そして、その地を我が領地の一角に。


 村の状況を映し出した水晶で通信しながら、王国軍北方騎士団”玄武”の小団長と王国貴族の一人は笑みをこぼした。

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