04  ようやくスタートライン

 愚痴をこぼしながらも、小さな体で大森林を歩き続けて陽が傾いてきた頃、俺は戦闘の真っ最中だった。


 相手は両腕が筋肉でアンバランスに膨らみ、全身鎧の様に硬く太く鋭い黒い毛で覆われているゴリラの様な魔物。

 どっからどう見ても頭の悪そうな脳筋、パワー極振りの猿型魔物。


 この前ゲイルが言いかけていた王猩々キング・エイプってのは、これのことだろうか。


 目の前の巨体ゴリラは鼻息を荒くしながら殴りかかってきた。


「ちょっ!?」


 喧嘩なんてこれっぽっちもしたことのない俺にとって、ゴリラの攻撃を躱すことで精一杯だ。

 攻撃一発一発は地面を揺らし、殴られた箇所には隕石でも落ちたかの様なクレーターができている。


 こんな化け物にどう勝てって言うんだ!?


 一発でも食らえば、潰れたトマトになるぞこれ!

 いくら生死を行き来できるからって、痛い思いなんかしたくないぞ!

 注射も嫌なんだ、一撃必殺のパンチなんて——…


 うん? 待てよ?

 俺、今避けれてね?


 何度もゴリラの拳が体スレスレのところで空を切る。


 あれ、俺、センスあるんじゃね?

 意外とCQCできてる?


 俺がほんの少しだけ天狗になったその瞬間、僅かに生じた隙を見逃さなかった王猩々キング・エイプは両腕を振りかぶり地面に叩きつけた。


 そして俺は痛いと感じる間もなく潰れたトマトへと姿を変えた。






 また、死んだのか……。

 え、異世界転生したばかりなのに、普通こんなにすぐ何度も死ぬ?


「ねぇゲイル。謝るから、贅沢言わないから、リンピールまで直接転送してくれない?」


 正直、辛い。

 転生して秒で殺され、数日後にまた殺され。

 チートも無い、ハーレム どころか人間全員敵対心剥き出し。 


 不死とかチートじゃんって思う人はいるかもしれないよ?

 でもさ、死ぬってめっちゃ痛いし怖いからね?

 物によってはトラウマもんよ。


 はぁ。

 俺がイメージしていた、望んでいた無双チーレムな異世界生活とは全く違う。


 しかし、ゲイル返事が返ってこない。


「ゲイル?」


 辺りを見渡すもゲイルの姿は無い。


 仕事中か?

 ……ゲイルの仕事ってなんだろう。


 いや、興味ないけど気になるっていうか。うん。

 ゲイルが居ないんじゃ、さっきの提案を飲んでもらうのは無理じゃん。

 はぁ。


 転送用の魔法陣は常に出現しているのか光り続けていて、魔法陣のすぐ傍には手形が描かれている台座が鎮座している。

 俺はその台座に近づき、興味本位にその手形に自分の手を合わせてみた。


 すると台座は輝きを放ち、数秒後に脳内に無機質な機械音声が聞こえてきた。


《…——スキル更新、【打撃耐性】を取得》


 魂の奥底で何かが変化する様な、そんな感覚を覚える。


 んー、そう言う道具ってことでいいの?

 台座はさらに続けた。


《スキル【斬撃耐性】【刺突耐性】【打撃耐性】を統合》

EXエクストラスキル【物理攻撃耐性】へと統合進化完了しました》


 役目を終えたのか、台座の輝きは消えた。


 EXエクストラスキル?

 初耳の単語が出てきたけど、そのままの意味ってことだろう。

 ……多分。


 それにしても物理耐性かぁ。

 転生特典なんかよりも嬉しいスキルではあるよな。

 実用的だし、今回の死は美味しい結果だ。


 更新を終えた俺は、他にやることもないので転送用魔法陣に入り、肉体に息を吹き返した。






 目を覚ますと王猩々キング・エイプは俺に背を向けドラミングをしながら吠えていた。


 ま、今の俺は数秒前の俺とは違うのよ。

 これは別に天狗になっているんじゃなくて、事実だ。

 物理特化の筋肉達磨に対して、俺はその物理に対する耐性スキルを獲得している。


 要するに、夜ご飯となる肉が吠えているのと然して変わらないということ。

 こっちは空腹、奴は俺が復活したことに気がついていない。


 じゃあどうするか。


 俺は全力の右ストレートを、背を向けるゴリラの後頭部と首の付け根の間にぶちかました。


 卑怯? 違う、戦略。


 肉達磨は雄叫びを上げることなく、そのまま鈍い音を立てながら顔から地面に倒れ込んだ。

 死んだ、というよりは気絶に近い。その後は、すぐに心臓に尖った木を一刺し。


 こうして、俺は念願のご飯にありつけた。




 鎧のような硬い毛を何本かむしり、原始的な方法の摩擦熱で火種を作り火を付ける。

 こんな肉体だけど、基礎ステータスが高いおかげかすんなりと火付けに成功。


 それに、炎の暖色とかゆらゆらしている感じはなんだか心を落ち着かせてくれる。


 さて、ご飯をせっかく狩ったんだから食すか。


 俺は王猩々キング・エイプの肉を簡易的に作った石包丁で適当なサイズに剥ぎ取り、枝を串がわりに刺して火で炙る。


 石包丁は、石を割ってできた少し鋭い石ってだけだから、切れ味は驚くくらい悪い。

 それでも素手よりは切れるし、まぁ前世のキャンプでもこの手はよく使ってたし、うん。


 刃物欲しい。

 ……はぁ。


 肉を食い、余った素材は一箇所にまとめて俺は早めに眠りについた。






 樹々の隙間から陽光が差し込み、少しだけ霧がかっている早朝に俺は目を覚ました。


 気持ちの良い朝ってこれだよな。

 なんで、野営時の朝ってこんなにスッキリしているんだろう。


 逆になんで、普段のベッドで起きる時はまだ寝ていたいって思うんだろう。

 不思議だ。


 そんな疑問を胸に、俺はふと昨日倒した王猩々キング・エイプの素材と、寝ても消化し切れていないパンパンなお腹を見た。


「これ、俺が一人で食ったのか?」


 今更だけど……。

 香りも味も良かったけど、この体の数倍はある魔物を一人でってのは、食い過ぎな気がする。


 きっと久しぶりの食事に、ワイルドな肉の塊にテンションが上がり過ぎたんだな。


 満腹が無い、分からないってのも辛いってことだ。

 勉強になった。


 そんなことを思いながらも、昨晩から燻し続けていた燻製肉にかぶりつく。


 これからどうしよ。

 リンピールに行くにしても、自分が魔人って事は隠さないといけなよね?

 でも、冒険者するためには街に入ってお金を稼がなきゃ。


 それに——…


 俺は自分の体に目をやる。


「やっぱ、服だよな……」


 人間たらしめる生活。衣・食・住が揃った生活。

 もう俺は人間じゃないけど、人間じゃなくたって衣食住を揃えたい。


 今、手元にある素材はゲイルに渡されたバスタオル大サイズの布、王猩々キング・エイプの毛皮や骨。


 コスプレ衣装なんかもイベントのたびに自作していたし、これだけの素材があるならローブくらい作れるんじゃない?

 こう見えても、手先は器用な方だと自負しているし。


 兎にも角にも俺は衣服作りを始めた。


 まず、平べったい器のような骨で近くの小川から水を掬い、火に当てて沸騰させる。

 沸騰したお湯に、ゴリラの硬い毛をつけ柔らかくしてから、取り出して石で叩く。

 これを繰り返して、繊維を作る。


 あとは干しておいた皮と布をほぐした毛で縫い合わせ、ローブの土台完成。


 防御面を強化するために、ゴリラの首元に生えていた一本一本が異常に太く牙のように鋭い毛を鱗状に縫い合わせ、ローブ完成!


 かなり上出来だ!

 ついでにインナーも作るか。


 俺は余った布と皮で再び、裁縫を始めた。


 ピッタリ目な簡素なTシャツくらいの大きさで作ったつもりだったけど、採寸を省いたせいでXXLくらいになった。


 なんていうか、ちょっとしたワンピースだな。

 まぁ、いつまでも下半身を露出しておくわけにはいかないから結果オーライだけど。


 最後に、俺は武器の作成をした。


 長く真っ直ぐな骨と鋭く伸びた犬歯、余った皮を使い、自分の背丈と同じくらいのΨモリのような武器完成!


「これで、やっとスタートライン……。チュートリアル終了ってとこかな」


 ふぅ。


 俺は安堵の息を漏らしながら、ぱたっと倒れそのまま眠りに落ちた。

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