第3話タヌキ汁
そろそろ11時になる
「今日のお昼は、えーと、天津丼にします、所長は?」
僕は電話をかけようと、所長のの返事を待っていると、
「さくらレンタカーだけど、おいしい天津丼2個ね、ヨロシクね」
もうすでに電話していた、この人はパーテーションの裏の席で何してたんだろう、午前中ずっと静かだったし、新聞を机に開いたまま、眠りこけていた、漫画のタヌキを想像してしまった。
寝言の様な独り言が聞こえてきた
「天津丼には、やっぱぁり味噌汁だなぁー、よぉーし」
この人が味噌汁を作るのは、暇な時だから、寝ていたのは確実
タヌキ所長の家にはオスのチビタヌキと、綺麗な人間の奥さんが、いるらしい、僕は会ったことは無いが、噂によれば10歳年下の美人で、元"ミスフェアレディ" らしい。
ミスフェアレディを知らない僕は、以前アルバイトの中村君に尋ねた
「えっ?知らないんですかー、日産フェアレディのコンパニオンですよ」
「だから、何してる人達なの、彼女らは」
「…………」
中村君も知らなかった。
「そーいえばこの前!雑誌に募集の記事が出ていましたよ」
言うと同時に裏の控室へ向かい自動車雑誌を持って来た、小さな記事であまり詳しく書いていないが、一般未婚女性で全国より10名、1年間フェアレディZや日産関係のPRを銀座の日産ギャラリーで行う仕事のようである、僕の理解したところでは、つまり日産の代表であるスポーツカー "フェアレディ" の名に等しい美人さんの集まり "ミス日産" である。
"ミスフェアレディ"と、書かれた、たすきを斜めがけにした美人さんが運転するオープンカーのZの助手席には居酒屋の入り口に在るようなタヌキと、後ろに子タヌキが座っている…………
そんな、漫画の様な場面を想像してニヤけてしまった。
「うまい味噌汁は俺じゃなきゃ作れないなー」と、
嬉しそうに、だしパックを鷲掴みに鍋に入れている。
ミスフェアレディ、いや結婚しているのだから、フェアレディ婦人、いやいや、タヌキの奥さんだから、"タヌキ婦人" どうやら、タヌキ婦人の作る味噌汁は家では、タヌキお父さんの口に合わないようだ、
「所長、家でも味噌汁作ってるんですかー?」
「おみー、家でこんなことしたら、不味くて飲めねーって、言ってるよーなもんだろ」
「家で我慢してるから、ここの事務所で飲む味噌汁が余計うまいんだにゃー、ニャハハー」
来々軒の大男が、いつものように無口で、ニコリともせず天津丼を持ってきた、事務所を出る時は、決まって背中を丸めた大きな背中をくるりと回して、大きな体全体で、部屋に向かってペコリ、お辞儀だけして出ていく、時間はいつも正確で正午前後5分以内である、〈気は優しくて力持ち〉を絵に描いたような、来々軒の大男は意外と僕の思っている以上に繊細でナイーブな人なのかもしれない。
八角形のお皿によそられたご飯の上に卵のカバーを掛け、赤茶色の甘酢ソースが、掛かった天津丼をレンゲで山を崩してソースと一緒に口に入れる、ソースの甘辛さが、なんとも美味しい、所長の味噌汁を一口すする、
「んーーん」
これまた、出汁が効いて美味しい
所長にとってのタヌキ汁、いや、お味噌汁は男の料理を超えた、昔飲んだ記憶の味、母親の味であり、現代のフェアレディが作る味噌汁は永遠にタヌキ汁の味を超えられないのは、確かだ。
「おみー、まだおかわり、いっぱいあるぞー、飲め、飲めー」
とってもご機嫌だ、平和な日のお昼にタヌキ汁のおこぼれ、いつもあれば、いいな!
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