204 お宅訪問
【
「うっふふん、ふっふん~、うっふふ~ん、あはん♪」
上機嫌にスキップをしながら歩くマリステルの背中を追いながら、俺と伊勢崎さんは顔を見合わせてコソコソと話す。
「これは……仕方ないかな」
「そ、そうですね……」
要塞を自慢したいのだろうが、それでも無邪気に歓迎しようとするマリステルを見て、俺は適当にウソを並べて帰ることに罪悪感を覚えてしまったのだ。
それは彼女と相性の悪い伊勢崎さんも同様で、結局俺たちはそのまま魔要塞マリステルで一泊することになってしまったのである。
そうして夕暮れ時、未だ鉱山再開に向けて
果てしなく長いその外壁の中央には大雑把でありながら頑丈そうな門が備え付けられており、マリステルが門の前に立つ二人の兵士に声をかけた。
「帰ってきたわよ~。開けなさあーい」
「マ、マリステル殿、今日は外に出ておられたのですか」
門番たちは顔を強張らせながら言葉を返すと、後ろの俺たちに視線を注いだ。
「あの……そちらのお二人はどちら様でしょうか? マリステル殿のお知り合いといえど、無関係な者を勝手に要塞の中に入れるわけにはいかないのですが……」
おそるおそる尋ねる門番に、マリステルはにんまりと笑顔を見せて俺の右腕に抱きつく。
「ほら、あんたたちにも言ったことあるでしょう~? コレが私の想い人のマ・ツ・ナ・ガよんっ♡」
相変わらずのボリュームが俺の右腕を柔らかく包み込む。すると今度は負けず劣らずの柔らかいものが左腕を包みこんだ。伊勢崎さんである。
「そして私が、『妻』のイセザキです!」
『妻』にアクセントを強く置きながら主張する伊勢崎さん。やはり妻役となれば、ここは譲れないところなのだろう。
そして夫役の俺としてはマリステルを振り払うべきとは思うのだけれど、マリステルの立場を考えるとこの場で【
仕方がないので俺は両手に花のままぺこりと頭を下げた。
「ど、どうも……マツナガです。ヒグナー隊長に聞いていただければ身元は確認できると思います」
「あっ、あなたが
兵士たちはマリステルと腕を組んでいる俺をUMAでも見るかのような目で見つめる。ちなみに伊勢崎さんは親の仇でも見るような目でマリステルを見ているよ。
それにしても、やはりマリステルは兵士に恐れられているようだ。ここは一言いっておくべきかもしれない。
「あのう……マリステルさんが要塞でなにかご迷惑をかけているのでしょうか? もしそうなら俺の方からも彼女に注意しておきますけど」
マリステルを要塞で働かせるよう提案したのは伊勢崎さんだが、そもそも助命を願ったのは俺だ。当然責任がある。要塞で働く方々に迷惑をかけるわけにはいかない。
「ええっ!? 迷惑だなんて、そんなの何もないわよねえ!? ね、ねえ、そうでしょ、あんたたち!」
「はっ、はい! もちろんですっ! 詳しくは存じ上げませんがマリステル殿はディグラムとの防衛戦の功労者と聞き及んでおります! そのような方に自分たち如きが意見をするなんて――」
「いえ、マリステルさんが与えられた仕事をしたからといって、皆さんにご迷惑をかけていいわけじゃないですから。……本当に何も問題はありませんか?」
俺の言葉に兵士たちはしばらく顔を見合わせると、ビシッと姿勢を正して高らかに声を上げた。
「そっ、それではっ!
「あっ、コラッ!」
マリステルが声を上げるが構わず兵士が続ける。
「夜な夜な人魂を出しながら要塞内を徘徊し、恐れる兵士は後を絶たず! どれだけ厳重に警備をしても食料庫の中を食い荒らかされ! 『ヒマだからモノマネでもしなさい』と同僚たちは毎晩呼び出されっ! それらに苦言を呈した者は、翌日にはまるで廃人のような姿で見つかり数日は身動きのとれない有り様ですっ! もちろんマリステル殿を戦力として期待しておりますが、平時にはこちらが頭を抱えるような事案が多々ありまして……!」
「ああもうっ、言わないでよう!」
「ひいいっ、すみませんっ!」
「マッ、マツナガ? 違うのよ? これは……そう! 兵士ちゃんたちにも緊張感が必要かな? と思ってえ、だからあえての仕打ちというか……ね?」
「はあ……わかりました。それらの件については俺から厳しく言っておきます。兵士の皆さんが快適に過ごせるようにできるだけ配慮しますので、これからもお仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ぺこぺことお辞儀を繰り返す兵士たち。その瞳には薄っすらと涙が見える。なんともいたたまれない。
「そ、それではとりあえず中に入らせてもらいますね……」
「もちろんです、ささっ、どうぞ!!」
そうして晴れ晴れとした表情の兵士に見送られながら、俺は門をくぐり――じっとりとマリステルを見つめた。
「マリステルさん……。仕事はしてくれたみたいですけど、だからといって彼らの足を引っ張るのはダメですよ。それくらい言わなくてもわかると思っていたんですけど……わかりませんでしたか?」
職場の環境整備は大事だ。モチベーションに直結するし、そこで折り合えなくなれば退職するリスクだってある――俺のようにね。まして命を張る兵士ともなれば、その影響はさらに顕著になることだろう。
「ひいっ!! マツナガあんた今、腕に魔力溜め込んでない!? わかる、わかります! 反省するから、あのボゴーンって魔法は止めてよう!」
顔を引きつらせながら腕から離れ、距離を取るマリステル。俺は右腕に込めた【
「はあ……しっかり反省してくださいよ? ここにはちょくちょく顔を見せますから。そのときに同じようなことが耳に届けば――」
「うんうん、わかった、わかったからあ! だからその怖い顔は止めて――って、イセザキ! あんたはなにウットリしてるのよお!」
「怒った旦那様も素敵……ぽっ」
見れば伊勢崎さんが腕に抱きついたまま、俺をじいっと見つめていた。
「あの、伊勢崎さん? そろそろ離れてくれると……」
「――はっ! そ、そうですね!」
伊勢崎さんは慌てて離れると、照れ隠しのようにビシッとマリステルに指を突きつける。
「とにかくっ! 旦那様を
「わ、わかったわよう! これからはなるべく気をつけるわあ。だからね、そろそろおうちの話をしましょ? ほら、ほらほら、私のおうちを見てちょうだい、すごいでしょう!?」
目を泳がせながら話を切り替えようとするマリステル。俺も長々と説教する気はないので、改めて要塞の景色を眺めることにした。
城壁沿いには弓矢や投石、魔法の発射台となる
俺が設営を行ったときよりもさらに作り込まれており、素人ながらここを突破するのは難しいのだろうなと感じる。まあ聞いた話によれば、要塞を攻める前のゾンビアタックがなによりもキツいみたいだけど。
「んふふっ、ようこそ魔要塞マリステルへ!」
さっきまでのことをもう忘れて笑顔を見せるマリステル。俺と伊勢崎さんは揃って一度ため息をつくと、マリステルに連れられて彼女にあてられた住居へと向かったのだった。
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