203 緑の園

 薬草がたんまり生えているという大木の下へと向かう最中、マリステルの足がピタリと止まった。その視線の先にはこんもりと盛り上がった土くれがある。


「……アレってマツナガが壊したお人形の残骸よねえ?」


「そうですよ。思ったよりたくさん湧いてきて大変でした」


「ふうん……。それじゃ私はちょっとこっちに用事があるから先に行っといて~♪」


 そう言い残し、問いかける間もなく小走りで土の山へと向かうマリステル。どこか上機嫌な背中を眺めつつ、俺たちは言われたとおり大木へと歩を進め――


 目的地だった大木の木陰の中に二人で入った。足を踏み入れた途端、心地よい風が頬を撫でていく。


 とても涼しいし、なんだか心まで落ち着く。ここにいるだけでさっきまでの疲労が消えていくようだよ。こういうのをパワースポットっていうのかな。


「なるほど……。この辺は魔素の流れがとても清らかですね。この大木と滝が影響し合ってるのでしょうか」


 伊勢崎さんが辺りを見渡し、感心したようにつぶやく。どうやらファンタジー的な観点から見てもとても良い場所らしい。


「やっぱりこういう場所だと薬草も育ちやすいの?」


「そうですね。ほら、旦那様見てください。この周辺に生えているものは、ほとんど名の知れた薬草に魔草、霊草ばかりですよ」


「へえ……」


 俺は足元に視線を下げ、丁寧に辺りを見渡してみる。


 この木陰の緑豊かな草むらの中には、たしかに色とりどりの草花が隠れるように咲き乱れており、そのどれもが真っ直ぐに茎を伸ばし瑞々しさにあふれている。伊勢崎さんの説明を聞いたからだろうか、どれもこれもレアな草にみえるよ。


「ふむ……。伊勢崎さん、この黒いのは……?」


 その中で異質な黒い実を付けた草があった。


 色むらの無い真っ黒な実からは、他と比べても特にタダモノではない気配を感じる。これはおそらく一粒で同じ量の黄金と交換するようなたぐいのものだと俺は直感した。


「それはドギュンザーです。ええと、その……どこにでも生えている雑草の実ですね……」


 目をそらし、言いにくそうに答える伊勢崎さん。ちょっと理解わかってる感を出したキメ顔で尋ねたことが恥ずかしい。なにが『ふむ……』だよ。


「そ、そうなんだ……。そ……それじゃあポーション作りにはどの薬草が必要になるのかな!?」


 俺は気まずい空気を流すため、本来の目的に話を戻すことにした。伊勢崎さんも同じ思いなのか、ポンと手を叩いて早口で答える。


「それはええと、アレです! あの辺に生えている白い花の付いた草……ヒールア草というのですが、あれを集めれば上質なポーションを作れると思いますよ!」


「なるほど、それじゃあさっそく始めることにするかな!」


「はい! お手伝いします!」


 俺たちはしゃがみ込むと、そそくさとヒールア草とやらを摘み始めた。ええと、こういうのは根っこまで採らないほうがいいんだよな――


 ◇◇◇


 ――そうしてしばらくの間、黙々と二人で薬草採りを続け、ほとんどのヒールア草を採り終えて【収納ストレージ】に入れたところで背後から声が聞こえた。


「あら~~~~。セルジ草にジョマラム草、こっちはコゴリタケでこれはボダンヤ苔かしらん? やっぱりいいモノがたんまりあるわねえ。性悪の魔物使いが守っていただけのことがあるわあ」


 振り返ると俺たちの背後にマリステルが立っている。どこからか取り出した大きな袋を持ち、その手は土で汚れていた。


「マリステルさん、その袋は……?」


「ああ、コレ? 後で研究しようと思って、あのゴーレムを構成していた土と魔符をたっぷりといただいてきたのよん。私はとても賢いけれど、それでも知識の研鑽も怠らないのよねえ」


「へえ、そうなんですか」


 リビングデッド作りとエロいことばかりしてそうなイメージがあるんだけど、意外と勉強家なんだな――と、そこでマリステルが眉をひそめる。


「む……またしてもマツナガが私に不当なイメージを結びつけた気がするのだけれどお?」


「い、いえ、そんなことは……」


「ふうん……まあいいわあ。ところであんたたちはお目当ての薬草は採り尽くしたんでしょう? 魔物も排除されたなら私はまたいつでもここにこれるし、もうこの辺でお開きにしない? 私、慣れない肉体労働ですっごい疲れたのよねえ」


「旦那様。あれだけあればひとまず十分です。帰っても問題ないかと思います」


「そっか。それじゃあこの辺で帰るとしようか。マリステルさん、今日はありがとうございます。ってまずは下山ですね。ここからなら要塞も見えますし、【浮遊レビテーション】で一気に降りちゃいますか。そこで解散ってことで」


「えっ、あんたたちウソでしょ、今日のうちに帰る気? もう夜になるわよお? 明日にしなさいよ、いくらあんたたちでも夜の馬車移動は危ないでしょう?」


 たしかにそろそろ日が落ちてきそうな時間帯。だけど俺たちには【次元転移テレポート】があるし――


 と、そこで伊勢崎さんが俺の袖をくいっと引いた。そしてマリステルから離れたところで耳打ちをする。


「おじさま、あの女に【次元転移テレポート】のことを知られるのはよくないですよ。【聖なる誓い】セイクリッド・エンゲージがあるのでヘタなことはできないでしょうけど、それでも面倒なことになるに決まってます」


「うん、まあたしかに……」


 今日だっていろいろと俺をアテにされたしな。知られないに越したことはないだろう。


「そうですね。今日はヒゲ隊長の基地に泊まらせてもらうことにします」


 ということにして、マリステルが離れてからこっそり【次元転移テレポート】で帰還しようと思ったのだが――


「え?」


 マリステルは一度キョトンとした顔をすると、


「ナニ水臭いこと言ってるのよう! 一度見学に来てって言っていたでしょお? 今夜は私のおうちに泊まっていきなさいよ! 遠慮はいらないわよう!」


 なんとも晴れ晴れしい笑顔で彼女は俺たちを魔要塞マリステルへと招待したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る