200 黒いゴーレム

「なんでこっちに来るのよおおおおおおおおおーー!!」


 顔をひきつらせながらマリステルが絶叫する。


 けれどもちろん魔物が抗議を受け入れることはなく、スカーレットバードはくちばしを突き出して身体をぎゅっと細く縮めると、まるで一本の槍のようになってマリステルに襲いかかった。だが――


「ワッ、ワワワワ【跳躍ワープ】ッ!」


 マリステルが叫んだ直後、彼女の姿がフッと消えた。


 獲物を見失ったスカーレットバードはマリステルの消えた虚空を貫いて地面スレスレを滑空すると、重力なんておかまいなしのL字を描く急上昇で再び空へと舞い上がる。


 そして少し離れた場所でマリステルが真っ青な顔で立ち尽くしていた。


「ふうふう……本当に死ぬかと思ったじゃない……。お人形ちゃんのいない私なんて、美しくて聡明で愛情深くて笑顔が素敵なだけの魔族なのにい……」


 謙遜しているのか自慢なのかわからない泣き言を漏らすマリステルだが、どうやらスカーレットバードはまだ諦めていないようだ。怪鳥はマリステルの姿を確認するや否や、再び一直線に急降下を始めた。


「くううううう~! 完全に目を付けられているじゃないのおっ! ……わかった、わかったわよう! アレを引き付けておけばいいのね!?」


「そうよ。旦那様のために頑張ってね」


「あーもうっ! イセザキ、後で覚えてなさいよおお!」


 にこりと微笑む伊勢崎さんを涙目でにらみつけると、マリステルは俺たちから離れるように駆け出した。今度はネックレスは作動していない。どうやら本当に囮になるつもりのようだ。


 そうして全速力で走るマリステルの背中にスカーレットバードが襲いかかるが、マリステルはタイミングよく【跳躍ワープ】を発動させてそれを回避。一人と一羽が俺たちから離れていった。


 なんともマリステルが不憫ふびんだけれど、【跳躍ワープ】があるなら大丈夫かな……? とにかくお陰で上と下から同時に攻められることはなくなった。


 ……うん、これならなんとかなるかもしれない。俺は気合を入れ直して前を見据える。


 未だボコボコと地面から生まれ続ける黒く細身のゴーレム。その第一陣がじりじりと俺たちの前に迫ろうとしていた。


 やはり俺のイメージ通りのゴーレムでないせいか、不気味さが拭いきれない。戦う前に情報を仕入れておきたいところだが――


「……伊勢崎さん。ゴーレムについて知ってることがあれば教えてくれないかな」


「はい。この世界のゴーレムは術者によって様々なカスタマイズができます。ですから、力、スピード、強度、知性など、どこを伸ばすかは術者次第になります。その上ここは魔素が多く含まれる土壌ですので、術者も潤沢じゅんたくな魔素を活用して、思いがけないギミックを仕込んでいるかもしれません。つまり――」


「つまり……?」


「どのようなゴーレムなのかは、戦ってみないとわかりません!」


「そ、そうなんだ」


「はい。でも心配いりませんよ? だって旦那様はおじさまですもの。ゴーレムのようなガラクタに負けるはずがありません」


「うっ、うん。そうだね。とにかく頑張るよ……」


「はい! 応援していますね!」


 言葉の意味はよくわからなかったが、無邪気に瞳を輝かせる伊勢崎さんにこれ以上なにも言えなかったよ。


 俺は伊勢崎さんが安全な場所まで離れたのを確認すると、黒いゴーレム軍団を見やる。


 結局なにもわからなかったが仕方ない。だが、わからないならわからないなりの戦い方がある。


 こういうときは――先手必勝だ。


「異空網」


 トレント戦では使えなかったが、ここは草原なので邪魔するものはなにもない。俺は異空網を展開すると、そのままゴーレム軍団に向けて押し付けた。だが――


「えっ、ウソだろ!?」


 ゴーレムたちの動きが速い。黒いゴーレムたちは細身を活かした軽快な動きで異空網から逃れるように左右に分かれて逃げていった。


 異空網の動きはそれほど速くはない。わかっていれば避けられるスピードだ。どうやらこの黒いゴーレムには、危険を察知する程度の知性とゴーレムらしからぬ速さが備わっているらしい。


 ただし全員というわけには行かない。中央にいた三体が逃げ遅れて異空網に引っかかっている。俺はそのまま異空網をくるんと巻き寿司のように巻いてギュッと締め潰す。


 ベキベキと原材料が土とは思えない音を響かせながらゴーレム三体はスクラップになり、砕けると普通の土へと還っていく。


 しかし左右に別れたゴーレムたちが、ついに俺の前にやってきた。


「【加速ヘイスト】!」


 俺は【加速ヘイスト】を唱えると、先頭のゴーレムの土手っ腹に手を当てて【排出イジェクト】を放った。


 ――バギンッ!


 やはり土っぽくない、どこか金属のような音を響かせてゴーレムの土手っ腹に穴が空いた。そのまま止まることなく次の一体、さらにその後ろ――


 と、テンポよくゴーレムを迎撃していく。


 なんだかビビっていたのが馬鹿らしく思えるほどの順調っぷりである。


 でも、順調にいってるときほど油断は禁物なんだよね。調子に乗って俺が怪我するだけならいいけれど、伊勢崎さんに何かあったら後悔してもしきれない。


 俺がさらに神経を集中させたその時だった。


 目の前のゴーレムがおもむろに自らの手首を掴むと、掴まれたほうの手のひらを俺の方へと向けた。なにかくる――


 バンッッ!


 突然ゴーレムの手首が弾け飛び、その大量の破片が俺に向かって襲いかかってきた。


 一度だけ使える散弾銃のようなものなのだろうか。飛散した破片の速度は早く、範囲も広い。目の前での攻撃だったので【加速ヘイスト】状態化であっても避けられそうになさそうだ。


 食らえば蜂の巣になること間違いなしの凶弾が俺の全身に降り注ぐ――


 ――ことはなく。


 ゴーレムの一挙手一投足に警戒を怠らなかったことが功を奏した。


「【跳躍ワープ】!」


 避けきれないなら逃げればいいのだ。マリステルだってそうする。俺もそうする。


 俺はすぐさま効果範囲外、というか俺に手を向けていたゴーレムの真後ろに【跳躍ワープ】し、その背中に思いっきり【排出イジェクト】を食らわしてやった。


 金属音を響かせてゴーレムが地面をゴロゴロと転がり、そして土へと還る。


 そうしてなんとか難を逃れた俺だが、ゴーレムは続々と俺の周りに集まってきている。どうやら土から生まれるのは打ち止めになったみたいだけれど、それでもさっきのを見てしまうと接近戦はやっぱり怖い。


「旦那様~! 頑張って~!」


 一旦距離を取ろうかと思ったところで、【加速ヘイスト】状況下のスローな世界に伊勢崎さんの応援が聞こえてきた。


 そういえば……伊勢崎さんはゴーレムをガラクタと言っていたけれど、ゴーレムは造られたモノだから無生物なのだろうか。それとも生きているのだろうか?


 もし無生物であるとすれば――


 いや、考えるよりもまずはものは試しだ。


 俺はわらわらと迫りくるゴーレムに向かって、を唱えた。


――後書き――


なんと今話でついに『伊勢崎さん』が200話に到達しました! ここまで続けられたのもひとえに読者の皆様のお陰です。


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