197 木の魔物トレント2
「――【
ドッゴォォォォォォォォォォォンッ!!
トレントの上半身が吹き飛び、切り株のような下半身が地面をゴロゴロと転がっていく。
今のが最後の一体だ。転がる切り株を眺めながら俺はその場にへたり込んだ。
「はあ~~~~。し、しんどかった…………」
まだまだ魔力には余裕があるし、攻撃を食らうこともなかったけれど、その代わりに神経をすごくすり減らした。
例えるなら、弾幕系のシューティングゲームをなんとかノーミスでやり遂げた後のような気分だよ……。
俺が腰を下ろしていると、笑顔の伊勢崎さんが駆け寄ってきた。
「お疲れさまです、旦那様!!」
「あはは……本当に疲れたよ。それに伊勢崎さんの声がなければどうなっていたことやら」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです。あの……すごく素敵でした」
ポッと頬を赤らめる伊勢崎さん。大変だったのは間違いないけれど達成感だってもちろんある。伊勢崎さんにいいところを見せられたのならよかったと思うよ。
そうして伊勢崎さんと軽く会話を交わしていると、マリステルが木から飛び降りてこちらに歩いてきた――のだが、その顔はなぜかぎこちない。
「……ねえ、マツナガ。あ、あんたトレントを吹き飛ばすのに使ってた【
「えっ? ああ、そうですね。急に来たのでつい……。あの時はすみませんでした」
そういえばちゃんと謝ってなかったかも。さすがにアレは過剰防衛だっただろうし、一応謝るべきだったなと、俺は今更ながらぺこりと頭を下げたのだが――
「いやっ、いいのよ!? むしろあの程度でよかったというか……。わ、私のお腹、あるわよねえ? あ、あぁ……生きててよかったわぁ……」
自分の腹をぺたぺたと触り、その場に座り込んで放心するマリステル。
たしかにトレントに風穴を開ける威力のものを当てられていたと思うと、腰が抜けても仕方ない気もする。そして伊勢崎さんはそんなマリステルを見て得意げにムンッと胸を張った。
「フフフン、旦那様の素晴らしさを思い知ったかしら? それなら座ってないで、旦那様の役に立ってもらうわよ」
「……んぇ? 役に立つって、私に何をさせる気なのよう?」
腰が抜けたマリステルがぼんやりしながら答える。
「今から周辺の薬草を採ってくるから、あなたも手伝いなさい。旦那様はそのままお休みになっていてくださいね」
そう言って歩き始めた伊勢崎さんだが、すぐにマリステルが引き止めた。
「ちょいと待ちなさいな。この辺りに薬草は生えてないと思うわよん。もっと奥の方まで行かないと」
伊勢崎さんはぴたりと足を止めて振り返る。
「えっ、そうなの?」
「そうよう。トレントって肉も食べるけど、薬草が大好物なのよねえ。つまり、あいつらがここにワンサカいたってことは、ここにはめぼしい薬草は残ってないってコトよん。こんなことも知らないなんて、力があってもやっぱり人族って無知なのねえ、クスクス」
知識マウントができて嬉しいらしく、楽しげに笑うマリステル。
「ぐぬぬ……。そ、それならどこに行けば薬草があるの? 早く教えなさい」
「まあまあ焦らない。無知なイセザキに教えてあげるけどお、トレントの死骸って細かく刻んで土に混ぜれば肥料になるらしくて、高く売れるみたいよう。だからこのまま捨て置かずに拾っていったほうがいいわよん。まあこの程度、私の中では常識なんだけどねえ」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……」
悔しそうに歯ぎしりをする伊勢崎さんだが、たしかにトレントが高値で売れるというのは有益な情報である。
「まあまあ二人とも落ち着いて。それじゃあ休憩がてら、のんびりとトレントを拾っていこうか」
「そっ、そうですね! それでは大きいのは【
気を取り直した伊勢崎さんは、たったかと走りだすと離れたところまで飛んでいったトレントの小枝をせっせと拾い始めた。俺は座り込んだままのマリステルに話しかける。
「……マリステルさん。妻をからかうのはほどほどにしてくださいね?」
「あらん? からかうのを止めろ――とは言わないのねえ?」
薄く笑みを浮かべるマリステル。けれどそこまで言う気になれないんだよね。
歳の割に大人びた良い子である伊勢崎さんがこうまで感情をぶつけるのはマリステルくらいだし、俺にはそれが悪いことのようには思えない。なにより、いつもと違う伊勢崎さんが見せる表情や言動はそれはそれでとても微笑ましいのだ。
「……ふうん、まあいいわ。それにしてもあんたたちって夫婦というより――」
そう言ってじいっと俺を見つめるマリステルだが、やがてひょいと肩をすくめた。
「……これ以上
「うっ、うるさいわねっ! いま拾おうとしていたところだから!」
マリステルは立ち上がると、伊勢崎さんの元へと歩いていった。『無謀な賢者~』は好奇心は猫を殺すみたいな言葉だろうか。
まあなんにせよ、深入りしないというのなら俺もこれ以上は考えまい。
今はトレントを集めることにしよう。俺は足元に転がっていたトレントの下半身を【
◇◇◇
トレントの残骸をあらかた回収し、俺たちは森をさらに奥へと進んだ。
ちなみにトレント素材を売るといくらくらいになるのかマリステルに尋ねてみたのだが、『高価だって聞いたことがあるだけよう。私が人族の買い取り値段まで知るわけないでしょう?』とのことだ。
すぐさま伊勢崎さんから『あら、偉そうに言ったわりに大して知らないのね』と
そんな二人の様子を眺めながらさらに森の中を進むと、目の前に小川が見えてきた。俺たちはそのまま川沿いに
そうして体力もなく運動オンチな伊勢崎さんが汗だくになってきた頃、川の上流を眺めながらマリステルが訳知り顔でつぶやいた。
「……ふうん、なるほど。ここって……こういう風に繋がっていたのねえ」
「もしかして、以前この辺りに来たことあったんですか?」
「十年……? もっと前だったかしらあ? 新鮮なお人形ちゃんを拾いにドンパチの真っ最中だった魔石鉱山に来たことがあってえ。高台から様子を眺めようと山を登ったのよねえ。……ああ、そういえば――」
「どうかしたんですか?」
「んー、やっぱり後で言うわあ。とにかくもうすぐ薬草がたんまり生えた場所に着くはずよん」
「……だそうだよ。伊勢崎さん、もうすぐだから頑張って」
「こひゅー……こひゅー……ぜーはーぜーはー……」
そうして汗だくの伊勢崎さんを応援しつつ、山を登ることしばらく。
急に森が開けて頭上に光が差し込んできたと思うと、広々とした平原が目の前に広がった。
その平原の先には壮大な滝が流れ落ちており、目をこらすと滝壺の周辺を苔むした岩や緑豊かな草木が取り囲み、自然の美しさを一層引き立てていた。
「うわあ……これはいい眺めだなあ」
「ゼーゼー、ハアハア……そ、そうですね、旦那様。ここまで来た甲斐があったというもゴホッゴホゴホッ……!」
「い、伊勢崎さん、もう少し休んでいようか!?」
汗だくのまま咳き込む伊勢崎さん。その姿を前にして、またマリステルがからかうのだろうなと思ったのだが、当のマリステルは辺りをきょろきょろと伺い、話に乗っかってこない。
マリステルが平原を見据えたまま口を開いた。
「ここには
「寝床……? この辺りになにか魔物でも
またバトルがあるのか……とため息をつきそうになりつつ、俺が尋ねる。
「ええ、アースドラゴンが棲んでるのよん。アースドラゴンの中でもすっごい巨体でえ、さすがのあんたの攻撃だって通じるかどうかわからないわあ。だから見つかったらさっさと【
「アースドラゴン……ですか」
他のドラゴンは見たことないというのに、アースドラゴンにだけ縁があるなあと思っていると、さらにマリステルが続ける。
「そうよう。どっかの魔物使いが主従契約の印を書き込んでたんだけど、『主』がアースドラゴンで『従』が魔物使いっていうバカな契約でようやくって感じだったわねえ。今いないようなら召喚中かしらん」
その言葉に俺と伊勢崎さんは顔を見合わせたのだった。
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