196 木の魔物トレント
森の木々に紛れながらこちらに近づいてくる木の魔物トレント。その数はおよそ五~六体だろうか。
身構えながら観察してみると、ウネウネとうごめく枝葉や根の他にも動いている箇所があることに気づいた。
ぽっかりと空いた大きなウロだ。それがまるで口のようにパクパクと動いている。正直すごく気持ち悪い。
だが幸いなことに、移動速度は人の歩く速度と変わらないように見える。これなら異空網を押し付けてやれば、簡単に動きを止めて締め上げられことができるだろう。
俺はさっそく異空網でトレント全体を囲い込めるように、サッカーのゴールネット型の横長に展開し、そのまま前へと押し出すことにした。
「異空網!」
ミシッ……ミシッ……バキッ! バキバギバキッ ボギンッ!
俺の前に出現した異空網が目の前の木々をへし折り、根っこをひっくり返しと重機さながらの力強い動きでトレントに向かって前進していく。
その様子を見て俺は――
「あっ、これダメだ」
と、異空網を消した。
すると頭上からマリステルの不満げな声が降ってきた。
「なんで消すのようマツナガ! 今のよくわからない黒い網でトレントを締め上げてやればいいじゃない! 私のお人形ちゃんもそうやって壊したんでしょう!? グチャーーって! 本当に酷いわよう!」
「あ、いや、たしかにそうするつもりだったんですけど……。むやみに他の木を巻き込むと土砂崩れが起きそうで……」
樹木はその根っこが地中で網のように絡み合うことで地盤を強固にし、土砂崩れを防ぐ役割を果たしているのだそうだ。樹木の乱伐によってその力が弱まり、土砂崩れが起きた――なんてニュースも見かけたことがある。
別に『自然を大切にしよう!』なんてお題目を掲げるつもりはない。けれどこの森を含む山中に魔石鉱山があることが問題だ。
仮に土砂崩れが起きれば人員にも施設にも多大な被害がでるかもしれない。そうなれば俺が罪に問われることはなくとも、罪悪感を覚えることは必然だろう。俺って小心者だし。
そのためにも、むやみに木々をへし折ったり抜いたりするのは控えようと思ったんだよね。
「はあ!? 土砂崩れってどういうこと? 意味わかんないわよう!? わからないのは気持ち悪いわ、今すぐ理由を教えなさいっ!」
「いやまあ、それは後で……」
座っている木の枝でマリステルがバタバタと脚を振り回しながら叫び、彼女の両脚の間からはチラチラと小さな布切れが見える。
ついつい目が向いてしまうので脚を動かすのを止めてほしいんだけど……ふむ、赤色か。イメージ通りといえばイメージ通りだ。瞳の色に合わせているのだろうか――
「……旦那様? 気を取られている暇はないですよ。トレントが迫ってきています」
どこか底冷えするような低い声で、伊勢崎さんが
「そっ、そうだったっ!」
気を抜いている場合じゃない。
俺は慌てて向き直り、トレントを見据えるのだけれど――背後から謎の圧力を感じて背中に冷たい汗がドバドバと流れた。なんだか怖くて後ろを向けない。
――と、とにかくだ。トレントには別の攻撃をするしかない。
俺の攻撃手段といえば、他にも【
しかしこれだけ木が密集している場所だと、上空から物を落としたところで効果は半減だろう。
逆に【
「――【
接近戦で倒すしかないということだ。
覚悟を決めて【
そうして相対した一体のトレント。
近くで見てもやはり木にしか見えない。見えないのにぐにゃぐにゃと動くのだから本当に気持ちが悪い。
「ギュイッ!」
見た目に思わず足を止めた瞬間、トレントは奇声を発すると自らの手である長い枝をムチのようにしならせて、そのまま振り下ろしてきた。
――速い! チンピラのパンチとはさすがにケタが違う。【
特に鍛えているわけでも装備を整えてるわけでもない、時空魔法のおかげで速く動けるだけの普段着アラサー無職がこの木のムチを食らえばタダでは済まないだろう。
その振り下ろされたムチを、俺は体を
そうしてトレントの懐に入り込むと、その本体、幹となる部分にパンッと手を当てて――
「【
すべてを拒絶する時空魔法、【
ドッゴオオオオオオオオオオオン!!
その瞬間、爆発音が鳴り響き、俺が触れた箇所は粉微塵となり、トレントは吹き飛びながら真っ二つになった。ちなみに今回は【
「ギギッ!」
まずは一体倒した――と気を抜くヒマもなく、他のトレントがわらわらと近づいてきた。今度は二体が相手だ。
二体は同時に枝のムチを俺に向かって振り下ろす。それをかいくぐった俺は再びトレントに向けて【
「旦那様!」
背後から伊勢崎さんの叫ぶ声が聞こえ、俺は反射的に後ろを向く。するとそこには横薙ぎに振るわれた枝のムチがあった。
そうか、トレントの枝はそのすべてが腕のようなものだ。トレントが別の枝葉を俺の死角に向けて放っていたのか。
俺はすばやく後ろに跳んで距離を取る。直後に腹部に軽い衝撃。
見ると俺の上着がまるで鋭利な刃物で切られたかのようにスパッと裂けていた。
思わず腹部に手を当てる――身体は無事のようだ。もし当たっていたら……と思うとゾッとする。
やっぱりいくら遅く見えるからといっても、魔物のトリッキーな動きにただの素人のおっさんが対処するのは大変すぎる。
「ありがとう伊勢崎さん、助かったよ」
俺の言葉に伊勢崎さんが笑顔を見せる。正直、伊勢崎さんの前じゃなければ、【
俺はいつの間にやら額に流れていた冷や汗を拭うと、再びトレントに向かっていった。
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