195 二度目の魔石鉱山

 ぬいぐるみとクッションの回収を諦めて、先へと進んだ俺たちは魔石鉱山の裾野すそのに到着した。


 この辺りは鉱山あり要塞ありの重要拠点だけあって周辺には物々しい防柵が張り巡らされており、門番らしき兵士も立っている。彼は近づく俺たちを見据ながら大声を上げた。


「止まれい! これより先は関係者以外の立ち入りを一切禁じている! 兵にも作業員にも見えぬが、貴様らは何者――えっ? あっ、い、いえ、ぁ、ぁぁ、貴方がたは……」


 威圧的に怒鳴っていた門番だったが、どんどん語尾が小さくなり顔もどんどん青ざめていく。その視線の先は俺の隣、マリステルだ。


 見ると、ずっとぬいぐるみに顔をうずめていたマリステルが、ひょっこり顔を出している。


「なによう、私は関係者でしょ? 私のお家の周辺なんだし。それにこの二人も関係者なのよん。だから入っていいわよねえ?」


「マッ、マッ、マ、ママママママリステル殿!! 今日は外に出られていたのですね! ということは、こちらはマリステル殿のお連れの方なのでしょうか!?」


「そうよう。あんた、そのくらいはわかってくれる?」


「はっ、はい! わかります、わかりますとも! そういうことでしたら、もちろんお通りくださって結構です! ささっ、どうぞどうぞ! どうぞーーーーーーーーー!!」


 通路の脇に避け、ビシッと頭を下げる門番。しかしそもそも俺にはヒゲ隊長から渡された許可証がある。せっかく作ってもらったものを使わないのは申し訳ない。


「いや待ってください。許可証をもらってますので、いちおう目を通してもらえますか?」


「いっ、いえいえ! マリステル殿のお知り合いということでしたら大丈夫! 本当に大丈夫ですから! ですから早く! 一刻も早く私の前から消えてください! お、お願いします、お願いいたしますううううううううう!!」


 泣き顔でそう叫んだかと思うと、その場で土下座してぶるぶると震え始める門番。えぇ……なんだこれ。俺たちは顔を見合わせた。


「あの、マリステルさん……。この人に一体なにをしたんですか?」


「んー? コイツはねえ、私をいやらしい目で見る……くらいなら別にかまわないんだけどお。ヤらないって何度も言ってるのにしつこく付きまとってくるもんだから、いい加減うっとうしくなっちゃってえ。それで私の代わりにお人形ちゃんで、たーーっぷり遊んであげただけよう?」


「へ、へえ。そうなんですか……」


 彼の怖がり方からして、相当恐ろしい目にあったのだろう。どんな遊びをしたかまでは聞くまい。


 それはともかく、マリステルってたしかディグラム兵をリビングデッド化するときにはずいぶんとお楽しみだったと記憶している。


 俺はてっきりマリステルは誰彼かまわずウェルカムだと思っていたんだけど――


「なによう、マツナガその顔。もしかしてあんた、私が誰彼構わずヤッちゃうような尻軽だと思ってたのかしらん? それはちょっと心外なんだけどお」


 考えが顔に出ていたらしい。ムッと唇を尖らせたマリステルだが、すぐに淫靡な表情を作り、俺にしなだれかかってきた。


「私だってねえ、と決めたオトコがいたら、みさおを立てるくらいはするんだからね? だからもう……ずいぶんとご無沙汰なの。今もあんたが欲しくて欲しくてたまんないんだから……♡」


「うわ、ちょっ――」


「はっ、なっ、れっ、なっ、さいっ!!」


 俺が押し返すよりも早く、伊勢崎さんが間に入り、マリステルを押しのけた。


「なによイセザキ。いいオトコを独り占めする女は嫌われるわよう? オトコだってひとりの女じゃ満足なんてできないんだから」


「そんなことないわよ! 旦那様は私で満足してくださってるから! ええと……そう! 旦那様ってば、それはもう毎晩すごいんだからね!」


 伊勢崎さんがとんでもないことを言い出した。そしてマリステルは好奇心に瞳を輝かせる。


「ふうん、そんなにすごいの? 私、こんなにそっけないマツナガがどんなになるのかすごく興味があるわあ。ちょっと教えなさいよう」


「えっ!? そ、そうね……それじゃあひとつ教えてあげるわ! ――とある日のこと。その日のおじ……旦那様は普段よりも遅いご帰宅だったわ。きっと商談が長引いてお疲れになったのでしょう。ソファーに腰をお下ろしになって、ぐったりとしていらしたの。私はいたわって差し上げようと、旦那様の好きな甘い紅茶を淹れるためキッチンでお湯を沸かし始めたのだけれど……。そうしたらいつの間にか後ろにいた旦那様が背中からぎゅうっと私を強く抱きしめたの。私は旦那様の腕に手を添えながら『旦那様、どうかなさいましたか?』と尋ねたわ。すると旦那様は私をさらに強く、強く抱きしめて『今はお茶よりも君が欲しい』と首筋に顔を寄せると激しく――」


「うわあああああああああああああああストップストップ!!」


「旦那様! ここからがいいところなのに!!」


「そうよう! なんで止めるのよう!!」


 マリステルはともかく、どうして伊勢崎さんがノリノリなんだ。


 夫婦生活もついてツッコまれないように、普段からこの手の話の練習でもしていたのだろうか。


「あのね、伊勢崎さん。そういうプライベートは聞かれても答えなくていいんだからね?」


「す、すみません。つい……」

「ちぇー、つまんなーーい」


 頬をポッと赤く染めながら謝る伊勢崎さんと、つまらなさそうに地面をゲシゲシと蹴っているマリステル。


 そして未だに震えながら地面にうずくまっている門番を目にした俺は、二人を促してそそくさとこの場を離れることにしたのだった。


◇◇◇


 鉱山再開に向けてインフラ整備に大忙しで動き回っている作業員たちを横目に進み、俺たちは人気ひとけのない切り立った崖下で足を止めた。ちなみにぬいぐるみとクッションはさすがに回収させてくれたよ。


「よし、とりあえずこの辺から上に昇っていくことにしますか。ちょっと肩に触れますよ――【浮遊レビテーション】」


 俺は伊勢崎さんとマリステルの肩に触れ、【浮遊レビテーション】を唱える。


 すぐさま三人の体がふわりと宙に浮かぶ。俺は茶色い岩肌に沿いながら、さらに上を目指して上昇を開始する。するとマリステルがわちゃわちゃと騒ぎ出した。


「うわ、ちょっ、あんたこんな魔法も使えるワケ!? しかも三人同時に!? ちょっと怖いんだけど!」


「手が肩から離れたら落ちますよ、あんまり暴れないでください。……それと、別に一人でも何人でも同じじゃないですか。なんでそんなことを気にするんです?」


「は……はあ!? 一人と三人で同じように魔法が使えるわけないでしょう? どれだけ繊細な魔力操作が必要だと思ってるのよう! イセザキの光魔法には腰を抜かしたけれど、やっぱりあんたもおかしくない?」


「ふふん、旦那様はすごいんです!」


「なんであんたが威張ってるのよ」


 呆れた目を向けるマリステルだが、伊勢崎さんがどこ吹く風で胸を張っている。


 そうして上へ上へと昇っていき、徐々に茶色だった岩肌から草に覆われた地表が見え始め――中腹辺りまで昇っていくと、辺りはすっかり草木が生い茂る森へと変化していた。


 ひとまずそこで地表に降りてみる。


 ここから眼下を見下ろせば、あれほど巨大に感じた要塞すらもちっぽけに見えた。どうやらかなり高いところまで上がってきたようだ。


 するとさっそく辺りを見回しながらマリステルが鼻を鳴らす。


「くんくん、くん……。ふうん、やっぱり魔素の濃い匂いがするわねえ。ここなら質のいい薬草が取り放題よん。でも――」


「でも……なんですか?」


「こういう場所には強い魔物も付き物ってこと。ほら、さっそくやってきたわよ?」


 そう言ってマリステルが森の奥を見据えた。俺も同じように森を見てみたのだが、そこにはただ草や木が生えているだけで――え??


「あの辺に生えている木、なんだか動いてません? 群れをなしながら、どんどんとこっちに近づいているように見えるんですけど……」


「そりゃあ動くし近づくわよう。アレはトレント、木の魔物よん」


「えっ……トレント!?」


 トレントといえばゲームで見たことくらいしかないけれど、木の形をして根っこで歩く魔物だったか。


「ほら、マツナガにイセザキ。さっさと倒しちゃってよねえ」


 言うだけ言って、マリステルは【跳躍ワープ】で頭上の木の枝に飛び移った。


「ちょっとマリステルさん! 手伝ってくれないんですか!?」


「そんなこと言われたってえ。私はお人形ちゃん連れてないし、何もできないわよん?」


「ええ……。伊勢崎さん、どうしよう?」


「もちろんやるしかありません。心配ありません、旦那様なら大丈夫ですっ!」


 ぐっと両手を握り込み、まっすぐ俺を見つめる伊勢崎さん。


「そ、そっか……」


 いつものことながら伊勢崎さんにこうまで信頼されると、俺としても情けないところは見せられないのだ。


「わかった。それじゃあ危ないからちょっと離れてて」


「はいっ、旦那様!」


 俺は伊勢崎さんを下がらせると、ゆっくりと近づきつつあるトレントの群れに向かって右腕を伸ばした。


――後書き――


『ご近所JK伊勢崎さんは異世界帰りの大聖女』2巻が今年の8月17日に発売されます! ただいま出版に向けて書籍化作業もラストスパートです!


今回もえいひ先生の素敵イラストはもちろん、僕の方でも追加エピソードをがんばりました。WEB版を読んだ方でも楽しめる内容ですので、ぜひともご購入よろしくお願いいたします!


https://kakuyomu.jp/users/fukami040/news/16818093080863816799


↑↑↑は書籍2巻の近況ノートです。こちらからAmazonのリンクに飛べますので、ご予約していただけるとすっごく嬉しいです。よろしくお願いします\(^o^)/

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