194 仕事の報酬

 補給物資を倉庫に押し込み、今度こそ俺と伊勢崎さん、マリステルは基地を後にした。


 マリステルが教えてくれたのだが、いわゆる魔石鉱山と呼ばれている山々をさらに上へと登っていくと、そこには手つかずの森が広がっているのだそうだ。そこならきっと薬草採集には最適だろうということで、俺たちは山の中腹辺りを目指すことにした。


 そうしてしばらく魔石鉱山に向かって歩いていると、山の地形と人工の砦を巧みに組み合わせた建造物が視界に飛び込んできた。


 俺が設営に協力した――今は『魔要塞マリステル』と呼ばれている砦である。


「ほら見て見て、私のお家が見えてきたわよ。マツナガたちが帰った後も、カリウスの兵士ちゃんたちがせっせと補強と増築をしてくれてね、すごく立派になったのよう!」


 嬉しそうに自宅の自慢をするマリステル。厳密にはマリステルの家ではないと思うけど、気分良く働いているなら無粋なツッコミはすまい。


 それはともかく、たしかに俺が突貫で作ったときよりもやぐらの数が増え石壁も高くなり、砦よりも要塞と言ったほうがしっくりくる外観に様変わりしていた。


「そういえばディグラムが攻めてきた時は、リビングデッドが大活躍したそうですね」


「そうよう! まあディグラムの兵士ちゃんも最初は頑張ってたんだけどー、った兵士ちゃんをすぐにお人形ちゃんに変えながら交戦していたら、いつの間にか撤退していたのよねえ。もっと粘ってもらって、お人形ちゃんの数を増やしたかったのに残念だわん」


 なんてことないように語るマリステルだが、倒れた仲間がリビングデッドとして襲いかかってくるだなんて悪夢でしかないだろう。少しだけディグラム兵に同情する。


 するとそこでマリステルが思い出したようにポンと手を叩いた。


「――あっ、そういえばマツナガ! コレって私が仕事をしたってことになるわよね? あんた私が仕事をしたら報酬をくれるって言っていたけど、ちゃんと持ってきているのかしらんっ!?」


「ええ、持ってきていますよ。人形が欲しいって言ってましたよね?」


 もちろん抜かりはない。すでに先日、伊勢崎さんや相原と一緒に行ったショッピングモールで購入済みである。


「そうそう、お人形ちゃんよう! だったら見せて見せて見せて今すぐ見せなさい! もうガマンできないんだからっ!」


 体を寄せてぐいぐいと俺に迫るマリステル。大胆に胸元の空いたドレスが目のやり場に困るので、あんまり近づかないでほしい。


 しかしそうして目を逸らした先にいた、冷ややかな顔の伊勢崎さんが口を開いた。


「……マリステル、これから薬草を採りに行くんでしょう? そういうのは後にしておきなさい。あと旦那様から離れて」


「ええー!? イヤよイヤよ! 今すぐ見たーい! 見たい見たい見たいのよう!」


 手足をばたばたさせて駄々をこね始めるマリステル。いい歳した大人が駄々をこねるのは思った以上にウザい。これはもうさっさと見せたほうがよさそうだ。


「わ、わかりました。わかりましたから、ちょっと離れて……」


「うん、離れるわんっ!」


 パッと俺から距離を取るマリステル。俺はひと息つくと、【収納ストレージ】からマリステルのために買った人形を取り出した。


 ちなみにどのような人形を買うかはずいぶんと迷ったのだが、異世界に住む妙齢の女性に仕事の報酬として与える人形――なんていう特殊な条件の答えなんてあるはずもなく。


 結局、伊勢崎さんがコリンにプレゼントした『ちっかわ』巨大ぬいぐるみシリーズの別のキャラクターを購入した。


「これが私の新しいお人形ちゃん……。いい、いいわあ、すごくかわいいぃ……。それに触るとふわふわ柔らかくて気持ちいいし、なんだか温かくていい匂いもするわあ……。私の作るお人形ちゃんって触るとぶよぶよするしひんやり冷たいし、それにすっごく臭いんだけど、こっちは全然違うわねえ……」


 さすがにリビングデッドと比べてもらっても困る。


 それはともかくマリステルはぬいぐるみを見つめながら、うっとりと顔を蕩けさせている。どうやらかなり気に入ってくれたようだ。


 そしてそれをどこかつまらなさそうに眺める伊勢崎さんだが――


「それと……はい、伊勢崎さんにもプレゼント。いつも俺を助けてくれてありがとう」


 伊勢崎さんはきょとんとした顔を見せた後、頬を紅潮させながら驚きの表情を浮かべた。


「えっ、私にも……ですか!?」


 俺はこくりと頷いてみせる。


 さすがに報酬とはいえ、マリステルだけプレゼントをあげるというのも悪いと思い、伊勢崎さんが離れた隙を見てもうひとつグッズを購入していたのだ。


 こちらは『ちっかわ』のクッションである。伊勢崎さんのエプロンがこのキャラクターだったし、彼女もこのグッズは好みのはずだ。


 伊勢崎さんは俺からクッションを受け取ると、それに顔を埋めながら声を漏らす。


「ありがとうございます、旦那様。……私、大事にします」


「うん、そうしてくれると嬉しいよ。……で、とりあえず移動の邪魔になるし、今は【収納ストレージ】に片付けておこうか。ほら、伊勢崎さんマリステルさん一旦返してくれる?」


 そう言って、俺はぬいぐるみとクッションを抱きしめている二人に手を差し出した。


 だが二人はササッと後ずさると、珍しく息が合った様子で、


「「もう少しだけこのままで!」」


「「……マネしないで(よう)!」」


 と声を揃えたのだった。

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