192 荒野のビフォーアフター
俺と伊勢崎さんが【
「むう……。レヴィったらおじさまを利用するだなんて……。今度叱ってやらないと」
レヴィーリア様に運び屋をお願いされてからというもの、少々不機嫌な伊勢崎さんがつぶやく。けれどあれくらいなら俺の許容範囲だ。
「まあまあ、レヴィーリア様を許してあげてよ。いろいろと融通を利かせてもらっているわけだし、むしろ少し仕事を任されたほうが俺も後ろめたい気分にならないからさ」
「おじさまがそうおっしゃるのなら……」
ひとまず納得してくれたらしく、伊勢崎さんは眉尻を下げながら息を吐く。レヴィーリア様が叱られることにならなくてなによりだよ。
そんな会話を交わしつつ、俺たちは岩陰から何食わぬ顔で基地の方へと歩いていった。
歩きながら辺りを見渡す。砦の設営から異世界時間で一ヶ月以上は経過しただろうか。以前は基地の他にはどこまでも荒野が広がっていただけなのだが、基地周辺は様変わりしていた。
早くも建築中の建物がそこら中に散見しており、その周りにも資材が運ばれ人が行き交い活気にあふれている。まさしく町作りの真っ最中といった光景だ。
ここに来るまでに散々聞かされていたことだが、魔石鉱山が再開発されることとなり、この場に商機を見出した人がどんどん集まっているのだろう。もちろんレヴィーリア様からの手引きがあるのだろうけど。
それら建築途中の建物に混ざるように開拓者目当ての食べ物の屋台もあちらこちらに出店されているのだが、その中の一つから出てきた若者カップルが俺たちに声をかけてきた。
「うおっ、マツナガさんと奥さんじゃねえか!」
「こ、こんにちは……」
見るとそれは俺のよく知った顔。ギータとシリルだった。
二人はここで守備兵の仕事に就くのだと言っていたが、カリウス領の紋章の入った腕章をつけているくらいで、見た目は冒険者の頃とあまり変わらない。食事をしていたということは今は休憩中なのだろう。
「やあ、久しぶり。守備兵頑張ってるみたいだね。ディグラム軍が攻めてきたと聞いたけど、大丈夫だった?」
俺の問いかけにギータは居心地が悪そうにボリボリと頭をかく。
「あーアレかあ……。ディグラムが大軍を率いて攻めてきたって連絡がきたときにはさすがに肝も冷えたんだけどよ。なんか大量発生していたリビングデッドに大半がやられたらしくて、俺らのところにはほとんどこなかったんだよなー。なんか肩透かしだったよ。さすがに少しくらいは暴れたかったぜ」
リビングデッドを操る者がいることは上層部しか知らない。なのでギータからすればディグラム側の不運な事故となっているのだろう。それを聞いたシリルがむっと唇を尖らせる。
「もう、ギータったら。戦いがなかったのなら、それが一番いいんだからね?」
「つってもディグラムを追っ払ったからって、こんなに人が増えてさ。集まってくる連中のほうが喧嘩やらなにやらと騒動を起こすんだからやってらんねえよ、まったく」
行き交う人々を見渡しながらため息をつくギータ。守備兵と言っても砦を守ればいいだけではなく、衛兵のような仕事もしているのだろう。
「まあ俺らはそんなところさ。それでマツナガさんたちはここに何をやりに――あっ、もしかしてここで店でも開くのか? だったらフライドポテトとか食えるのかな!?」
屋台で食べてきたばかりだというのに、今にもよだれを垂らしそうな物欲しげな顔でギータが尋ねる。
「いや、今回は商売じゃなくて、レヴィーリア様のお使いでヒゲ隊長に用事があってね」
まずはヒゲ隊長に補給物資を届け、そのついでに鉱山付近への立ち入り許可をもらう予定なのだ。
「ヒゲ隊長? 誰だそれ」
首を傾げるギータ。すかさず伊勢崎さんが助け舟を出す。
「旦那様、たしかヒグナーという名前でしたよ」
「そうだった。ヒグナー隊長だ」
「なんだ、ヒグナー隊長か。できれば案内してやりたいけど、そろそろ見回りの時間でさ」
「行ったことがあるから大丈夫。それじゃあ二人ともお仕事頑張ってね」
「ああ! マツナガさんも奥さんもまたな~!」
大きく手を振るギータとぺこりと頭を下げるシリル。二人と別れ、俺たちは前線基地へと向かった。
◇◇◇
前線基地の入口。警備をしていた兵士にレヴィーリア様からの手紙を手渡す。
それからしばらくして大急ぎで戻ってきた兵士に連れられて、俺と伊勢崎さんは以前も訪れた建物へと入った。
「ヒグナー隊長! マツナガ様とイセザキ様をお連れいたしました!」
「うっ、うむ。お二人をお通ししろ」
室内からの声に兵士が扉を開け、俺たちが中へと入る。
中にいたのはヒゲ面の偉い人。ヒグナーことヒゲ隊長だ。
ヒゲ隊長は席を立つなり、俺と握手をしながらにこやかな笑みを浮かべる。最初に会ったときとは全然態度が違って少し気持ち悪いくらいだよ。
「お待ちしておりました! なにやらグランダから物資を運んでいただけたとか……!」
「はい。それで倉庫に案内していただきたいのですが……」
「わかりました。それでは私が案内いたします。ささ、こちらに――」
と、扉に顔を向けたところで、部屋の外からカッカッカッカッカンッと足早に石畳を叩くヒールの音が聞こえ、バタン! と扉が開いた。
「ねえねえヒゲの人! もしかしてここにマツナガ来てないかしらん!? って、やっぱりいるじゃない! マツナガ、会いたかったわあああああああああああん!!」
扉を開けた人物は声を上げるなり、口を3の字にして俺に飛びかかり――
「【
俺の時空魔法によって吹き飛ばされた。そして部屋の石壁に激突しドゴオオオオンと音が響き渡り、部屋が軽く揺れる。
うわ、ヤバい。
密かに背中に冷や汗を流しながら、俺は壁際に倒れた女の様子を
「ちょっとおおおおお! 今のはさすがに酷いんじゃなあい!? 魔族じゃなかったら死んでたんですけど!?」
魔族の女、死霊使いマリステルが不満げな声を上げたのだった。
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