191 採集場所2

 いきなり頭を抱えた伊勢崎さんだが、レヴィーリア様はそれも目に入らぬに様子でご機嫌に語り続ける。


「知ってのとおり魔石鉱山周辺は魔素の溜まりやすい土地なのですが、そういった場所には特殊な植物が生えやすいのです。とはいえ現在、あの一帯はわたくしの管理下にあり、無許可で足を踏み入れることを禁じているのですけれど――」


 そこでレヴィーリア様は一旦言葉を区切り、ぐっと拳を握る。


「もっちろん、お姉さま方にはわたくしから許可をお出しいたしますわ! 希少な薬草がたんまり採集できること間違いなしですわよ! どうですか、お姉さま! わたくしお役に立っているでしょう? オーッホッホッホッホ!」


 高笑いをするレヴィーリア様と、そんな彼女をなぜか恨みがましく見つめる伊勢崎さん。だがレヴィーリア様のドヤ顔を見るに、どうやら魔石鉱山付近はかなり薬草採取に向いているようだ。


 すると伊勢崎さんがおそるおそる上目遣いで俺に尋ねてきた。


「あっ、あの、おじさま? ……魔石鉱山に行くおつもりですか?」


「うん。せっかくだからご厚意に甘えさせてもらうつもりだよ。ついでに要塞のマリステルさんの様子も見に行こうかな――」


「おおおおおおじさま? あの女は【聖なる誓い】セイクリッド・エンゲージで縛られていますから! おじさまがご心配する必要はないかと思いますよ!?」


 マリステルの名前を出した途端、顔を引きつらせる伊勢崎さん。


 ああ、そうか。伊勢崎さんはマリステルと不仲だし、あまり顔を合わせたくはないってことか。さっきまでの伊勢崎さんの奇妙な態度に合点がいった。


「そうは言っても無理やり要塞に押し込めた手前、やっぱり気にはなるよ。それに伊勢崎さんは無理してついてくる必要はないからね? 別に俺ひとりで――」


「いえっ! むしろおじさまひとりだと、あの女がなにをやらかすかわかったもんじゃありませんから! おじさまが行くのなら、私は絶対についていきますっ! 絶対です! いいですね、おじさまっ!?」


 必死の形相で伊勢崎さんが俺に訴えかけてくる。やはり魔法でマリステルの行動を縛っているとはいえ、それが確実とは限らないということだろう。


 俺の身を案じて同行を願い出てくれる伊勢崎さんの優しさに、心がほんのりと温かくなった。


「ありがとう、伊勢崎さん。そういうことならお願いするよ。でも無理はしないようにね。それと……」


 俺はぽかんとこちらを眺めていた相原に顔を向ける。


「相原、悪いけどお前が付いてくるのはさすがに許可できないからな。とりあえず今日はお前の観光に付き合うから、それで満足してくれないか?」


「いやいや、センパイなんか大変そうじゃないっすか。なら別にウチの観光に付き合ってくれなくてもいーんで、センパイはなるはやで薬草を採りに行ってくださいよ」


「そりゃまあ立ち入り禁止とはいえ、こっそり入る連中もいるかもしれないし、早めに行ったほうがいいんだろうけど……。なんだか聞き分けが良すぎて気持ち悪いんだが?」


 俺の問いかけに相原は顎に手を添えながら首をひねった。


「うーん……。薬草採集って山菜採りみたいなヤツっしょ? ぶっちゃけ異世界感なくて、ウチにはあんまり響かないっていうか……」


 どうやら薬草採集がつまらなさそうというのが理由らしい。


 俺はバラエティ番組でタレントが山菜採りとかタケノコ掘りをしている姿を見るのが好きな方なので、ちょっと楽しみなんだけどな。こういうところにも世代のギャップを感じて少し悲しい。


 だが悲しみに包まれた俺を気にすることもなく、相原はニヤニヤしながら伊勢崎さんを見つめた。


「にしても聖奈ちゃんてば、誰にでもやさしーって思ってただけに逆にすっごいウケるんだけど。マリステルってなにやらかした人なん? めちゃ気になるし、おねーさんにも教えちくり?」


「……莉緒さん? 『好奇心は猫をも殺す』って言葉をご存知ですか……? 『雉も鳴かずば撃たれまい』でもいいのですけれど――」


「ひえっ……! わ、わかったから、ウチをそんな目で見るのはやめておくれ……。マジ怖いんで……」


 静かな伊勢崎さんの声に、相原が青ざめながらぶるぶると震えた。俺からは伊勢崎さんの顔は見えないけど。


「まあまあ伊勢崎さん、そのへんで許してあげて。それじゃあ相原、お茶が終わったら日本に帰すからな。観光はまた今度――」


「ちょっ、ちょい待ってください! せっかく来たんだし、やっぱ観光くらいはしておきたいんすよ。とりま一人で行ってくるんで観光の許可だけおねしゃす!」


 伊勢崎さんの視線から逃れながら相原がピシッと挙手をした。


「いやいや、ここは日本どころか海外よりずっと危険だからな? お前ひとりで観光させるわけにはいかないんだよ」


 するとそこでレヴィーリア様が俺たちの間に入った。


「あの、アイハラ様の外遊の件でお話しされているのですよね? でしたらわたくしにお任せしていただけませんか。悪いようにはいたしませんわ」


「……お願いしていいですか?」


「もちろんです。アイハラ様が外に出る際にはコリンを護衛につけましょう。コリン、いいですね?」


「はいっ! 承知いたしました、レヴィーリア様!」


 元気に応えるコリン。まあコリンの実力はわかっているし、なんなら俺が一緒にいるよりも安全かもしれない。これならひと安心だ。


「相原、コリンちゃんがお前の護衛をしてくれることになったから。なんとか意思疎通を図って仲良くしてくれ」


「えっ、このちっちゃい子がウチの護衛!? それはさすがにキツいんじゃないすか!? ねえ、コリンちゃん。無理なら無理っていったほうがいいよ? 護衛とか怖いっしょ?」


「はいっ! 今夜のお夕食はリグルフィッシュのソテーとホルミ貝のスープです!」


「おっ、おう……?」


 不安げに眉をひそめる相原と、元気に今夜のメニューを発表するコリン。やはり言葉は通じていないようだが、相原のコミュ力があればなんとかなるだろう、多分。


 さてと、とりあえず相原の件は片付いたということでいいだろう。後は魔石鉱山に向かうだけである。


 俺はさっそくレヴィーリア様に魔石鉱山へと入山するための紹介状をしたためてもらったのだった。


「――あっ、ついでにお願いしたいことがあるのですが」


 紹介状を手渡しながら、ふと思いついたようにレヴィーリア様が声を上げた。


「はい、なんですか?」


「実は魔要塞に持っていく予定の補給物資がありますの。申し訳ございませんが、それをついでに持っていってくださいませんか? ちょうど倉庫に積んでありますので」


 にっこりと笑みを浮かべるレヴィーリア様。


 魔石鉱山を推薦したのは、コレが目当てだったのじゃないだろうかと思うぐらいのあざやかな手際である。


 ちゃっかりしているとは思うけど、このくらいでないと姉に命を狙われながら隣の領地とバチバチとはやってられないのかもしれない。俺はもちろん承諾した。


 そうして俺は大量の補給物資を【収納ストレージ】に入れると、レヴィーリア様や相原たちに見送られながら伊勢崎さんと共に魔要塞マリステルへと跳んだのだった。

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