189 例のブツ
「ああ、アレね」
俺は催促された例のブツを【
「コリンちゃん。これが前に約束した、あの女に使ったネックレスの代わりの品よ」
そうしてコリンの前に差し出したのは、コリンとさほど変わらないほどの大きさの『ちっかわ』巨大ぬいぐるみだ。
「わァ……ァ……」
コリンは巨大ぬいぐるみを前にして感動のあまり声を詰まらせている。ちっちゃくてかわいいがウリのキャラクターなのに巨大なのはどうなんだと思わなくもないけれど、どうやらコリンには関係ないようだ。
「イセザキ様、これは……?」
差し出されたぬいぐるみをさっそく抱きしめているコリンを見ながらホリーが尋ねた。
「コリンちゃんの貰った物を使って
しかしその返答に眉をひそめるホリー。
「……お言葉ですがイセザキ様。護衛とは身をもって対象を護るのが仕事です。それなのにお護りするのに使った物の対価をいただくわけには参りません。なにより私たちの報酬はレヴィーリア様よりいただいておりますので――」
「えっ、だめなの? お姉ちゃん……」
ホリーの言葉にコリンはうるうると瞳を潤ませた。さらに伊勢崎さんも取りなすようにホリーに声をかける。
「あの旅では本当にコリンちゃんには助けてもらいました。ですからこれは私からのお礼の意味も込めて……ということでどうですか?」
「お姉ちゃあん……」
二人からのお願いされ、困ったように一歩後ろに下がるホリー。やがて彼女は額に手を当てながら小さく息を吐くと今度は一転、コリンにやさしく話しかけた。
「……わかりました。でしたら今回は大目に見ることにします。コリン、イセザキ様にしっかりお礼を言うのですよ? それと、私のことはメイド長と呼びなさい」
「やったあ! わかりました、お姉……メイド長! イセザキ様! ありがとうございますっ! ずっと大事にします!」
ぎゅうっと人形を抱いて笑顔を浮かべるコリン。それを見たホリーの口元にも微かな笑みが浮かんでいる。
やはり立場上言わざるを得ないとはいえ、妹が喜んでいる姿を微笑ましく思っているのだろう。
ひとつ問題があるとすれば、コリンの尋常ならざる力でガッチリと抱かれたぬいぐるみが今にもはち切れんばかりになっていることくらいだ。これは大丈夫なのだろうか……。
◇◇◇
幸いなことに、ぬいぐるみは爆散する前にコリンの部屋へと預けられることになった。
そうしてなごやかなムードの中、お茶をいただきながらしばらくは他愛もない話を続けていたのだが、ふとレヴィーリア様が尋ねる。
「ところでマツナガ様。どのような商売をなさるか教えていただいてもよろしいでしょうか? わたくしにできることなら是非ともお力になりたいですわ」
俺は心の中でガッツポーズをした。できればレヴィーリア様のコネが使える店を紹介していただければなあと、話の切り出し方を考えていたところだったのだ。
「そうですか? レヴィーリア様にお力添えをいただければありがたいです。実はこちらでポーションを仕入れて、日本の富裕層に売ろうと計画しているんですよ。ですからこの後、ポーションを買いに行こうかと思ってまして……」
「そうそう! そしてポーションを日本で売るのがウチってワケ!」
言葉が通じないのになんとか話に加わろうと相原も声を上げる。このコミュ力は大したもんだよ。だが――
「えっ、ポーション……ですか……?」
そこでレヴィーリア様と後ろのホリーが表情を曇らせた。ちなみにコリンはぽかんとしながら首をかしげている。
「はい、ポーションですけど、それがなにか……」
「実は今、魔石鉱山の再開発が決まりポーション需要が非常に高まっていますの。鉱夫は高給をいただけますから、怪我をポーションで治療してでもすぐに働いたほうが稼げますので」
「なるほど、そういうことになっているのですか。ですがポーションは保存が利かないですし、いくら鉱夫が高給取りでもポーションを所持しながら働くとなると、さすがに儲けも少なくなってしまうのでは?」
「冒険者はポーションを持ち運ぶ必要はありますけれど、鉱山から動かない鉱夫なら、必要に応じて近くのお店でポーションを買って使えばいいだけなのです。冒険者が持ち運べる大きさではありませんが、ポーションの品質をなるべく下げないための店舗用魔道具がありますので」
どうやらポーションが保存できる専用魔道具があるらしい。たしかにそういう物がなければ、すぐに効果がなくなる安いポーションなんて売っていられないか。
「今は魔石鉱山近辺に店を構えようとする商人が、町中のポーションを買い漁っておりますわ。動きの早い商人はすでにこの町だけではなく、近隣の町や村にも買い出しに出かけているようです。ですので差し出がましいかと存じますけれど、販売するなら他の商品にすることをおすすめいたしますわ」
「他の……ですか……」
ポーション以外で需要があるといえばなにがあるだろうか。
たとえば俺は冷蔵庫やコンロの代わりになる魔道具を買ったけれど、あれはそもそも俺に魔力があるから使える物だし、そもそも性能自体は家電に劣るので富裕層には響かないだろう。珍しい物好きには需要があるかもしれないけど。
手っ取り早く、誰でも欲しがりそうな物がポーションなんだよなあ。うーん、他には……。
そうして俺がしばらく考え込んでいると、不意に伊勢崎さんが声を上げた。
「おじさま、私にひとつ考えがあります」
「ん? なにかな」
「現物がないのなら材料を採ってくるのはどうでしょうか? それならポーションがなくても問題ないと思いますよ」
パンが無ければ小麦粉から作ればいいのですわと言わんばかりに、伊勢崎さんが自信満々で答えたのだった。
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