188 賑わう町並みと魔要塞

「らっしゃいらっしゃい! 今ならこの串焼きが一本200Gだ! 狩りに行くなら先に腹ごしらえしていきな!」


「そこのアンタ、この服なんてどうだい? 丈夫で破れにくいし鉱山で働くには持ってこいだよ!」


 あちらこちらから聞こえる、屋台の店員たちの威勢のいい呼びかけ。


 初めて転移したときから賑やかな町だと思っていた前線都市グランダだが、今の熱気はその時以上だ。これが魔石鉱山特需というものなのだろう。


 そんな賑わいにフラフラと釣られていきそうになる相原を引き止めつつ、俺たちは小高い丘の上にあるレヴィーリア様の居城へと到着。


 門番の兵士にはすでに顔を知られており、俺たちはひとまず応接室へと通された。それからしばらくしてホリーとコリン、さらにはレヴィーリア様までやってきた。


「お姉さま、マツナガ様! お久しぶりです! 最近来られませんでしたから、わたくしとてもとーーっても寂しかったですのよ!」


 扉を開けるや否や、一直線にソファーに飛び乗って満面の笑みを浮かべるレヴィーリア様。


 前回の砦設営後に会ったときはかなりお疲れのように感じたのだが、あの頃に比べるとずいぶんと肌のつやが良いように見える。


 激務なのは変わらないと思うのだけれど、やはり噂に聞いたディグラム軍撃退の報が彼女の心身に良い影響を及ぼしているのだろう。癒やしを求め、真っ先に伊勢崎さんに抱きつきに行かなかった辺りからもそれがうかがえた。


「どうも、お久しぶりです」

「元気そうね、レヴィ」


 俺たち二人が挨拶を交わし、レヴィーリア様は相原をじっと見つめた。すぐに相原を紹介しようとしたところ、それより先にレヴィーリア様がポンと両手を叩く。


「思い出しましたわ! 以前ニホンでお会いした、マツナガ様の元同僚の方ですわよね!」


「はい、そうなんです。俺の商売の手伝いをしてもらおうと思って連れてきました。アイハラという者です」


 俺が挨拶を促し、相原はすっくと立ち上がった。


「どもーっす! マジでモールで見た人だ! ドレス姿もめちゃ似合っててかわいい~! ウチの名前はアイハラです! ヨロ~☆」


 言葉が通じずとも、挨拶をしようという心意気は立派である。とはいえ、お貴族様相手にその挨拶とギャルピースはどうかと思うけど。


「残念ながらお言葉はわかりませんが、とても元気な方だということはわかります! そのご挨拶、とてもかわいいですわね! ええと、こう……ですか? ニョロ~☆」


 さすがはレヴィーリア様、懐が深い。さっそくギャルピースのお返しだ。後ろに立つホリーの顔が一瞬こわばったのは見なかったことにしたい。


「おおっ、レヴィーリア様ってめちゃノリいいじゃん! ウチらすっごく仲良くなれそうじゃね!? マジよろしく!」


「よろしくお願いいたしますわ!」


 テーブル越しにがっしりと握手をする相原とレヴィーリア様。少しだけヒヤッとしたけれど、ひとまず顔合わせは無難に終わりそうでなによりだ。


「と、まあこんなヤツなんですが、よろしくお願いします。……ところでレヴィーリア様。ディグラム軍を撃退したと聞いたのですが……」


 ここらで真面目な話もしておこう。魔石鉱山と砦の話は俺も無関係ではないからね。


「はい。マツナガ様とお姉さまがニホンに帰還した直後でしたわ。魔石鉱山近辺での異変に気づいたディグラム軍が、慌てて侵攻を開始いたしましたの」


 やはり前線基地が占拠され、さらには砦を築かれたという衝撃は大きかったのだろう。ディグラム軍は最寄りの都市に集めていた全兵力を魔石鉱山に向けて進軍させたのだそうだ。


 レヴィーリア様は「しかし!」と拳を握った。


「時すでに遅しでしたわ! 徘徊するリビングデッド、そして堅牢さを誇るの二段構えは最高に最強でしたの! 愚かにも攻め続けるディグラム軍は兵力をどんどん減らしていき、ついには全軍撤退したのです! 我らがカリウス軍の大勝利ですわ! オーホッホッホッホ!」


「あの、レヴィーリア様。……ええと、要塞? マリ……なんて言いましたか?」


 興奮気味に語るレヴィーリア様の話の腰を折って悪いのだが、なんだか不穏な名前が聞こえたような気がする。


「魔要塞マリステルですわ! マツナガ様!」


「うわあ、聞き間違いであってほしかった……。レヴィーリア様、どうしてそんな名前を付けてしまわれたんですか?」


「おじさま、そこは私がご説明します」


 スッと挙手をする隣の伊勢崎さん。俺は彼女の言葉に耳を傾けた。


「マリステルが享楽主義者であることは、おじさまもご存知のことかと思います。今は【聖なる誓い】セイクリッド・エンゲージによって行動を縛っていますが、あれとて万能ではなく、いずれ術の抜け道を見つけて裏切ったり逃げ出したりすることがあるかもしれません」


「うん、まあ忠誠心みたいなものはないだろうね。今は無理やり魔法の力で言うこと聞かせているようなもんだし」


 なのでマリステルを奴隷扱いではなく、まともな待遇にすることで、自発的に仕事に取り組んでもらおうと思っていたわけなんだけど。


「そこで私はマリステルの名を砦に付け、あの女がこちら側についたことを魔族の間で大々的に知らしめることをレヴィに提案していたのです。そうすれば逃げ場を無くしたあの女はより一層、砦のために励むことになるでしょうから。ちなみに、魔要塞の『魔』は魔石鉱山と魔族の二つの意味合いから――」


 指をピンと立て、つらつらと語る伊勢崎さんなのだが――俺はぼそりとつぶやく。


「……でも、本当は?」


「もちろんただの嫌がらせです! ……って違います、違うんですよおじさま!」


「うんうん、そうだね」


「ほ、本当に信じてくださってますか!? わ、私は本当にグランダの今後を思ってですね、そのために心を鬼にして――」


 わたわたと大慌てで弁明する伊勢崎さんを俺は温かい目で見つめる。最初にさらわれたこともあり、彼女がマリステルを嫌っているのは俺も理解しているつもりだ。


 まあ嫌がらせで砦にマリステルと名付けるくらいならかわいいものだと思うし、なにより女同士のいざこざに男が入ってもロクなことはない。ここはヘタに手を出さず、見守るほうがいいだろう。


「あっ、あー! そういえば! 【聖なる誓い】セイクリッド・エンゲージと言えば! アレを忘れてました! おじさま、例のものを出してくださいませんか!?」


 そうしてあからさまに話題を変えた伊勢崎さんが、俺に転移前に預けた例のブツを催促したのだった。

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