186 ポーション

 異世界といえばポーション――みたいなイメージもあるというのに、俺はこれまでその存在を意識することはほとんどなかった。


 今思えば、それはいつも俺のかたわらに回復魔法のエキスパートである伊勢崎さんがいたからなのだと思う。


 そんな俺がポーションを初めて見たのは魔石鉱山。冒険者パーティ『スティンガー』の皆さんが、リビングデッド相手に苦戦を強いられていたあの時だ。


 リビングデッドの攻撃により深い傷を負った斧戦士ガンドル。彼は一旦後退するとすぐさま懐から革袋を取り出し、中に入った液体を傷口に振りかけた。


 するとえぐられて赤黒くなった傷口がみるみると塞がっていき、彼は再び元気にリビングデッドに突進していった。その姿を見て、俺はポーションの存在とその効果を知ったのである。


 そうして魔石鉱山でのいざこざが終わった後のグランダへの帰路で、俺はレジーラにポーションについていろいろ尋ねた。ちなみに伊勢崎さんも自分で使うことがないため、ポーションについては素人同然だったりする。


 レジーラは「マツナガさんって行商人だったよね……?」と呆れた目を向けたものの、それ以上追及することなくポーションについて親切に教えてくれたよ。


 レジーラの話によると、ポーションとはさまざまな薬草や霊草、魔草といったものを配合し、錬金術という特殊な技法により精製された神秘の薬なのだそうだ。


 ポーションはレシピによってさまざまな効能をもたらすのだが、その中でも特に代表的なものが傷を癒やすヒールポーションである。


 しかし一番普及しているヒールポーション、さらに低品質なものであっても、普通の冒険者の十数日分の稼ぎが飛ぶくらいに高価なのだという。


 しかも低品質ほど保存も利かないので、万が一に備えて所持しておくにも向いてない。つまりヒールポーションを使うのは『スティンガー』のような稼ぎの良い上級冒険者パーティばかりだそうだ。


 なので一般的な冒険者はポーションを購入するより、回復魔法が使える術士の世話になることが多いのだとか。


 つまり回復魔法の使い手はモテるし、食いっぱぐれないということであり、その中でも特に出世したのが――大聖女とも呼ばれた伊勢崎さんということになる。


 と、話がそれてしまったが、そんなヒールポーションは冒険者としては直接傷口にかけるのが一般的な使い方なのだけれど、飲めば全身の不調にも効くらしい。


 レジーラは「高いポーションでこんなバカな使い方をするヤツがいた」との前置きをした上で、二日酔いや頭痛に腹痛、肩こり、腰痛、膝痛、眼精疲労にも効いた例を教えてくれた。


 つまりは慢性的な疲労や痛みにも効くということだ。


 さらに富裕層には、定期的にポーションを飲んでいる人もいるらしい。そういう方々は長寿であるケースが多いのだとか。


 おそらく加齢による、なにかしらの身体の不調も治しているのだろう。まさに魔法の薬である。


 これなら間違いなく日本でも買い手がつくことだろう。ぜひとも日本で売ってみたい。俺はそう思ったのだが――


 一番の問題は販売経路だった。


 俺は異世界で富裕層相手に安ウイスキーを高値で売っているのと同じように、日本でも商売相手はお金持ちに限定した商売をしたいと考えている。


 その方が少ない手間で多くの利益が得られるし、相手にする人数が少ないほど秘密が漏洩ろうえいするリスクが減るからだ。


 しかし健康に大金を支払ってくれるお金持ちを探すというのはなかなか難しい。


 俺のコネでいうと真っ先に思い浮かぶのは重蔵氏なのだけれど、彼は引退しているとはいえ大企業『城之内グループ』の重鎮だ。


 庶民であるこの俺が、そんな大人物にセールスマンみたいなことをさせるというのはさすがに気が引けた。


 重蔵氏はなんでも協力させてくれとは言ってくれていたけど、俺はそんなにおねだり上手でもない。人並みに気を遣ってしまうんだよね。


 それならせめて重蔵氏のお見舞いというていで頻繁にVIP病棟に通い、自分で顧客を開拓していこうかな――


 などと思っていた矢先、やってきたカモネギが相原なのである。


 偶然、こちらの事情を知ることになった相原だが、せっかくのこの機会を逃すのはもったいない。


 積極的にこちら側に取り込んで、俺のビジネスを手伝ってもらおう――そう思ったわけだ。相原なら協力してもらっても全然気にならないし。


 そういうわけで、俺はさっそく相原を取り込むための異世界観光、そしてポーションの現物の購入に動くことにしたのだった。


 ◇◇◇


 食事会から数日後。


 異世界に転移するため、伊勢崎さんと相原が俺の自宅へとやってきた。


 この日の相原はこれまで何度か見た私服に比べると、少し落ち着いた淡い色合いのワンピースにジャケットを羽織った姿で登場。


 相原は自宅に上がり込むなり物珍しそうに俺の自宅をウロウロした後、服を見せびらかすように俺の前でクルっと一回転した。


「どうすかセンパイ、こういうウチもいい感じっしょ? 新しいウチの魅力に、さすがのセンパイでもクラッときちゃうんじゃないすか?」


「いや、別にこないが?」


「ぐわっ! 即答!!」


「でも、これならそのまま異世界に行っても目立たなさそうだな。たしかに普段とは印象が違うけど、この服って伊勢崎さんの私物?」


 俺は相原とは対照的に、静かに部屋に佇んでいた伊勢崎さんに尋ねる。事前に伊勢崎さんには相原が異世界で悪目立ちしないよう、服装のコーデネートを頼んでいたのだ。


「いえ、違いますよ。先日のショッピングモールで莉緒さんが購入したものばかりです」


「えっ、こないだの?」


「そうなんすよー。あの時に聖奈ちゃんがオススメするコーデをドチャクソ爆買いしちゃって。後になって普段着にするには買いすぎたんじゃね? とか思ったんすけど、意外な使い道があってマジでラッキー☆」


 喜びながら異世界風コーデを見せびらかす相原と「良かったですね」と笑う伊勢崎さん。


 たまたま異世界でも着られる服装を買っていたようだが、そんな偶然あるんだろうか。もしかして伊勢崎さんはここまで見越して――


 いやいや、さすがにそれはないか。あのときは相原にいろいろとバレる前だし、やっぱり偶然なのだろう。偶然とは恐ろしいね。


 と、そんなことを考えている間に、いつものように伊勢崎さんが着替えるために俺の部屋に入り、一緒に相原も入っていった。


「ウワー! 腰細ぉぉぉ!」「てかデッカッ!」「あれでもまだ着痩せしていたってこと!?」「やっぱ聖奈ちゃんってエッッッッッッッッ」


 などなど相原が騒ぎ立てる声が聞こえてきたのだが、伊勢崎さんが、


「莉緒さん? いい加減にしてくださらないと、私――」


 ボソリとつぶやいた直後、突然部屋が静まりかえったのだった。


 それからしばらくして、しょんぼりしている相原と日本で見るとややコスプレ感のあるお金持ちのお嬢様風ファッションの伊勢崎さんが部屋から出てきた。


 伊勢崎さんは怒らせると怖い。重蔵氏やマリステルがその怒りにあてられたことがある。俺は部屋での出来事には触れず、話を進めることにした。


「よし、それじゃあさっそく行くか。手、出してくれるか」


「はい、おじさま」


「……あっ、そっか! 手ェ握るんでしたね。センパイ、ウチらみたいなカワイイ子の手を握れるなんてマジで役得っすね。ウェヒヒ~」


 相原が早くもしょんぼり状態から復帰し、俺の脇腹をウリウリとつついてからかう。とてもウザい。


「……嫌なら別に肩を触るだけでもいいぞ。なんとなく手を握った方が確実な気がするからやってるだけだし」


「あーいえいえ! ウチも手の方が! 手でおねしゃす!」


「そうです! ここは確実に手を握るべきです!」


 ビシッと手を伸ばす相原と、妙に必死に訴えかける伊勢崎さん。まあ異世界転移って怖いものだ。魔法はイメージだし、確実だろうと思ったほうがやったほうがいい。


 そうしていつものように頬を染めながら手を出す伊勢崎さんと、お辞儀をした状態のまま手を伸ばしている相原。二人の手を握った。


 この日の転移の目的は相原の異世界観光、そしてポーションの購入だ。


 ポーションの購入くらいは事前にやっておいてもよかったのかもしれないけれど、ポーション関連は相原も関わることだし、仕入れるところも見せてやったほうが相原のためになると判断した。


 こういうところは俺も相原の教育係だった気分が抜けてないのかもしれない。まあ別にいいんだけどね。


 なお、相原の「異世界のお城を見てみたいっす」とのリクエストで最初の目的地はレヴィーリア様の居城に決定。


 とはいっても、いきなり部外者を引き連れて城内に転移するのは、セキュリティ的にホリーがいい顔をしないかもしれない。


 そこでまずは『エミーの宿』に飛び、そこから町を歩きながら居城を目指すことにした。


「それじゃあ行くぞ。【次元転移テレポート】」――


 ――そうして視界が切り替わり、俺たちは『エミーの宿』へと転移したのだった。

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