113 前線都市グランダの現状

「マツナガ様に、レヴィーリア様を助けていただきたいのです」


 苦悩を吐き出すように告げたホリーだが……正直意味がわからない。


「ええっと……助けるとはどういうことです? 俺はすでにレヴィーリア様に取り扱い商品をお届けすることをお約束していますけど……」


 俺が御用商人みたいな立ち位置にいることは、メイド兼護衛兼……さらには秘書でもあるホリーだって知っているはず。――って、いまさらながらこの人は色々とやってて忙しそうだなあ。


 しかし俺の返答にホリーは首を横に振った。


「いいえ、そういった話ではなく……このままではレヴィーリア様の行く末は破滅しかありません。そこでマツナガ様のお力をお貸ししていただきたいのです」


 破滅ときたか。紛争地帯に面した町を治めるのは大変なんだろうなとは思うけど、さすがに少し大げさなように思える。


「そうは言われましても、商人にできることは商品をお売りすることだけですし……」


「そのご様子では、やはりレヴィーリア様からお聞きになっておられないのですね」


「……? どういうことですか?」


 俺の問いかけにホリーは目を伏せながら口を開く。


「レヴィーリア様は大変気丈に振る舞われておりますが、今このグランダの町は非常に危うい状況です。このままでは近いうちにディグラム伯爵の手に落ちてしまうことになるかと思われます」


 ディグラム伯爵というと、紛争地帯を挟んでバチバチとやり合っているお隣の領主の名前だ。しかし――


「ちょっ、ちょっと待ってください。この辺りは単発的に争いが起こる程度で、長い間膠着こうちゃく状態と聞いているんですけど?」


「たしかに膠着状態でありましたが、それはレヴィーリア様が代官に任命される前の話です。レヴィーリア様が代官となってからというもの、ディグラム領では紛争地帯に向けて着々と兵力を増強され続けております。このままでは近いうちに本格的な侵攻が行われるでしょう」


 初耳である。『マジで!?』と言いたい気持ちをぐっと抑えて俺はさらに尋ねた。


「そ、それは知りませんでした。ですが、そういうことなら俺なんかよりレヴィーリア様のお父上……領主様に窮状きゅうじょうを訴えるべきなのではないですか?」


 そもそもが領主同士の争いだと聞いている。それならばそれをなんとかするのが領主のはず。


「先日の領都訪問の折にもレヴィーリア様が窮状を訴えてはおりますが、『己の裁量のみでやり遂げよ』と言い放たれただけで、なんの援助もないと聞いております。おそらくカリウス伯爵様は、この町ごとレヴィーリア様を切り捨てるおつもりなのでしょう」


「は? いやいや、ご自分の領土じゃないんですか? それはおかしいでしょう!?」


「どうやったのかは存じ上げませんけれど、おそらく伯爵様はすでに娘のデリクシルの傀儡かいらいと成り下がったようです。そしてデリクシルがレヴィーリア様の死を望んでいることは、マツナガ様もよくご存知のはずです」


 たしかに暗殺者がやってきたことはよーく知っている。けれど暗殺者を寄越よこすだけならともかく、レヴィーリア様を殺すために町をひとつを見捨てるってどうなの? ……というか、もしかして――


「デリクシル様は向こうの領主とも繋がっているんですか?」


 向こうの領主の動きがあまりにもデリクシルに都合がよすぎる。俺の言葉にホリーはコクリと頷いた。


「その可能性が高いです。デリクシルとディグラム伯爵の令息はかつては縁談を結んだ間柄……なにか繋がりが残っていても不思議ではありません」


 以前に聞いたことがある。たしか大聖女時代の伊勢崎さんが暗殺された後、縁談がお流れになったんだっけ。なんだかどんどんややこしい話になってきたな……。


「はぁ、マジか……」


「カリウス領には頼れる者はおりません。この窮地を逃れるためにはマツナガ様のお力におすがりする他ないのです。なにとぞ、なにとぞ……!」


 思わず頭を抱えた俺に、ホリーが時空糸に縛られたまま頭を下げられるところまで下げる。


 時空糸に縛られてなければ土下座しそうな勢いだ。未だに亀甲縛りで目に毒な光景だけれど、土下座されるくらいなら縛ったままにしておこう。


「レヴィーリア様の窮状はわかりました。ですけど、やっぱり俺にできることなんてたかが知れてますし……」


「マツナガ様がただの行商人でないことは存じ上げております。普通の行商人にはアースドラゴンは倒せませんから」


「それはたまたまそうなっただけですし……。俺に切った張ったを期待されても困りますよ」


 兵隊となって戦えとか言われても、アラサーになる今まで平和な世界で生きてきた俺には無理すぎる。絶対に無理。


「もちろんそういうわけではありません。ただ、マツナガ様のお力を見込んだ上で、いくつかやっていただきたいことがあります。そのためには今まで以上のお力添えをいただく必要があるのです」


「えっ、そうなんですか? それならそうと言ってくれれば、をしなくたって話くらいは聞きましたよ……」


 なんだかホッとしたよ。俺はわざと不躾ぶしつけに黒い下着をじっとりと見つめ、ホリーに抗議の意を示した。しかしホリーは恥ずかしがることなく言葉を返す。


「話を聞くだけで終わらされても困るのです。ですから私のできることはすべてやろうと思い、身体を差し出させていただきました。もちろん先程お約束したことは、今でも嘘偽りはありません。私の願いを聞いてくださるのなら、私は人生をかけてマツナガ様にご奉仕いたします。性奴隷でもなんでも、お好きなように私をお使いくださいませ。……もちろん今すぐ味見をしていただいても構いませんよ……?」


 そう言っていやらしく腰を揺らすホリー。大変えっちな姿なのだが、それを見ても俺はもうムラムラとはしなかった。『かわいそうなのは抜けない』ってヤツなんだと思う。


「ああ、そういうのはもういいんで……。とにかく話はわかりました。今はまだ了承しかねますが、とりあえず話は聞きますから――」


 その時、諦めずにお尻をふりふりしていたホリーの動きがピタリと止まった。


「気配がひとつ、いやふたつ。こちらに向かってきています」


「えっ」


 すぐに足音と人の声が俺の耳にも届いた。


「コリンちゃん、こちらですか!?」


 伊勢崎さんの声だ。続いてコリンの声。


「はいっ! そこがマツナガ様のお部屋となっておりますー!」


 どうやら伊勢崎さんがこの部屋に遊びにきたらしい――って、俺の目前には下着姿で拘束されているホリーがいるんですけど!?


 ドンドンドン! 少し荒っぽく扉が叩かれた。


「おじさま、いらっしゃいますかおじさま!? 私、なんだか胸騒ぎがしまして……! お部屋にお邪魔してよろしいでしょうか!? お邪魔しますね! あらっ、鍵がかかっていますわ。コリンさんっ!」


「はっ、はいっ! ただいま開けますー!」


 ガチャガチャと解錠する音が響き――


「ドーン! おじさま! 失礼いたしますわ!」


 いつもは控えめな伊勢崎さんが、かなり強引に扉を開け放ったのだった。


――後書き――


 近況ノートにも書いたのですが、先日100万PVを突破しました。たくさん読んでくださりありがとうございます!

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