111 おもてなし

 すぐに視界が切り替わり、目の前に上品な丸テーブルと高級感あふれる真っ赤なソファーが現れた。どうやら無事にレヴィーリア様の私室に戻ってこれたようだ。


 この場所から『次元転移テレポート』したのは昼頃だったのだけれど、窓の外はすでに真っ暗。日本で数時間過ごしているうちに、こちらは深夜となっていた。


 そんな時間帯にもかかわらず、レヴィーリア様が丸テーブルに置かれたベルをチリンと鳴らすと、すぐさまメイドのホリーが部屋の中へと入ってくる。


「どのような御用でしょうか、レヴィーリア様」


「ご夫妻は我が城で一泊していくことになりました。ホリーは今すぐにマツナガ様の寝室の手配をなさい。あっ、お姉さまはこちらで寝ますので寝室は不要ですわ!」


 ホリーの眉がピクリと動いたように見えたが、彼女はすぐにうやうやしく頭を垂れる。


「承知いたしました。それではマツナガ様をお部屋にご案内いたします」


 ホリーに促されて俺は扉の方へ。そして去り際に伊勢崎さんたちに別れの挨拶。


「ではまた明日。おやすみなさい」


「はい、おじさま。おやすみなさい」


「マツナガ様、おやすみなさいませ。……お姉さま、お姉さま~デュフフデュフフフフフフフ!」


「ちょっ、レヴィ……リア様! 離れてください!」


 腰に巻き付くレヴィーリア様とそれを必死に引き剥がそうとする伊勢崎さん。彼女たちの姿にほっこりしつつ、俺は部屋を後にした。



 ――このお泊り会についてだが、伊勢崎邸での夕食の席で「お世話になったお礼に、一晩だけでも泊まっていってほしい」というレヴィーリア様からの提案で生まれたものだ。


 まあお礼といっても、実際のところはただレヴィーリア様が伊勢崎さんと離れがたいだけだろうと思う。


 そんなレヴィーリア様のおねだりに、なんやかんやいっても妹分に甘い伊勢崎さんは「今回だけですからね」と答え、俺もお城の寝室には興味があったので了承した形だ。こんな機会でもなければ、お城になんてもう二度と泊まれないだろうしね。



 俺とホリーが部屋の外に出ると、廊下には新米メイドであるコリンが指示を待つべく、ビシッと直立した姿勢で待機をしていた。


「コリン。レヴィーリア様のお部屋でイセザキ様がご宿泊なさることになりました。私はマツナガ様を客室にご案内するので、あなたにレヴィーリア様方のお世話を任せます」


「おねっ……長! わかりました! お任せくださいっ!!」


 緊張しているのか、お姉ちゃんとメイド長がセットになっている。そんなコリンはムンと気合を入れると、長い廊下を栗毛のポニーテールをぴょんぴょん飛び跳ねさせながら走っていった。


 コリンの後ろ姿を見ながらホリーが眉間にシワを寄せる。


「あの子ったらまた廊下を……。マツナガ様、無作法なメイドで申し訳ありません」


「いえいえ。妹さんは精一杯頑張っていますし、とても可愛らしいと思いますよ」


 まだ小学生くらい? の歳でお貴族様のメイドをやっているのだ。


 俺の世界の常識に当てはめると、まだバイトもできないような歳でいきなり社長の身の回りの世話するようなものだと思う。いきなり完璧にこなすのも大変だし、温かい目で見守りたいものだよ。


「……そう言っていただけると助かります」


 ホリーが無表情のままぺこりと頭を下げた。


 ホリーはホリーで仕事のデキるメイドさんでさらには美人であるけれど、あまり愛嬌はないように思える。歳は二十代中頃といった感じで俺より少し歳下だし、こちらもこれからの成長に期待したいところだね。



 その後は特に会話らしい会話もないまま客室へと到着し、俺は中へと通された。


 室内は思ったよりもシンプルな内装。しかし備え付けられた家具はどれも丁寧に使い込まれアンティーク感がただよい、触るのもはばかられる物ばかり。さすがはお貴族様の客室である。


 そして埃ひとつない部屋の奥に設置されている大きなベッドには、すでにシーツと掛け布団が用意されていた。仕事が早すぎる。


 おそらくホリーはレヴィーリア様が俺たちを城に招待した時点で、お泊りのことも想定していたのだろう。本当に仕事のデキるメイドさんだよね。


 そうしてキョロキョロと室内を見回していた俺の隣で、突然ホリーの真横に黒い空間が浮かび上がった。


 彼女は平然とその中に手を入れると、中から湯気が漂う木桶とタオルを取り出す。そして空間は霧のように消え失せた。


 今のは『収納ストレージ』か。自分以外が使っているのを初めて見たよ。


「ホリーさんも『収納ストレージ』が使えるんですね」


「はい。私は魔力も少なく、容量は樽一つ分くらいしかありませんが」


「そうなんですか。でもホリーさんはレヴィーリア様の護衛でもありますし、『収納ストレージ』があれば戦いの手助けにもなりますから、ずいぶん役に立ちそうですね」


「たしかに武器をいくつか収納できるのは強みですね」


「武器もそうですけど、防御にも使えるじゃないですか」


「盾は重いですし、身辺警護には不向きですから私は使っておりません」


「いや、物理の盾ではなく異空間を使ってですね――」


「……え?」


「え?」


 お互いに首をかしげて見つめ合う。なんだか話が噛み合わない。もしかして……?


「……あの、もう一度『収納ストレージ』を出してもらえませんか?」


「はい。これでよろしいでしょうか」


 再びホリーの隣に黒い空間が浮かぶ。俺は思い切ってその中に腕を突っ込んでみた。


「あー……」


 なんの感触もないまま、俺の腕が黒い空間を突き抜ける。異空間は何物も通さないはずなのに。


「あのう、これが世間一般の『収納ストレージ』なのでしょうか?」


「私もそうたくさんの人を見たわけではありませんが、すべてこのような物ですけれど……?」


 お前は何を言ってるんだ? と言わんばかりにいぶかししんだ目でホリーが俺を見つめる。


 その目を見てようやく確信した。どうやら俺が今まで使っていた『収納ストレージ』は、他の人のは少々違うものらしい。


 つまり他の人は異空間で攻撃を防いだりできないってことだ。今頃になって知った衝撃の事実である。


「あの……そろそろ、お世話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 なんだか呆然としていたところで、ホリーから声をかけられた。


「ええ、ああ、はい。えっと、なにをするんですか?」


 そういえばお湯の入った桶を出しっぱなしだ。


「寝間着を用意しております。ですので、まずは私がマツナガ様のお体をお清めさせていただきます。上着を脱いでいただけますか?」


 どうやらホリーが熱々のタオルで俺の身体を拭いてくれるらしい。そういえば時代劇で宿の店先で足を洗うシーンなんかを見たことがあるけれど、それのお貴族版といったところだろうか。


 とはいえ、さすがにそんなことまでしてもらうのはホリーに悪いし、なによりおっさんといえども裸体を見せるのはちょっぴり恥ずかしい。


「身体を拭くくらい自分でやりますよ。すいませんけどホリーさんは少しの間、部屋から出て行ってもらえますか?」


「いえ、私が身体をお清めいたします」


「いえいえ、結構ですよ」


「しっかりとお客様をおもてなししなければ、私がレヴィーリア様に叱られてしまいます」


 いたって真剣な顔でホリーが言う。


 ……こうなると、逆に恥ずかしがって駄々をこねる俺のほうが悪い気がしてきた。あっちは仕事でやってるだけなんだもんな。


「うーん……わかりました。それじゃあお願いします」


 俺はいそいそと上着を脱ぎ、上半身裸のままホリーの前に立った。


「失礼いたします」


 ホリーは俺と触れ合いそうになるほど近くに寄り添うと、タオルでまずは俺の顔からやさしく拭いていく。タオルの温度は熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいいあんばいだ。


 そして顔から首筋を拭き、胸から腹を拭き、腕を拭いたかと思うと、腕をそっと持ち上げられて脇まで拭かれた。


 前面がすべて終わると今度は後ろに回り込み、同じように後面の隅々まで優しく丁寧でタオルで拭かれていく。俺の首筋にホリーの吐息がかかって少しこそばゆい。


 そうして上半身をすべて拭き終わると、ホリーはしゃがみ込んで桶でタオルをじゃぶじゃぶと洗い始めた。


 ふう……どうやらこれで終わりのようだ。


 実際に身体を拭ってもらうと、恥ずかしかったことに目をつぶればなかなか気持ち良かったと思う。


 俺はベッドに腰をかけながら、彼女に感謝の気持ちを伝える。


「ホリーさんありがとう。お陰で今夜は気持ちよく眠れそうです」


「いえ……おもてなしはここからですよ」


 そう答えるとホリーは立ち上がり、ゆらりとした動きで俺に向かって歩を進める。


 そして流れるような仕草でメイド服を脱ぎ去ると、あっという間に肌を隠す物は黒い下着のみとなった。


「――は?」


 ひと言声を上げたその瞬間――


 俺はホリーによって、ベッドに押し倒されたのだった。

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