93 サプライズ

 そうして相原に手を繋がれたまま連れていかれたのは、ついこないだ俺が伊勢崎家の二人と見舞いに訪れた病院だった。


 偶然といえば偶然なのだが、やはりVIP病室なんてモノはどこの病院にもあるってわけではないだろうし、ある程度は数が絞られてくるのだろう。


 そんなことを考えながら、俺は相原に声をかける。


「なあ、そろそろ手を離してくれよ。さすがに病院の中でも手を繋ぐのは恥ずかしすぎる」


「えぇーヘタレっすねーセンパイ。でもまー、そろそろ許してあげましょう」


 ニヤニヤと口元を緩めながらもようやく相原が手を離す。なんだか湿った感覚に自分の手を見てみると、手が汗でべっちゃりとしていた。俺じゃなくて相原の汗だけど。


「うはは、なんかすいませんね! 今日は暑いっすからねー!」


 そう言いながら胸元をパタパタ開いて風を送る相原。今日は冷え込んでるくらいのお天気なんだが、よく見たら相原は顔まで真っ赤だ。風邪でも引いてるのだろうか。


 とりあえずしばらく様子をみて、風邪を引いていそうなら、そのまま病院で診察してもらうよう勧めてみようかね。



 そうして俺たちは病院の受付へと向かった。相原が受付で事務員と話しながら書類にさらさらと署名をし、書き終わるとさっさと病棟の方へと歩いていく。


 先日の見舞いの時は従業員が個室まで案内してくれたのだが、どうやら相原はかなり見舞い慣れしているようでそういうのは断っているようだ。


 そして前回と同じエレベーターで前回と同じ最上階へ。エレベーターが開き、そこでは豪華な和風フロアが俺たちを待ち構えていた。


 やはりこの階に相原のお爺さんがいるようだ。この階にはいくつもの個室があるみたいだし、その中のどれかが相原のお爺さんの部屋なのだろう。


 そして俺は一度見たくらいでは飽き足りない豪華なフロアをキョロキョロと見回しながら、淀みなく真っ直ぐ歩く相原の背中についていった。


 やがて相原が足を止める。気がつけば俺たちはフロアの最奥に位置する――見覚えのある扉の前に立っていた。


 えっ、ちょっと待て。この部屋って――


 おもむろにインターホンを押そうとする相原の手を俺は慌てて摑んだ。


「ちょっ、なんすかセンパイ」


「お前のお爺さんってこの部屋にいるのか?」


「そうっす。この階で一番豪華な病室に住んでんすよ。マジめちゃ金持ちだと思いません? なんかよくわからんけど高そうな絵とかすっごいフワフワのソファーもありますし、アメニティもめちゃ充実してんすよね。いつも見舞い帰りにコーヒー豆とかもらって帰ってんですけど、アレもマジウマくてー」


 味を思い出しているのか、ぽわわんと表情を緩める相原に俺は改めて尋ねる。


「……なあ、相原。いまさらだけどお前のお爺さんってなんて名前なんだ?」


「あれ? そういや言ってませんでしたっけ。ジーチャンは城之内重蔵ってゆー名前っすよ。城之内グループって聞いたことないっすか? あそこで偉い人をやってたみたいでー」


 城之内グループの城之内重蔵氏。ええ、とてもよく存じあげております。――と言いたいところだったが、いきなりの衝撃の事実に俺の声は出てこなかった。


「なんすかセンパイ、思ってたよりも偉い人でちょっとビビってます? 大丈夫ですって、ワリとお茶目なところのあるジーチャンで、ウチとは友達みたいな関係なんすよ。――あっそうそう、サプライズでカレシ連れてくるの内緒にしてるんだった。とりまセンパイはちょっと離れてて」


 相原が棒立ちの俺をぐいっと押して、インターホンから離れさせる。そして相原はインターホンのボタンを押した。


「ジーチャーン。ウチがきたよー開けておくれ~い」


『おう、来たか莉緒! 今開けてやるから待っておれ!』


 重蔵氏の声がインターホン越しに聞こえる。以前会ったときよりも元気で張りのある声だ。可愛がってる孫が来たことでテンションが高いのだろう。


 俺の心の整理がつかないまま、無情にもドアが開いた。俺の立ち位置からは見えないが、どうやら重蔵氏自らが扉を開いてお出迎えのようだ。相原が顔をほころばせて声を上げる。


「ドア開けてくれるなんて初じゃん! ジーチャン、マジで歩けるようになったのかよー! ってかなにそのカッコー!」


「チョリーッス莉緒! ワシもせっかく元気になったからな! ジジイなりのサプライズってヤツだ! マジ卍! マジ卍!」


「ウハハハ! マジ卍とか今どき誰も言わないっての! でもウケる! てかウチもジーチャンにサプライズあるし!」


「む? 今の子はマジ卍を使わんのか!? それはアレだ、チョベリバだな! というか莉緒、サプライズってなんだ?」


「ニヒヒ、実はウチ、カレシができたんよ! 今から紹介すんね! ほらセンパイご挨拶!」


 相原が俺の腕を引っ張り、扉の前へと連れ出した。


「おっ!? 莉緒がついに彼氏を連れてきてくれたのか! ウェイウェイウェーイ! ワシ、莉緒のジーチャンの重蔵! 気軽に重蔵ッチとでも呼んで……く、れ……?」

 

 そうして俺の目の前に現れたのはアロハシャツに身を包んだ、まるで亀○人みたいな姿の重蔵氏。


 彼はダブルピースをしたまま、俺を見て顔をこわばらせていた。きっと俺も同じ顔をしていることだろう。


「あ、あ、どうも……。今、ご紹介にあずかりました松永幸太郎です……」


「おっ、おう……ワシは重蔵ッチだ……」


 そうして俺と重蔵氏は見つめ合ったまま、しばらくフリーズしていたのだった。

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