90 実演

「オウイエ、イッツファンタスティーーック!!」


 ベッドルームに広がっていく柔らかな光に大家さんが感嘆の声を上げる中、当の重蔵氏は目を大きく見開いたまま光に包まれる自分の体を凝視していた。


「こ、これは一体…………!?」


「かなりの魔力が消費されていくのを感じます。重蔵お爺様ったら本当に重症でしたのね……。このような状態で毅然きぜんとした態度を取られていたことは感服いたしますわ」


 伊勢崎さんが『治癒ヒール』の光を放ちながら冷静な声でつぶやく。


 さらにボソリと「『光雷ライトボルト』を撃たなくてよかったかも。撃っていたら今頃は――」なんて声も聞こえたのだけれど、うん、聞かなかったことにしよう。


 そうしてしばらく経ち、『治癒ヒール』の光がふわりと霧散していった。残光を見届けた伊勢崎さんは俺からそっと手を離すと、探るような瞳で重蔵氏を見つめる。


「重蔵お爺様……それで、お体の具合はいかがですか?」


「む? 具合もなにも以前と――いや……こ、これはっ!?」


 ベッドからがばりと体を起こし、自分の腕をぐるっと回したり体をべたべたと触り始める重蔵氏。やがて彼は驚きの混じったかすれた声を漏らす。


「……か、体の痛みやダルさが……消えて……いる……のか? バカなありえん! こ、これは一体どういうことなのだ……!?」


 それを聞いた伊勢崎さんは俺の隣にぴったりと並ぶと、得意げにむんっと胸を張った。


「回復魔法『治癒ヒール』で重蔵お爺様の病魔を取り除きましたの。この魔法はおじさまのお力あっての賜物たまものなのです。どうですか重蔵お爺様? おじさまはすごいでしょう!? そのことを重蔵お爺様も今すぐお認めになったほうがよろしいかと思うのです! そうですよね、わかります。でしたらほら、私に続いて復唱してくださいませ。『おじさまはすごい!』さあ、どうぞ! さあ!」


 いやいや、変なことを重蔵氏にやらせるのは止めてよね? というか回復魔法は伊勢崎さんの力だし、俺はその手助けをしているだけなんだけどね。そしてそんなよくわからない伊勢崎さんの言葉に対して重蔵氏は、


「こ、これが魔法、魔法だと言うのか!? だからそういう妄想は止め……いや、しかしこれは……ワシの身体はたしかに……ま、まさかそんなバカなことが……だが……」


 さすがに混乱しているようだ。頭を抱えながらぶつぶつと言葉にならない言葉を口にしている。


「ヘイユー。年寄りの固いアタマをアプデするには時間がかかるものなのさ。だからしばらくはそっとしておいてやるんだね。レッツチルアウト」


 ひょいと肩をすくめる大家さん。そういう大家さんは伊勢崎さんの異世界の話をすんなりと信じたと聞いてはいるんだけどね。しかし本来ならたしかにそのとおりだ。


 ここはゆっくりじっくりと時間をかけて、彼にリラックスしてもらいつつ魔法の理解を深めてもらったほうがいいだろう。俺は重蔵氏になるべくやさしく話しかける。


「あの、城之内さん。よろしければお茶でも飲んで落ち着きませんか? お口に合えばいいんですけど」


「む、おぉ……? こ、今度はなんだというのだ?」


 未だ焦点の定まらない眼でこちらを見上げる重蔵氏に、俺は『収納ストレージ』からお茶のペットボトルを取り出しそっと差し出した。


 だがそれを見て、重蔵氏はあんぐりと口を開ける。


「はぁっ!? なっ、なぜいきなり茶が!? て、手品? ……い、いや、たしかにワシには空間から突然出てきたように見え……」


「はい、これは時空魔法というものです。いろいろと保管ができてすごく便利なんですよ。ほら、見てください」


 俺はさらに『収納ストレージ』から紙コップを取り出して、重蔵氏に見せてあげた。


「とりあえずお茶でも飲みましょう。……あっ、それともやっぱりペットボトルのお茶はお気に召しませんか?」


 VIPな人物にコンビニで買ってきたペットボトルのお茶は失礼だったろうか。だがそんな俺の心配をよそに重蔵氏は乾いた声を上げる。


「は、ははっ……そうか、魔法か。これが……魔法なんだな、なるほど、なるほど。うむ。ははは……あは……はははは……」


 うつろな目で天井を見上げたまま、ぐったりとベッドに横たわる重蔵氏。彼はそのまま枕に頭を置くと、目と口を大きく開いたままピクリとも動かなくなってしまった。


 そしてそんな様子に大家さんは「あんたがトドメを刺してどうすんだい」と呆れた声を漏らしたのだった。

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