89 わからせましょう

 俺と重蔵氏の間にゆらりと割って入った伊勢崎さん。


「重蔵お爺様……およしになってください。これ以上、私のおじさまに対する暴言を許しません。……ええ、絶対に許さない」


 そんな彼女の静かな怒りをにじませたような声色に、さすがの重蔵氏も動揺したのだろうか。彼は目を泳がせながら言いつくろうように答える。


「い、いや、ワシは聖奈ちゃんのためを思って言っておるのだ。たしかにまだ若い聖奈ちゃんからすればワシの言葉はわずらわしく感じるかもしれん。……だがな、この世には甘い汁を吸おうといやしくうごめくカスのようなやからがいくらでもいるのだ。こういうのは一度きつく言い聞かせておいたほうがだな――」


「おじさまは私を騙したり利用したりするような人じゃありません。むしろいいように扱ってくださった方が嬉し――コホン、とにかくですね、私はおじさまに絶対の信頼を置いているのです。これは未来永劫変わりません。なにより、異世界の話を信じない重蔵お爺様が口出しする話ではありませんわ」


 政財界へも影響があるという大物、城之内重蔵氏を前にして、ピシャリと言い放つ伊勢崎さん。


 彼女が俺をここまで信頼してくれているのは嬉しい……んだけど、なんだかちょっと怖い。


 しかしそんな伊勢崎さんの反論にも、重蔵氏は困ったように眉を下げ、ため息混じりに語りかけるのだった。


「はあ……。聖奈ちゃん、今はまだいいだろうが、そろそろ現実と向き合うことも大事だぞ。少しずつでいい、世の中を見て、常識を学び、健やかに心を癒やしてくれ。そうでないとこの松永のように異世界などと言うまやかしを餌に、取り入ろうとする男がいくらでも湧いて――」


 つらつらと語る重蔵氏に伊勢崎さんがぼそりとつぶやく。


「……これ以上の暴言は許さないと言ったはずですわ……」


 彼女の肩がぷるぷると震え始めた。その背中からは黒いオーラが揺らめいて視えるのは気のせいだろうか。


「――おじさま……お手をお借りしても?」


 ふいに伊勢崎さんが俺に振り返った。その表情には感情がまったく見えず、端正な顔も相まってまるで精巧な人形のようだ。


「い、いや、伊勢崎さん? いったい何をするつもりなのかな……?」


 差し出された手を握ることなく俺は尋ねる。すると伊勢崎さんがなんてことのないようにあっさりと答えた。


「少し重蔵お爺様を差し上げましょうかと。そうですね……『光雷ライトボルト』でも撃ち込めばきっとわかってもらえると思いますの」


「いやいや、それじゃ死んじゃうでしょ!?」


光雷ライトボルト』はたしか伊勢崎さんがレヴィーリア様におしおきしたときの魔法だ。その直撃を受けたレヴィーリア様は幸せそうにビクンビクンとしていたけれど、アレは例外中の例外だろう。


「うふふっ、大丈夫です。さんざんレヴィに撃っていたのですから。今の私にかかればギリギリのラインを攻めることも可能ですわ」


「と言っても万が一だってあるかもしれないじゃないか。というか、そんなことよりも……。ほら、しっかり理解してもらえて、そのうえ喜んでもらえる魔法がひとつあるじゃないか。そっちにしようよ」


「ですが……」


「伊勢崎さんも元々はそのつもりだったんじゃないの? 病院に行く前から俺になにか言いたそうにしていたじゃないか」


 伊勢崎さんは元大聖女。そして親戚には世話になったこともあり、余命いくばくもない重蔵氏がいる。


 心優しい伊勢崎さんのことだ。きっと頭の中には重蔵氏に唱えてあげたい魔法がひとつあったはず。


 しかし伊勢崎さんは俺が魔力を供給しないと魔法が使えない。魔法を使うことで俺になにか迷惑がかかると思ったのだろう。彼女がなかなか言い出せない様子はみてとれた。少し話をしてから背中を押してあげようと思っていたのだけれど。


 伊勢崎さんはうつむきがちに声を漏らす。


「たしかにおじさまの言うとおり、私にもがありました。ですけれど……さすがにここまでおじさまを侮辱されると、私も気が変わってくるといいますか……」


 暗い瞳で重蔵氏を見つめる伊勢崎さん。明らかに伊勢崎さんは怒っている。俺のために怒ってくれるのは嬉しくもあるけれど、ここは穏便に済ませたいところだよ。


 そんな時――


「――ヘイ、聖奈。クールダウンだ」


 大家さんの鶴の一声が飛んできた。


「よく考えてみな、ここで貸しでも作ってやったほうが、後々このジジイを扱いやすくなる。そしてこき使ってしぼり取ってやればいいのさ。そっちのほうが松永君のためになるし、お前の溜飲りゅういんだって下がるだろう?」


 大家さんの言葉に、伊勢崎さんは顎に手を添えながらうつむいた。髪に隠れてその表情は見えないけれど、ここは俺からも言っておいたほうがよさそうだ。


「そのほうがいいよ。それにお世話になったのなら、ここでお返しもしておこう。ね?」


 すると伊勢崎さんがスッと顔を上げた。その顔は普段どおりの伊勢崎さんだ。瞳にも光が宿ったようにも見える。


「おじさま、お婆様……。たしかにお二人のおっしゃるとおりですわ。私は少し頭に血が上っていたようです。申し訳ございませんでした。……それではおじさま、お手を」


「うん」


 俺は今度こそ伊勢崎さんの手を握る。するとそこで重蔵氏。


「お? なんだ、いきなり手なんか繋ぎやがって。いい歳こいた男が女子高生の手なんか触ってるんじゃあない」


 再び光を失った瞳で俺を見る伊勢崎さん。 


「おじさま、やはり『光雷ライトボルト』でも……」


「だめだめ」


「むう……」


 口を尖らせた伊勢崎さんは、手を繋いだまま重蔵氏に向き合った。


「最初に言っておきますが、これはおじさまあっての魔法です。おじさまに最大限の感謝をなさってくださいませ。ではいきます――」


「お? お? 何をするつもりだ? 聖奈ちゃん、少し目が怖いんだが」


 ベッドに腰掛けたまま後ずさる重蔵氏。それを追いかけるように手を前へと差し出す伊勢崎さん。彼女が言葉を放つ。


「『治癒ヒール』」


 その瞬間、柔らかな光がベッドルーム中に広がっていったのだった。


――後書き――


 本作品が第8回カクヨムWeb小説コンテストの中間選考を突破しました!


https://kakuyomu.jp/contests/kakuyomu_web_novel_008


 読者選考によるランキング上位作品がノミネートされるとのことなので、まさに応援してくださった読者さんのお陰です。これからもがんばりますので、応援よろしくおねがいします!

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