57 見事な連携だ

 呆然とアースドラゴンを見上げる冒険者たちに、リーダーが大声を上げた。


「おいっ! 足を止めるんじゃねえ、続けるぞっ!」


「おっ、おおおっ!」


 その声にハッと気を取り直し、武器を構える冒険者たち。


 すぐさま後方から矢と火球が飛び、アースドラゴンの動きを鈍らせると、再び前衛たちがアースドラゴンに挑んでいった。


 その中でも特にギータの動きが目立つ。彼は人一倍ちょこまかと動くことで気を引き、華麗な身のこなしで前脚をかわしては、アースドラゴンの隙を作っていた。


 そうしてできた隙に、リーダーや他の前衛が己の武器を振り下ろして攻撃を仕掛ける。統率のとれた見事な連携だ。


 しかし、冒険者たちがどれだけ鋭い攻撃を繰り返しても、アースドラゴンの硬い鱗はそのすべてを跳ね返していた。


「亀のクセに甲羅以外も硬えのかよ……」


 隣の弓使いからはそんな愚痴も聞こえていた。



 それから、若干の焦りと疲労を顔に浮かべつつも冒険者の攻勢が続いていたのだが――


「グロオオオオオオオオォォォン!」


 目の前を動き回る冒険者に、イラついたように大きな咆哮を上げるアースドラゴン。


 アースドラゴンは突然その両前足を勢いよく振り上げると、その勢いのままに後ろ足だけで立ち上がった。


「気をつけろ! ……なにか来るっ!!」


 鋭い声を上げるリーダー。


 その直後、アースドラゴンは意外なほど俊敏な動きでクルッと半回転し――


 遅れてやってきた太くて長い尻尾が、うなりを上げて冒険者たちに襲いかかった。


 ドゴンッッ!!


 まるで衝突事故を起こしたような鈍い音が響き、吹き飛ばされる冒険者たち。


 宙を舞った彼らは、そのまま受け身を取ることもなく無防備に地面に落下して、またもや鈍い音を立てると――


 それきり動かなくなった。


 辺りはシンと静まり返り、アースドラゴンのトラックの排気音にも似た吐息の音だけが微かに聞こえている。


 そんな中、ひとりだけ膝をつき、立ち上がろうとしているのがギータだった。


「ギータ!」


 悲鳴のような声を上げ、シリルが走りだした。


「くっ、来るなシリル!」


 だがシリルはそのままギータに駆け寄ると、手から淡い光を放つ。


「酷い怪我……。すぐに私が――」


 しかしすでに目の前にはアースドラゴンがいた。


 アースドラゴンが前脚を振り払うと、紙切れのようにシリルとギータは二人まとめて吹き飛ばされる。砂と泥にまみれながら地面をゴロゴロと転がっていく二人。


 今度こそギータも、そしてシリルも動くことはなかった。


「あへ……」


 すると今度は近くで変な声が聞こえた。


 横を見ると俺の隣にいた痩せ男が膝からがくりと崩れ落ちるところだった。そのまま気を失って地面に伏せる男。


 これは魔力切れの症状だ。伊勢崎さんに聞いたことがある。さっきから幾度となく火球を放っていたので、ついに限界が訪れたのだろう。


 そして倒れた痩せ男を見下ろしながら、弓使い二人が震えた声を漏らす。


「ひ、ひぃぃ……」

「も、もう無理よぉ……」


 ガクガクと震える弓使いの男と女。その目には涙すら浮かんでいる。


 前衛を蹴散らしたアースドラゴンは、今度はこちらに向かって歩き出していた。


 弓を撃つことなく、呆然とその様子を眺めていた二人は、


「ひ、ひいいっ! た、助けてくれっ……!」

「いやっ、もういやあああああああー!」


 突然背を向けると、叫び声を上げながらこの場から逃げ出した。


 前衛は全滅。後衛も同じ有様。


 そのような状況で呼び止める間もなく、俺が逃げ出した二人の背中を眺めていると――


「ヒヒッ」


 いきなりアースドラゴンが声を発した。


 いや、違う。


 声を発したのは、いつの間にかアースドラゴンの甲羅の上に立っていたローブを着込んだ男。このアースドラゴンを召喚した男だった。


「ヒヒヒッ、逃げたって無駄なことだ。向こうには別の賊を潜ませてあるからな。それで……お前は逃げないのか? もしかしたら運良く逃げられるかもしれないぜ?」


 どうやら一人だけ取り残された俺に言っているらしい。目深まぶかにかぶったフードからは、あざけるような歪んだ口元だけが見えた。


 俺は言葉を返すことなく、自分の中で自答する。


 逃げる。逃げる……ねえ。


 たしかに逃げるだけなら、俺には簡単にできる。


跳躍ワープ』を使えば今すぐにでも逃げられるだろうし、『次元転移テレポート』を使えば、アースドラゴンが次元の向こうまで追ってくることはもはや不可能だろう。


 でも、伊勢崎さんを残して逃げられない。逃げたくない。その気持ちだけがあった。その思いだけが、俺をこの場に踏み止まらせていた。


 黙っている俺に、ローブ男がつまらなそうに肩をすくめる。


「なんだ、もう諦めたのか? それとも立ったまま腰でも抜かしたのか? ……まあいい。やれ、アースドラゴン」


「グオ……ン」


 返事をするように鳴いたアースドラゴンは、前脚を振り上げると――俺の頭上に振り下ろした。


 目の前が真っ暗になるほどの巨大な足の裏が頭上から降ってくる。


 だが――


 もしかしたらいけるのでは? そんな考えは、常に俺の頭の中にあった。


 俺はそっと手のひらを頭上に突き出すと、いつもの異空間を広げた。



 ――その直後。


 パラパラと砂の落ちる音がした。しかし、いつまで経っても足が落ちてこない。


 覚悟は決めていても、いつの間にか目をつぶっていたらしい。ただの一般人のおっさんだし、仕方ないよね。


 俺はそっとまぶたを開き、顔を上に向けた。


「あら……」


 思わず気の抜けた声を漏らした俺。


 そこには異空間と、異空間に阻まれてピタリと止まったアースドラゴンの足裏だけが見えていたのだった。

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