56 アースドラゴン
――ズン……。ズゥゥン……。
地響きを立てながら、一歩、また一歩とアースドラゴンが俺たちに迫ってくる。その動きはさほど早くはない。
だが巨大なだけあって一歩が大きく、思った以上の速度でこちらに迫ってきていた。
「おっ、おいっ! これどうすんだよっ!」
ツバを飛ばしながら声を荒らげたのは、短剣を握る小男だ。たしか斥候が得意な冒険者だったはず。リーダーは腰に帯びた剣を抜きながら面倒くさそうに答える。
「ああ? そりゃあなんとかして倒すしかねえだろ」
「なんとかって……やれんのか? アースドラゴンだぜ? 自慢じゃねえが俺ぁドラゴンを見るのも
「へえ、そうなのか。俺は一度だけアースドラゴンを見たことがあるぜ。そのときはケツまくって逃げたけどなあ」
「そ、それじゃ、今回も逃げ――」
顔をこわばらせながら声を漏らす小男。だがリーダーが鋭い声で言葉を
「それ以上言うな。俺たちはお貴族様に召し抱えられてんだぜ? ここで逃げたら俺らはお貴族様を見捨てた罪人になる」
「そんなぁ……」
泣き顔でつぶやく小男。だがそれをギータが鼻で笑う。
「ヘッ、なに言ってんだ。ドラゴンなんだぜ? 倒せば一気にドラゴンスレイヤーの仲間入りだ。いつか倒してえとは思っていたが、まさかここでチャンスが舞い降りてくるなんてよお。俺はツイてるぜ……!」
口角を吊り上げながら、食い入るようにアースドラゴンを見つめるギータ。それを見たリーダーもまた不敵に笑った。
「そのとおりだぜギータ。負ければ死ぬ、逃げたら一生お尋ね者。……でもよお、倒せばアースドラゴンの素材で一攫千金、さらには名を上げることもできる。悪くねえ話だ。そうだろう?」
「そ、そうだ!」「や、やってやる、やってやるぞ」「まだ負けるって決まったわけじゃねえ」「絶対に生き残ってやる!」
口々につぶやく冒険者たち。それを見てリーダーは手に持つ長剣を掲げ、これまでで一番の大声を上げた。
「よっしゃあ、その意気だ! 根性見せるぞお前らァ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げる冒険者たち。彼らがアースドラゴンを睨みつけながらそれぞれの武器を構える。そこで背後から声が届いた。
「マツナガさんはこちらに!」
振り返ると、そこには弓使い二人と一緒に並ぶシリルがいた。護衛対象の俺は後衛のラインまで下がっておけということだろう。
正直なところ、今すぐにでも伊勢崎さんのいる馬車の元へと向かいたい。
しかしすでに馬車の周辺では騎士と賊の戦闘が始まっており、とても素人が近づけるような状態ではなかった。『
やむなく俺はシリルがいる後方へと走った。そして俺が到着すると同時に弓使い二人が弓をぐっと引き絞り、矢が放たれる。
ヒュッと音を立てながら飛んでいった二本の矢は、おそらく狙いどおりにアースドラゴンの首元に命中した。
しかしアースドラゴンの強固な皮膚を貫くことはできず、そのまま力なくポロリと地面に落ちると、
「――『
すぐさま、すでに詠唱を行っていた魔術師の痩せ男が火球を放った。
「うおっ、あぶねえ!」
叫んだのは前衛の一人。火球は屈んだ彼の頭上を弧を描きながら飛んでいき――
ボンッ!
爆発音を響かせ、アースドラゴンの前脚に命中して弾けた。
「よしっ!」
拳を握りしめる痩せ男。
――だがアースドラゴンはそれを気にするそぶりも見せず、さらに一歩、足を前に動かした。
「クソッ、効いちゃいねえぞ! 後衛は急所を狙って援護してくれ! お前ら、行くぞ!」
リーダーの声で、一斉に前衛の冒険者たちが走り出した。同時に攻撃を再開する後衛たち。
冒険者の頭上を矢と火球が通り過ぎ、今度はアースドラゴンの顔面に直撃する。顔面に火球を食らったアースドラゴンが顔をそむけて歩みを止めた。リーダーが叫ぶ。
「今だっ!」
一気に迫る冒険者たち。各々が手に持つ武器でアースドラゴンを切りつけようとした瞬間――
アースドラゴンは無造作に前脚を真上に上げ、冒険者たちのいる大地に向かって振り下ろした。踏まれれば即死は免れない。
ズウン……!
大きく地面が揺れ、地響きが鳴った。
だが冒険者たちは素早く散開し、アースドラゴンの踏みつけを
「おらああああっ!!」
斧戦士は吠えながら飛び上がると、地面についたままのアースドラゴンの前脚に向かって、その重厚な斧を振り下ろした。
ガキンッ!
しかし鉄を叩いたかのような硬い音が響き、斧戦士の方が弾き飛ばされてしまった。斧戦士はそのままバランスを崩し、背中から地面に落下する。
「グルオオオン!」
すると咆哮を上げたアースドラゴンは、まるでうざったいハエを払いのけるように前脚を内側から外側へと払った。そこにいたのは斧戦士だ。
「ぐあっ!」
ただ前脚で軽く払われただけで、ボールのように吹き飛んでいく斧戦士。
そして激しく地面に叩きつけられた斧戦士は地面をゴロゴロと転がった後、ピクリとも動かなくなってしまった。
「ウソだろ、おい……」
それを見て息を呑む冒険者たち。その中でアースドラゴンはさらなる前進を無慈悲に続けるのだった。
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