55 赤い月の夜
「あ? どうしたんだよマツナガさん。月なんか眺めてさあー」
ヘルシーなサラダチキンを食べ終わり、真っ赤な月を眺めていると、ギータから声をかけられた。
「いやあ、なんか不気味な色で不吉だなーって思ってね。そう思わない?」
「えーそうかあ?
ちらっとだけ夜空を見つめ、すぐに興味をなくすギータ。
どうやら彼らからすると、この月の色はさほど珍しいものでもないらしい。あまり月の色を気にしては変に思われそうだ。
「あー……まあ商売してるとさ、どうしても気になるもんだよ。それよりも今夜の寝ずの番はギータなんだね。ご苦労さま、よろしく頼むよ」
「おうっ! 任せておきな!」
明るい表情で拳を握ってみせるギータ。
寝ずの番は前半後半で交代しながら一人が担当している。おかげで俺はいつも安心して寝ていられるのだ。大変ありがたいことだよ。
ちなみに俺や他の冒険者たちはいつも焚き火のそばで寝ているのだが、レヴィーリア様と伊勢崎さんが寝ている馬車はそこから少し離れた場所にある。
まあ貴族としては寝所に冒険者を近づけるわけにもいかないってことなんだろうけど、身辺を守る騎士にも寝ずの番がいるので安心だ。
そしてこの夜も焚き火の音を聞きながら星空を見上げていると、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。
◇◇◇
「……んう?」
なんとなく目が覚めた。顔を横に向けるとまだ焚き火の炎が赤々と揺らめき、今はまだ夜だということがわかる。
今までこんな時間に起きたことはないのだけれど、寝る前に不吉な月を見ていたせいなのだろうか。
夜空を見上げると、寝る前と変わらず赤い月が妖しい光を放っていた。
「なんだマツナガさん。ションベンか?」
焚き火のそばのギータから声をかけられた。どうやら俺の眠りは浅かったらしく、彼の交代時間はまだらしい。そういえば、こないだも別の冒険者に同じように声をかけられたな。
まあ普通に考えると、トイレくらいしか夜中に起きる意味はない。ここにはコンビニもネットカフェもないからね。
せっかくだから用を足してこよう。そう思い、寝袋から抜け出して立ち上がった次の瞬間――
ドスッ、ドッ、ドッ、ドドドッ、ドスッ!
遠くで硬い物が何かに突き刺さるような音がした。何事かと思い、音のした方に顔を向けると――
バスンッ!
今度は俺の足元からも音がした。足元の寝袋には――え? 矢? 矢が突き刺さっている!?
「おいっ、みんな起きろ! 賊だっ!!」
ギータの大声に一斉に飛び起きる冒険者たち。
えっ!? はっ!? 賊だって!? 俺はさっき音がした方――馬車の方角を見た。
赤い月に照らされた馬車のシルエットには、何本もの矢が刺さっている様子が見てとれた。
「伊勢崎さんっ!!」
声を上げる俺。だが馬車からはなんら反応がなく、その近くにいた騎士が大慌てで馬車の中へと入っていくところが見えた。
だがその直後、脚に矢が突き刺さり、騎士がガクリと膝をつく。
なんだ、これ。一体、何が起きてるんだ?
「ヒャアッ! 行くぞ野郎ども、皆殺しだ!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオォーーッ!!」
突然の雄叫びに振り返ると、岩場の陰から長剣や短剣を手に持った粗末な服装の男たちが、こちらに向かって駆け出していた。
その数は二十人以上だろうか。こちらの数を大きく上回っている。
「レヴィーリア様をお守りしろっ!」
無傷の騎士二人が馬車の前に立つ。そのうちの一人が両手を上に掲げた。
「大地よ、我に力を与え給え! むうんっ!
騎士の声を共に、頭上に土色の
土色の柱は賊の集団を割くようにその真ん中に飛び込むと、直撃を受けた数人が車に跳ねられたように弾き飛ばされた。
思わず足を止める賊たち。その中の一人が叫ぶ。
「クソッ、ナメたマネしやがって! おい先生! さっさとやってくれよ!」
すると賊たちの後ろから、黒いローブを着た人物がスウッと音もなく現れた。
その人物は賊たちの前に立つと、右手をこちらに向かって伸ばす。
「――『
妙に響く、男の声が耳に届いた。
短くそれだけを呟いた男の眼前には、テニスコートほどの広さの赤い紋様が浮かびあがる。それはまるでアニメで見た魔法陣のようだった。
そうして赤い魔法陣の中から這い出るように現れたのは、大型トラック何台分になろうかというほどの巨大な生物。
その皮膚は硬そうな鱗に覆われ、顔立ちはトカゲのように無機質。その歪んだ口元からは、鋭い牙が並んでいるのが見えた。
前脚はとても太くたくましく、その重量感たっぷりの足で踏みつけられれば、自動車なんかは一撃でペシャンコになりそうだ。
そして一番の特徴は、なんといっても背中を覆う分厚く巨大な甲羅。俺たちの前に現れたのはとても大きな大きな――亀だった。
「まずは目障りな冒険者からやる。お前らは馬車を狙え」
「おうよっ!」
ローブ男の命令に賊たちは馬車へと向かい、巨大亀はこちらに向かって一歩踏み出す。ズウンと足元が揺れるほどの地響きを起こった。
「ええ……。な、なんなんだ……アレ」
俺の声にも、横にいるギータはまばたきもせずに目を見開くだけ。周りの冒険者も同様だ。
代わりに答えたのは、いつの間にか冒険者たちの最前列に立つリーダーだった。
「アレはアースドラゴンだ」
「ドラゴンなんですか……。で、でもみなさん腕利きの冒険者なんですし、なんとかなりますよね?」
「アレはA級モンスターと言われているもんだ。俺たちが束にかかったところで……。はは、ちと厳しいかもな……」
リーダーはこちらに背中を向けたまま、かすれた声で答えるのだった。
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