54 プレゼント
「まあ……! これが異国の化粧品なのですか!?」
その日の朝。移動する馬車の中で伊勢崎さんはレヴィーリア様にコスメグッズを手渡した。
まるで宝石を見るようなキラキラした瞳でリップやファンデーションを見つめるレヴィーリア様。その様子に伊勢崎さんも口元を緩める。
「はい、きっとレヴィーリア様をさらに美しく保ってくださいますわ」
「イセザキ、ありがとうございます。こちらはおいくらになるのでしょう? すぐにホリーに用意させますわ」
しかしもちろん伊勢崎さんはプレゼントのつもりなのだろう、短く答える。
「結構ですよ。これは私からレヴィーリア様への贈り物ですので」
「いえ、あなたたちご夫婦は行商です。物を売る職業の方から物を貰うだなんておかしいわ。クッションは馬車の運賃ということでなんとか納得はしましたけれど」
今も自らのお尻を守っているクッションを見て嘆息するレヴィーリア様。だが今回は伊勢崎さんも引かなかった。
「……レヴィーリア様。おそれながらレヴィーリア様は私を友人と言ってくださったのではございませんか? 友人から友人にプレゼントを贈ることは、なんらおかしいことではありませんわ」
町でのお茶会の席で、たしかに俺たちはレヴィーリア様から強引に友人ということにされていた。その言葉にレヴィーリア様はハッと伊勢崎さんを見つめ、そしてはにかむように笑った。
「イセザキ……。そうね、友人なら当たり前ですわ。本当に嬉しい、ありがとうっ!」
大切にコスメセットを抱きかかえるレヴィーリア様。それを見て伊勢崎さんも満足そうに目を細めた。受け取ってもらってよかったね。
「中を見てもよろしいかしら?」
「ええ、もちろん」
伊勢崎さんが答えると、レヴィーリア様はさっそくコスメセットの蓋を開いた。そしてひとつずつ取り出しては楽しそうに見つめる。
それを何度か繰り返してるうち、彼女がふとつぶやいた。
「うふふ、プレゼントをいただくなんて何年ぶりでしょうか……」
さすがに伯爵令嬢ともあろうお方が、プレゼントを貰うのが久しぶりってことはないだろう。リップサービスってやつかな。
――そんな俺の考えが表情に出ていたのか、顔を上げたレヴィーリア様がいたずらっぽく笑った。
「あら、伯爵の娘なら様々な贈り物が届けられるだろうと思ったのかしら?」
「えっ、いや、まあ、ハイ……」
素直に答えてしまった俺に、レヴィーリア様はどこか遠い目をしながら答える。
「わたくしに贈り物が届けられるようなことはありませんでした。そもそもわたくしは社交界に出ることを禁じられておりましたから。周りの貴族からも腫れ物のように思われているのでしょう」
「えっ、それは……?」
社交界っていうのは多分貴族同士の交流みたいなアレだろう。伯爵令嬢なら当然そういうのに出ていそうなイメージだけど。
「社交の場にでていたのは姉のデリクシルのみ。姉が言うには、わたくしのような粗野な者は社交の場にふさわしくないとのことでしたわ。姉はわたくしを嫌っておりましたし、理由はなんでもよかったのでしょうけど」
「ですが、お父様が黙ってはおられないのでは?」
貴族にとってお互いの交流は大事なはずだし、その社交の場に娘を出さないのはおかしいと思う。
俺の言葉にレヴィーリア様は、はたと気づいたように目をぱちくりとさせた。
「ああ……マツナガは異国の方ですし、知らないですわよね。……わたくしは妾腹の子なのです。父も世間体ゆえ認知しておりますが、それ以上表に出すことを望まないのでしょう。まあ、わたくしも社交には興味はありませんでしたので、そのことに反発することはなかったのですけど」
ハンッと息を吐くレヴィーリア様。というか、どうやら思っていたより家族仲が冷え切ってる気がする。いまさらだけど、これって聞いてしまってよかったのかな。
内心ヒヤヒヤとしているところで、さらにレヴィーリア様は眉根を寄せながら言葉を続ける。
「ですが……今回の前線都市グランダの代官就任を強いたのは度が過ぎていますわ。根回しも完璧で、わたくしにはどうすることもできませんでした。……そういう意味では今回はいい機会です。姉はわたくしに何をさせたいのか、じっくり話をさせていただきましょう。もしかすると藪をつつくことになりかねませんが、その時は――」
ギッと爪を噛みながら眉をひそめるレヴィーリア様。たしかに紛争地域の前線の代官だなんて、嫌がらせの域を超えてる気がするけれど……。
「レ、レヴィーリア様。あまり思い詰めないほうが……」
そしてそういうきな臭い話は一般市民の俺や伊勢崎さんに聞かせないでほしい。レヴィーリア様はハッと口を開くと、気を取り直すようにオホホホと笑った。
「オホホホホ! 話がそれてしまいましたわね。忘れてくださいまし。それにプレゼントを貰ったことがないわけではないのですよ? かつて敬愛するお姉さまからはよくいただいたものです!」
「あ、ああ……。妻に似ているというあの方ですか。一体どのような物を?」
強引だけど、話が変わってホッとしたよ。俺は胸を撫で下ろしながら続きを促すと、レヴィーリア様は満面の笑みを浮かべて答えた。
「ええっ! お姉さまからは本当にいろいろな物をいただきました。鬼面ゼミの抜け殻や黒くてつやつやした石に丁度よい木の枝。大量のマダラドングリは今でも小箱に入れて大切に保管していますの! 今度グランダに戻ったら見せてさしあげますわね!」
「はは、それは楽しみですね……」
思わず愛想笑いをする俺。プレゼントはどう考えても男子小学生みたいなセレクションなんだけど。幼少期の伊勢崎さん、一体どんなんだったんだ……。
ちらっと伊勢崎さんを見ると、彼女は顔をこわばらせながら器用に微笑んでいた。なんというか、このことはあまり深く追及しないほうがよさそうだ。それがきっと優しさというヤツなんだろう――
――そんな風に貴族社会の闇をチラ見したりもしながらも、旅は順調に進んでいった。
そして道中もようやく半分を過ぎた六日目。
夜の野営の時間になり、夕食を食べながら夜空を眺める。その夜の月は禍々しく赤く輝いて見え、俺をなんだか陰鬱な気分にさせていた。
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