52 深夜の秘め事

 楽しい宴会から二日過ぎた夜のこと。


 そろそろ約束の時間だと気づいた俺は、やや飽きてきた感のある満天の星空を眺めるのを止め、寝袋からもぞもぞと抜け出す。


 その様子に、焚き火の近くで寝ずの番をしていた冒険者から声をかけられた。宴会で弓女子を口説いていたマッチョ斧戦士だ。ちなみにアレは失敗に終わったみたい。


「ん? なんだマツナガさん、ションベンか?」


「ああ、いや。ちょっと妻に会ってきます。帰ってくるまで少し時間がかかると思いますから、気にしないでいただけると」


 そんな俺の曖昧な返事に、冒険者がニチャアと鼻の下を伸ばした。


「ふーん、あの若くて美人の奥さんと密会かあ……」


「はは、そんなところです」


「うへへ……もう三日目だもんなあ。マツナガさんも溜まってくる頃だろうし仕方ねえよな」


 うんうんと物知り顔で頷く冒険者。たしかに俺の我慢は限界である。もう明日の夜までは我慢できない。


「まったく羨ましいったらねえぜ。でも危ないからあんまり遠くに行くなよ?」


「ええ、なるべく近場で済ませます」


「ウヒヒッ、それなら声はなるべく抑えねえとな?」


「はい、気をつけますね」


「あっ、よく考えたらそれは俺がつまんねえかも……。まあいいや、それじゃゆっくりと楽しんできな」


 ニヤつきながら手を振る冒険者に頭を下げつつ、俺は馬車が停まっている場所に向かった。


 そうして馬車から少し離れた場所には、ぽつんと立つ伊勢崎さんの姿。俺に気づいた伊勢崎さんが駆け寄る。


「おじさま……」


「うん、いこうか」


 俺たちは寄り添うように歩き出すと、そこから人気ひとけのない場所へと向かう。


 候補地は明るいうちからすでに目星を付けていた。人が二人くらいなら余裕で隠れることができるあの大岩だ。俺たちは辺りに人がいないか気にしながら、大岩の陰へとスッと入った。


「伊勢崎さん、服はどうしようか?」


 俺の問いかけに伊勢崎さんは周りをきょろきょろと見回し、恥ずかしそうに目をそらした。


「いつ人が来るかもわかりません。ですから……このままやってしまいましょう?」


「それも仕方ないか……。それじゃあいくよ」


「はい、おじさま……」


 俺が伊勢崎さんの手を握ると、彼女もきゅっと握り返してきた。そのぬくもりを感じながら――


「『次元転移テレポート』」



 俺たちは、日本のマンションに戻ってきた。


 まずは時刻を確認する。まだ日本ではショッピングモールから戻ってきてから一時間ほどしか経っていない。


 本当に時間が進むのが遅い。異世界に入り浸っていたら、こっちの人から見ればすぐ老け込んでみえることだろう。いちおう若返り魔法は一年くらいを目処にやってもらえる約束だけどね。


「さあ、伊勢崎さん急ぐよ!」


「はいっ!」


 俺の声と共に、伊勢崎さんが俺の部屋へと駆け込んだ。そこで伊勢崎さんが日本の私服に着替え、俺はこの場で着替えるのだ。


 本当は異世界で着替えたほうが時短になるのだが、大自然の中で着替えるというのは人目がなくともハードルが高い。伊勢崎さんが恥ずかしがるのも無理はない。


 俺は未だに慣れないどこかざらついた肌触りのシャツやズボンを脱ぎ捨てると、こっそりこれだけは使っている日本のパンツ一丁の姿となった。風呂には入れていないが、『清浄クリーン』の魔法のおかげでいつも清潔だ。


 そうして俺が上着を着てズボンを履き終えた直後、バタンと俺の部屋の扉が開いた。


 そこには私服に着替えた伊勢崎さんが立っていた。よっぽど急いだのか、髪も衣服もやや乱れている。そこまで急がなくていいのに……。


 伊勢崎さんがハアハアと肩で息をしながら悔しそうにうつむく。


「くううっ、間に合わなかった……!」


「いや、そんなことない。十分早かったし、間に合ってるよ?」


「……え!? あっ、はい。そうでしたね!」


 ハッと顔を上げる伊勢崎さん。飽くなきタイムアタック精神は尊敬に値するけどね。


 なんと言っても今回の目的は買い出しだ。三日間の旅で早くも足りなくなってきた物や欲しくなった物、それらの購入が目的なのである。


 こちらの一分が向こうの十分である以上、夜の合間を縫っての買い出しは時間との戦いになるのだ。


 貯め込んだ水道水も結構減っている。俺は異空間を蛇口の下にセットして水を流し込むと、すぐさま伊勢崎さんとマンションから出たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る