34 河川敷

「ああーいい天気だなあ……」


 昼下がりの河川敷。


 俺は独り、穏やかに降り注ぐ日の光と、それをまばゆく反射させる川面を眺めながらつぶやいた。ちなみに伊勢崎さんは今日は学校である。


 その伊勢崎さん曰く、魔力量を測るには『収納ストレージ』を活用するのがいいらしい。『収納ストレージ』の収納量は魔力量に比例するので、収納量がわかれば魔力量の見当がつくのだそうだ。


 なお収納量を測るのに『収納ストレージ』に入れる物体は水がオススメとのこと。


 水なら無限にある――とまでは言わないけれど、海や河川に行けばいくらでもあるのだから納得の理由である。


 それで俺は電車に揺られ、辞めたばかりの会社の近くにある河川敷にきたわけだ。俺の気軽に行ける範囲で一番大きい川はここだった。


 ちなみに最初はこの河川敷に『次元転移テレポート』で跳ぼうと思ったのだが、うまくはいかなかった。


 実家やかつての母校にも跳べなかったので、どうやら俺は『次元転移テレポート』習得後に行った場所、もしくは伊勢崎さんと異世界に行ったときのように同伴者が強く思い描いた場所でないと跳べないようだ。


 そうして一時間かけて河川敷に到着した俺は、さっそく川の水を『収納ストレージ』する準備を行うことにした。


 俺が『収納ストレージ』でモノを中に入れる方法は二つある。


 ひとつ目はゴミ箱に使ったときのように異空間の穴を開けて、そこに放り込む方法。もう一つは俺の手に持ったモノを、念じることで直接『収納ストレージ』に転送させる方法だ。


 今回はひとつ目の方法。異空間の穴を開け、そこに川の水を流し込むことにした。


 異空間の穴の大きさは最大でマンホールほど。川の中にその穴を開けると、浴槽の栓を抜いたときのように川の水がシュゴゴゴゴと音を立てながら流れていく様子はなかなか面白かった。


 ――けれど、それも数時間となると飽きてくるわけで。


 なかなか満タンにならない『収納ストレージ』に俺は正直ダレてきていた。


 そもそもだ。最初のうちは水を眺めるだけでも面白くて気にもならなかったけれど、平日の河川敷で川をひたすら眺める男(無職)というのは、かなり不審者度が高い。ヘタすると通報されてしまいそうな気がしないでもない。


 なんだかもう作業を切り上げて帰りたくなってくる。


 しかし、周りの目が気になるし飽きてきたので帰りました――というわけにもいかない。そんなおっさん、伊勢崎さんも失望してしまうだろう。


 いつも俺をすごいすごいと持ち上げてくれる伊勢崎さんに、かっこ悪いところは見せられないのだ。俺はその一心で居心地の悪い河川敷で長い時間を耐え忍び――



 ――夕暮れ時になってきた頃、ようやく『収納ストレージ』の中が一杯になってきたのだった。


 容量的には高校時代の体育館ひとつ分といったところだと思う。なんとなくの感覚だけど。


 以前伊勢崎さんから聞いた話では、容量の大きい人でトラック一台分くらいだそうなので、それに比べるとかなりの大容量に思える。つまり俺の魔力量は人並み外れて大きいってことだ。


 その事実にどこか優越感も覚えながらも、まず最初に気になったことはといえば――


 『収納ストレージ』が満タンのままでは他のものが入れなくなるという現実だ。


 ……この作業はもう二度としたくない。そう心に深く刻み込みながら、俺は『収納ストレージ』から水を延々と吐き出し続けた。



 ◇◇◇



収納ストレージ』から水を吐き出しているうちに、あたりはすっかり暗くなってしまった。


 未だに全部吐き出したわけではないけれど、ある程度は中身に余裕ができたので、あとはチビチビと捨てていくことにして、俺は長らく居座った河川敷を後にした。


 疲れ果てたので一気に『次元転移テレポート』で帰りたいところだが、それだと今日一日、川の流れを眺めただけで終了してしまう。


 それはあまりにも悲しいので、俺は近くにある百均ショップに行くことにした。



 そうしてボールペンやらライターやらを爆買いして店員に変な目で見られた後、人気ひとけのない場所でテレポートをしようと細い路地に入った時のことだった。


 路地の奥の方から男女の声が聞こえてきた。


「ちょっ……! マジでやめろっての!」


「いいじゃん、ちょっと休んでいこうぜ? ほら、向こうにちょうどいい休憩場所があんじゃん?」


「あれってラブホじゃん! 行くわけねーし! てかカットモデル募集中って話はどこにいったんだっつーの!」


「はは、その前に仲良くなっておこうって話じゃん」


「うるせー! なにが『この路地がサロンの近道なんだ♪』だよ! ウチはもう帰るからな、手ェ離せよクソ!」


 ――バシッ


「痛って! おい、お前いい加減にしろよ……」


「は? 凄んでも怖くないんだが? は?」


 言い争う男女の声にヤバい空気を感じた俺は、こっそりと路地の奥を覗き込んだ。


 そこには女の腕を掴む男と、それから逃れようと暴れる女。その女の方……あれって、元同僚の相原じゃね?

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