32 ネズミ鍋
「おまたせしました~」
グツグツと湯気の立った鍋を持ってきた伊勢崎さんが、カセットコンロの上に鍋を載せた。鍋からは昆布だしのいい香りがふんわりと漂い、なんとも食欲がそそられる。
「さあさ、食べようかね!」
一番槍は大家さんだ。大家さんは箸をつっこみ、鍋の中から魔物肉をつまみ上げる。箸に挟まれた魔物肉は煮えているはずなのになぜか赤みを帯びていた。
「ヒューッ! 十分に煮込んだのに赤いまま。まるで生肉を食べるように錯覚をしちゃうねえ。超クールだけどお味のほうは……と」
かなりグロい見た目だが、大家さんは
「ジーーーーーザスッ! 旨味の凝縮がハンパないよ! いちど噛むと旨味が一気に広がる……まさに旨味の爆弾だよコレは! あたしもこの歳になるまでそれなりに良い物を食べてきたとは思うだけさ、その中でもこれほどの物を、しかも家庭の食卓でいただけるってなると、ちょっと記憶にないね……ってあたしを見てないで、松永君も聖奈もさっさと食べな!」
店では食べたことあるんだ、セレブってすごいな……などと思っていたところを大家さんに急かされ、俺も慌てて鍋の中に箸を突っ込んだ。
選んだのは魔物肉で作ったと思われる肉団子。こちらは切り身ほど赤くはなく、ほんのり赤い程度。そもそも串焼きのときには、まったく赤みを帯びてなかったのに不思議なものだね。
「それ、私が作りました。手でこねこね、こねこねこねとしまして……ふふっ」
「ああ、うん。そうなんだ。いただくね?」
話しながら手をくにくにと動かして手ごねをアピールする伊勢崎さん。妙に食べにくくなったのだが、思い切って肉団子を口の中に放り込んだ。
「ああっ……!」
なぜか声を上げて顔を赤らめる伊勢崎さんに見守られながら、俺は口の中の肉団子を味わう。
こちらは口の中に入れた瞬間、団子がホロホロと崩れていく。そのとろけるような柔らかさと共に、旨味が口の中に染み渡っていくようなやさしい味だ。
「はあ、はあ……」
そして肉団子を味わう俺を見つめたまま、伊勢崎さんは疲れたようにぐったりと畳の上に手をついていた。
まあ手ごねは面倒だろうし、今頃疲れが出たのかもしれない。俺としても料理してくれた二人に感謝して、じっくり味わって食べないとな。
俺は二人に感謝をしながら、再び肉団子を鍋からつまみだした。
◇◇◇
そうして三人で魔物肉に舌鼓を打ちつつ、楽しい夕食が進んでいく。箸休めの白菜を食べた後、大家さんが口を開いた。
「それにしてももったいないねえ。これだけ美味いのに日本で売れないってのはさ」
「ああ、やっぱり日本で売るのは無理ですか」
「売るだけなら出所不明の肉がロンダリングされたり闇市場で出回るってのは珍しい話じゃないけどさ、それじゃ本末転倒だろう?」
たしかに売れればいいってもんじゃない。俺は異世界で安く仕入れた物を高く売りたいのだから。
「それもそうですね。なにかこっちで売れるものがないかと考えているんですけど……」
「ヒヒッ、急に仕事を辞めたし、そんなこったろうと思ってたよ。まあ稼ぎ口なんざ慌てて決めてもロクなことにゃならんて、ゆっくり考えることさね。異世界に行けばいくらでも時間がとれるんだろ? あんまりゆっくりしすぎちゃあ、そのうちあたしと同じ歳になるかもしれないけどね、ヒャハハハ!」
「それ、笑い事じゃないですよ……」
などとガックリ肩を落とす俺に、伊勢崎さんが思い出したように声をかけた。
「そうそう、それですわおじさま」
「ん?」
「こちらと異世界との時間差についての解決策の話です」
「ああ、そういえば聞かせてくれるんだったね。せっかくだから今教えてもらってもいいかな?」
「もちろんですわ」
伊勢崎さんは箸を置くと、大家さんをいたずらっぽい目つきで見つめた。
「それではおじさまのことを笑ったお婆様に、実験台としてご協力願おうかしら?」
「ん、なんだい? 面白いね、何をしてくれたっていいよ」
大家さんも箸を置き、その場にどかっとあぐらをかく。なにをするかは知らないけれど、実験台という言葉にも動じないあたりさすがである。
「おじさま、こちらに……お手をお借りしますね」
伊勢崎さんと一緒に大家さんのそばに寄り、手を握られた。なにかの魔法を使うのだろう。
伊勢崎さんは精神を集中するように静かに目をつむった後、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「では……『
その直後、伊勢崎さんの手からキラキラした光が溢れていき、それがやさしく大家さんを包み込んでいった。
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