30 五分で帰宅

――「『次元転移テレポート』」


 ティータイムを終えた俺と伊勢崎さんは「エミーの宿」から「榛名荘マンション:松永幸太郎宅」へと戻ってきた。


 まずは時計をチェック。時刻は12時5分――えっ、五分しか経ってないの!?


「おじさま、異世界には五時間ほど滞在しましたから、異世界の一時間が地球の一分ということになりますわね」


 異世界で1時間過ごすと地球で1分。でも地球で1時間過ごすと異世界では10時間過ぎていた。どうやら転移をするとそれぞれ別の法則で時間が流れるみたいだ。


 とにかく地球で過ごしていると異世界では十倍の時間が流れ、しかし異世界にいる間はほとんど時間が進まないという感じで覚えておけばいいか。


「うーん、異世界に行っても時間が進まないのはいいことかもしれないけど、ずっと異世界で生活して地球の時間が進まないのも困るなあ。バランスを考えていかないと……」


 こちらには異世界にはないゲームやマンガ、テレビやネットといった日々更新される楽しいコンテンツが大量にある。俺にとってはそういう娯楽ももちろん大事だからね。


「おじさま、もうひとつ気になる点があるのですが」


「ん? なにかな」


「この時間の流れですと、仮におじさまがずっと異世界で生活した場合、地球で生活している人から観測すると、少し見ない間におじさまがどんどん老けていくことになりますわ」


「ああ、それもそうだ。ええと……」


 俺はスマホを取り出し電卓アプリを起動――するよりも早く伊勢崎さんが口を開いた。


「誤差もあるので仮定に過ぎませんが、異世界で一年過ごしても地球では六日程度しか過ぎていないことになります。十年でも二ヶ月足らずですわ」


「俺が異世界で十歳歳をとっても、日本に戻ったら二ヶ月しか経ってないのか……それはかなり困るね」


「そうでしょうか? 私は今よりも深みを増したおじさまを見てみたい気も……。試しにロングステイしてみてはいかがです?」


「ええっ、それは勘弁してほしいなあ……」


 同窓会で俺だけ先生と見た目が変わらなかったり、同級生の中で群を抜いて毛髪が後退していたりとか、想像するだけで辛い。


 だが俺の抗議に伊勢崎さんはころころと笑う。


「ふふっ、冗談ですわ。それに関しては私にいい案がありますの。次の機会にお話ししますので、今は先に用事を済ませることにいたしますわ」


「あー……うん、そうだね。悪いけどよろしくたのむよ」


「任されましたわ。それでは失礼いたします」


 スッと綺麗なお辞儀をして、伊勢崎さんが家から出ていった。「いい案」とやらが気になるところだが、今は用事のほうが大事だ。


 なんといってもレヴィーリア様ご所望の伊勢崎さんと同じシャンプーは、行きつけのお高いヘアサロンにしか売ってないらしいからね。俺はてっきりドラッグストアで買えると思っていたよ……。


 俺は自宅に戻る伊勢崎さんを窓から眺めつつ、庶民おっさんとお嬢様の常識の違いを改めて実感したのだった。



 ◇◇◇



 伊勢崎さんを見送った後、私服に着替えた俺は伊勢崎邸へと向かった。未成年を連れ回しているのだし、保護者と密に連絡をとったほうがいいと思ったわけである。


 伊勢崎邸を訪ねると、すぐに大家さんが黒い派手プリントTシャツ姿で迎えてくれた。


「よう松永君。今日は聖奈と異世界に行ったんだろう? 聖奈も行ったと思ったら、すぐに帰ってきてタクシー拾ってどっかに出かけたよ。なにかトラブルなのかい?」


「はい、その辺の説明も含めて保護者の方にご報告をと」


 俺の言葉を聞いて、大家さんがめんどくさそうに顔をしかめる。


「なんだい、聖奈だってもう一人前の女なんだ。保護者に報告だなんて別にやんなくてもいいよ」


「いやいや、伊勢崎さんは未成年でしょう……」


「フン、こりゃあ聖奈も苦労するね……。とはいえ、何があったのかあたしも知りたいしね。いいよ、上がっていきな」


 指をクイッと後ろに向けると、大家さんは先にさっさと応接間へと向かった。



 ◇◇◇



 応接間で向かい合い、今日の出来事をレヴィーリア様の件を含めて大家さんに話した。


 大家さんはお茶をロックな服装に似合わない綺麗な所作でひと飲みした後、ゆっくりと口を開く。


「ふーん。そのお姫様のことは聖奈が問題ないっていうなら放っておいていいさ。それで松永君の商売の方は順調なのかい?」


「はい、この調子でやればなんとかやれそうです。それで今日は日頃のお礼といいますか、お土産といいますか――」


 そう言いながら、俺は『収納ストレージ』から油紙に包まれたブツを取り出す。


「お礼なんざいらないけど、お土産ってことならありがたく頂戴するよ。中身はなんだい?」


 興味津々といった風にブツを覗き込む大家さん。


「これは異世界で買ってきた魔物の肉です。すごく美味しいですよ」


 レイマール商会で自分用とは別に、大家さん用に切り分けてもらった物だ。魔物肉と聞いて大家さんの目が大きく見開いた。


「ほう、ほほう! いいねえ松永君! めっちゃアガるよ! コレさ、聖奈が来たら今夜の夕食にしよう。松永君も食っていきなよ!」


「そういうことなら遠慮なく」


 遠慮すると嫌がる人なので、ここは素直にごちそうになろう。俺も魔物肉料理楽しみだし。


「はてさて、どんな料理にして食べるといいだろうねえ。向こうじゃどんな料理で食べたのかね?」


「串焼きでしか食べたことなくて」


「へえ、そうかい。串焼きもいいけれど、せっかくだから他の料理も試してみたいところだねえ。そういや、これは何ていう魔物の肉なんだい?」


 まじまじと肉を見つめながら大家さんが尋ねる。……ウッ、できれば言いたくはなかった。名前のイメージが悪いからなあ……。


「なんだい? 早く言いなよ」


「……土ネズミという魔物の肉です」


 俺の返答に、大家さんは一度ピタリと動きを止めると――


「ネズミ肉……? ネズミ肉ッ!! FOOOOOOOOO!! マジかい、最高にクールじゃん! ああ、聖奈早く帰ってこないかねえ、待ち遠しいよ! 魔物肉 イズ デーーーッド! イェア!」


 などと感情を爆発させた。そりゃあ肉は死んでいると思う。


 さすがというか、なんというか、常人では測れない感性らしい。伊勢崎さんが行方不明から戻ってくるまでは、わりと普通の老婦人だったと思うんだけどなあ。


 俺はワクワクするあまり踊りだして腰を痛めそうな大家さんをなだめつつ、伊勢崎さんが戻ってくるのをひたすら待つことになったのだった。


――後書き――


 ついに30話!ここまで読んでくださりありがとうございます。


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