29 ティータイム
俺たちは大した寄り道もせず「エミーの宿」に戻った。そしてエミールと交渉をし、宿の個室を一年間借りる契約を結んだ。
賃貸料金は一年で30万Gと、思ったよりも安い。普段は空き部屋なことも多いらしく、エミールは快く貸し出してくれた。
これからしばらくは、ここを日本からの『
そうして部屋で落ち着いた後は、伊勢崎さんと今後の相談だ。議題は当然、レヴィーリア様について。
もちろん会議を始めるにはお茶とお菓子が必要。俺は『
電気ケトルの中身はアツアツの熱湯が入っている。どうやら『
コーヒーを淹れた後は、テーブル中央に置かれた皿にル◯ンドを並べていく。俺はいくらホワイト◯リータがこの異世界で人気であろうと、ルマ◯ドの味方だよ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。おじさま」
お茶の準備が終わり、伊勢崎さんがインスタントコーヒーを一口飲む。そして懐かしそうに目を細めながらゆっくりと語り始めた。
「レヴィーリア……レヴィと始めて出会ったのは、私が聖女として教会で生活するようになり一年ほど経った頃でした。貴族の教育の一環として、レヴィは私がお世話になっていた教会に通うことになったのです」
聖女を預かるだけあって領内で一番大きな教会で、領主とのつながりも深かったのだとか。伊勢崎さんはさらに言葉を続ける。
「今は時間の流れの変化で私より歳上になったようですが、当時は私より一つ歳下で、人懐っこい彼女は私をまるで実の姉のように慕ってくれていました。レヴィには本当のお姉さまもいるのですが、あまり仲はよろしくはなかったようです」
そういえばデリクシルという姉がいるんだったな。姉の縁談が未だにまとまっていないとライアスは言っていた。まあその辺の事情はどうでもいいとして――
「レヴィーリア様に伊勢崎さんの正体がバレることってあると思う?」
問題はこれだ。なんといっても一度は暗殺された伊勢崎さん。生きていたと知られれば、また狙われることだってあり得る。それは絶対に避けねばならない。
だが伊勢崎さんはふるふると首を横に振った。
「いえ、さすがに一度死んだ人間が歳下になって生き返ってるだなんて、普通は想像もできないでしょう。それに髪の毛でだいぶ印象も変わっていますし。……しかし万が一、レヴィに正体がバレるようなことがあれば――」
伊勢崎さんの声がかすれ、マグカップを持つ手がカタカタと軽く震えている。明らかな恐怖を感じているようだ。これは普通じゃない。
「……もしかして、君を殺すように指示したのが、レヴィーリア様ってこともある……とか?」
だが俺の問いかけに、伊勢崎さんはキョトンとした顔を浮かべる。
「え? いえ、それはないと思いますわ。当時彼女は十歳ですし、本当に私に懐いてくれましたから」
「そうなのかい? それにしてはレヴィーリア様のことを怖がっているように見えたけど……」
「は、はい。私が危惧していたのは……その、レヴィはちょっと……いや、かなり度を越して私に懐いてしまいまして――」
言いにくそうにしながらも伊勢崎さんが語り始める。そこで語られたのは、レヴィーリア様による大変重い愛情表現だった。
伊勢崎さんのことをひと目で気に入ったレヴィーリア様。
本来なら週に一度ほどの礼拝の予定であったのだが、彼女は礼拝の日以外にも教会を訪れるようになった。
用事のあるとき以外はほぼ教会にいたそうで、他に習い事の入っていない日には教会に宿泊し、朝から晩まで伊勢崎さんにくっついていたのだとか。
ある日には貴族を辞めて教会に帰依するだなんて言い出し、大騒ぎになったこともあったらしい。
とにかく食事中、入浴中、就寝中、なんなら高確率で夢にまで出るほどで、時と場合にかかわらずレヴィーリア様に追い回される日々が続いたそうだ。
「悪気はないのでしょうし、実の姉との不仲を
疲れたようにため息を吐きつつも、うっすらと口元に笑みも浮かべている伊勢崎さん。嫌なだけの思い出ではなさそうだった。
伊勢崎さんは吹っ切るように大きく息を吐いた。
「まあ、お貴族様は忙しいものです。もう二度と会うことはないと思いますし、レヴィの話はこの辺でよいでしょう。それよりもおじさま、ティータイムを楽しみませんか?」
「そうだね、もう少しゆっくりしてから日本に戻ろうか」
「承知しましたわ。ふふっ、おじさまとティータイム♪ ……って、あら? ホワイト◯リータがありませんわね……」
皿一面のル◯ンドに伊勢崎さんは残念そうに眉を寄せると――
「こんなこともあろうかと」とばかりに自分のポケットからホワイト◯リータをひとつ取り出し、ポイッと自分の口に放り込んだのだった。
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