16 痩せ犬横丁

 外壁の入り口を通り、町へと戻ってきた。俺の前を歩いていた伊勢崎さんがくるりと反転し、こちらに体を向ける。


 すると長い銀髪がふわりと広がり、その美しさに周囲の人々が息を呑んでいたのだが、本人は気づくことなく後ろ歩きをしながら俺に話しかける。


「それでおじさまは、どういった物を食べたいのですか?」


「……あっ、うーん。そうだね……。せっかくだからいろいろと食べてみたいし、量の少ない食べ物をいくつかハシゴしてみたいかな」


「なるほど、そういうことでしたら屋台がいいですわね。屋台なら私も自信がありますわ!」


 そう言って伊勢崎さんは再びくるりと前に向き直り、先へ先へと歩いていく。


 屋台に詳しいらしい彼女が言うには、この町に住んでいた頃、紛争で怪我をする兵士や傭兵を相手に『治癒ヒール』で傷を癒やし、そのお駄賃代わりに屋台でごちそうになっていたそうだ。子供ながらになかなかたくましい。


 異世界に来る前なら伊勢崎さんのそういった姿は想像できなかったけれど、ここに来てからというもの、どこか生き生きとしている彼女を見ているとなんとも納得だ。



 ◇◇◇



 伊勢崎さんと一緒に、食べ物の屋台がいくつも連なった道を歩く。


 ここは痩せ犬横丁と呼ばれており、ここに迷い込んだ犬は痩せ犬であろうと、またたく間に食材に変わる――という逸話から付けられたのだとか。


 恐ろしすぎる話だが、周辺からは焼いた肉や濃厚なスープといった食欲のそそる匂いが漂っていた。


「おじさま、まずはあの屋台にしましょう」


 伊勢崎さんが指差す先には、何人かの行列ができている屋台があった。近くの立て看板には『土ネズミの串焼き』と書かれている。


「ええぇ……。ネ、ネズミの串焼き……?」


 地球でも一部地域ではネズミを食べる習慣はあると聞く。だが学生時代にバイトをしていた飲食店ではネズミは天敵だったこともあり、正直あまり気が進まない。


 だが伊勢崎さんはニンマリといたずらっぽく笑って話し始める。


「ふふっ、ネズミではなくネズミですわ。土ネズミと言うのはあの荒野に棲息している生き物ですけれど……実は、魔物なのです」


「魔物?」


「ええ、魔物ですの。魔物は普通の生き物より美味しいものが多いらしくて、特に土ネズミはこの辺りでよく獲れ、しかも美味しいと評判のメジャー魔物食材ですわ。とにかく一度食べてくださいませ。さあさあ」


「ああ、うん。そんなに押さなくても並ぶから……」


 伊勢崎さんが俺の背中をぐいぐいと押して列に並ばせる。それにしても魔物か。やっぱり魔法のある世界には魔物だっているんだなあ……。


 今更ながらそんなことを考えつつ列に並び、しばらく待つ。やがて俺たちの順番になり、汗だくになりながら肉を焼いている店主の男に伊勢崎さんが声をかける。


「二本くださいな」


「あいよ、二本で300Gだ……ってお嬢さん美人だねえ。一本おまけしてやるよっ」


「ふふっ、ありがとうございます」


 普段から言われ慣れているのだろう、ただニコリと微笑みながら串焼きを受け取る伊勢崎さん。俺がイケメンだねとおまけされそうになった日には詐欺を疑うよ。


「お? そっちは旦那さんかい? まったくこんな美人の嫁さんもらって隅に置けないねえ!」


 そんな店主の言葉に伊勢崎さんが身を乗り出す。


「あらあら、そう見えます? やっぱり旦那様に見えます? 見えますわよね! そういうことでしたら私の方もおまけをいたしますわ! 500G? いや、1000Gでいかがかしら!?」


「へ? おまけってなにが!?」


 もちろん店主は困惑顔。どうやら伊勢崎さんは夫婦偽装が上手くいってることにご満悦の様子。財布代わりの革袋から硬貨をじゃらじゃらと取り出し始めた。


 俺は伊勢崎さんと店主の間に割って入ると、伊勢崎さんの手から硬貨を三枚だけつまみあげた。


「妻がすいません。それじゃ300Gで」


「おっ、おう、まいどあり! それじゃ次の人~」


 戸惑っていた店主もお金を受け取ると、トラブルはごめんだとばかりにさっさと次の客を呼び込み始めた。今度は俺が伊勢崎さんの背中を押しながら屋台から離れる。


 しばらく歩くと、我に返った伊勢崎さんが申し訳なさそうに顔を伏せた。


「す、すみません。ついつい浮かれてしまいまして……」


「仕方ないよ。歳は離れているし、見た目も釣り合ってないしね」


「なっ、そんなことありません! お、おじさまはとてもステキだと思いますっ!!」


 がばりと顔を上げて力説する伊勢崎さん。お世辞だとしても嬉しいもんだね。


「ありがとう。それじゃコレ、どこで食べようか」


「もうっ、本心ですのにおじさまったら……。それではあそこのベンチはいかがでしょうか」


 さらりと流した俺にぶつぶつと言いながらも、伊勢崎さんは屋台と屋台の切れ目に置かれていた木製のベンチを指差した。


 そこはどうやら休憩所になっているようで、いくつかのベンチは他の人々で埋まっている。俺たちは席が埋まらないうちに足早にベンチへと向かった。

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