17 土ネズミ
ベンチに座り、俺は伊勢崎さんから串焼き――土
その見た目は幸いなことにネズミの名残のようなものはまったくなく、日本でよく見かける焼き鳥と変わらない。それにたっぷりと塗られた赤茶色のソースからは、なんとも香ばしい匂いも漂ってくる。
形も匂いも問題ないんだ。でも、ネズミなんだよなあ……。
「…………」
視線を感じて顔を向けると、伊勢崎さんが無言でじいっと俺を見ていた。俺が串焼きを食べるまで決して逃さないという、ある種の圧力を感じる。
……よし、とりあえずネズミだということを忘れて食べてみよう。
俺は覚悟を決めると、先端の肉にガブリとかじりつき一気に口の中に収めた。
お、おお!? これは――
表面はカリッとしているけど、中はふわっと柔らかく、噛めば噛むほど旨みたっぷりの肉汁が溢れ出てくる。
串焼きなんてスーパーか居酒屋チェーンくらいでしか食べたことはないけれど、そういう物とは格が違うということくらいは一口食べただけでも判断できた。
「これは……美味いね!」
俺がそう言うと、じいっと見つめていた伊勢崎さんがニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「うふふっ、そうでしょう? おじさまのお口に合ったようでなによりですわ! それでは私も失礼して――」
伊勢崎さんは小さく口を開け、自分の串焼きをパクッと一口。
食べ慣れていたのだろうし、味に驚きはなかったのだろう。ただ目を細めて、「懐かしい味」とだけつぶやいた。
◇◇◇
こうしてすっかり魔物肉にハマった俺は、伊勢崎さんにお願いして魔物肉が売られている屋台を中心に回ってもらうようにお願いした。
だが魔物肉は本来かなり高価なものらしく、この辺りの屋台で売られているように安く出回っている魔物肉は土ネズミくらいしかないらしい。
少し残念に思ったけれど伊勢崎さん
その教えに従い、最初に食べたモモ肉以外にも、かわ、レバー、ハツといった具合にいろんな部位を楽しむことにしたのだが、そのどれもこれもが美味しかった。
正直なところ、この世界の文明は地球に比べて数段落ちると思っていたのだけれど、食材に関していえば地球以上の可能性を秘めているように思える。
今となって思えばツナ缶が高く売れなかったのも、保存食である以上に味の方でこちらの高級食材には負けていたのかもしれない。
そんなことを考えながら次の串焼きを食べ終わり、俺はゴミ箱に木串をポイッと投げ入れた。
お嬢様の伊勢崎さんが食べている間は、行儀よくベンチに座って食べることにしていたのだけれど、彼女はもうお腹がいっぱいだ。今は俺しか食べていないので食べ歩きにさせてもらっている。
ぶらぶらと痩せ犬横丁を歩き、最後の一本を頬張りながら、俺は伊勢崎さんに尋ねた。
「それにしても町はとても賑やかだね。お隣の領地と紛争中だと聞いているけど」
「争いのある所には、人も物資も集まるということのようです。お互いの領地の間にある荒野での争いが主になっているようですので、町にほとんど被害がないというのも大きいのかもしれませんわ」
「結構たくましく生きてるんだね……。でも同じ国の中で領主同士が争っているのに国王は止めようとはしないのかな」
俺は最後の串焼きも食べ終わり、木串をゴミ箱に捨てた。
「は、はい……。一度は仲を取り持って、こちらの領主の令嬢とあちらの令息との間で婚姻の話もあったはずなのですが、私が暗殺された後にお流れになったとエミールおばさんに聞きましたわ。……ところで、おじさま?」
「ん、なにかな?」
「さきほどから木串をどこに捨てているのですか……?」
「ははっ、そりゃあもちろんゴミ箱だよ。周りの人たちは地面にポイポイと捨てているけどさ、やっぱりそういうのはよくないしね。あっ、伊勢崎さんはまだ捨てずに持っていたんだ。捨ててあげるよ」
よく見れば伊勢崎さんは数本の木串を手に持ったままだった。彼女はニマニマと口元を緩めながら木串を俺に差し出す。
「どうぞ。うふふっ」
なんだか変だな。……まあいい、伊勢崎さんは異世界に来てからいろいろと変だし。
俺は木串を受け取るとゴミ箱に――
「おじさま? それゴミ箱ではありませんわよ?」
「え?」
伊勢崎さんの言葉に、俺は木串を投げ捨てようとした手をピタリと止めた。
そして俺は改めてゴミ箱を見る。
「へ? なんだこれ?」
俺が木串を投げ入れようとしていたゴミ箱――だと思っていたモノ。
それはまるで空中にぽっかりと穴が空いたような、直径十センチほどの灰色の異空間だった。
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