15 跳躍

「ここは……」


 どこだろう? 近くには灰色の高い壁がそびえ立ち、そのかたわらにはきれいに積まれた正方形の石材の山がある。


 もしかして、ついさっきまで遠くに感じていた町の外壁だろうか。ということは……えっと、つまり――


「さすがはおじさまですっ! ほら、さきほどのやからが今はあんなに遠くに見えますわ!」


 戸惑う俺とは違い、さっきまでバテバテだった伊勢崎さんが今はハイテンションで荒野を指差す。


 その先には、たしかに豆粒のように小さい三人組の姿があった。俺たちを見失い、右往左往しているように見える。どうやら危機は脱したらしい。


 それを見て俺は大きく息を吐き、安堵に胸を撫でおろした。犯罪上等の三人組との追いかけっこなんて、もちろん初めての体験だ。無事に済んでよかったよ。


「伊勢崎さん、今のは俺の魔法なんだよね?」


 直前に自分の中で魔力の発動を感じた。これがまさに魔法を使ったってことなんだと思う。伊勢崎さんは力強くうなずく。


「ええ、もちろんです。おそらく『跳躍ワープ』だと思いますわ。見える範囲に瞬間移動する魔法だと聞き及んでいます」


「なるほど。たしかに跳ぶ前に、この外壁を見ていたような気がする」


 やはり俺は魔法を使うことに成功したらしい。しかも伊勢崎さんの言っていた、なんとなくのイメージでだ。


 だからといって天才だとおごるつもりはないけれど、それでも嬉しいものは嬉しい。このところ感じたことのなかった達成感というヤツが、じんわりと胸にこみ上げてくる。


 ちなみに最後に感じた達成感はたぶん、今の会社に入社が決まった時だよ。あの頃は希望に満ち溢れていたなあ……。


 しかしそんな感傷に浸っていると、珍しく伊勢崎さんが急かすように俺の袖をくいっと引っ張ってきた。


「おじさま、おじさまっ。鉄は熱いうちに打てと言いますわ。さきほどの感覚を忘れないうちに、もう一度『跳躍ワープ』を試してみましょう!」


 伊勢崎さんの魔法レッスンはまだ続いていたらしい。あんなことがあった後だというのに、彼女のメンタルはなかなかに強靭なようだ。これは歳上として負けていられない。


「そうだね。それじゃあ次はあの石材の上に……」


 目標は、外壁のすぐ横に高く積まれている石材だ。俺は石材に意識を置きつつ、自分の魔力を身体全体に包み込ませ――それを発動させる。


「――うおっ、とっととと」


 次の瞬間には俺は石材の上にワープしていた。


 一瞬よろけそうになったもののバランスを取り、眼下の伊勢崎さんに手を振る。伊勢崎さんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振り返してくれた。


 再び『跳躍ワープ』を行い、伊勢崎さんの前に戻る。


「もう使いこなせておりますわ! さすがはおじさまですっ! ですから私、言いましたでしょう? おじさまもですって!」


 少々ドヤ顔で誇らしげに胸を張る伊勢崎さん。俺以上に喜んでくれているようで俺も嬉しい。


 そして魔法を発動させ、その力を体験したことで、ひとつ確信を持てたことがある。


「今回、異世界に転移してしまったのは、俺が異世界に『跳躍ワープ』してしまったってことなんだろうね」


「おそらくはそうだと思います。ですが『跳躍ワープ』というのは見える範囲に跳ぶ魔法。突然異世界に『跳躍ワープ』するというのはいささか不自然です。……もう少し、何かが足りていないように思えます」


 眉をひそめ、しばらく思案する伊勢崎さん。だが、それについても思い出したことがあった。


「伊勢崎さん、魔法の練習はここまでにして、町の中を案内してもらえないかな? 屋台とか見て回りたいよ。お腹も減ったし」


「まあっ、そういうことでしたら私にお任せください。幼少期にはよく屋台でごちそうになっておりましたの! さあこちらですわ!」


 俺の予想が正しければ、日本への帰還はもうすぐそこだ。今のうちに町を見物しておきたい。


 俺は足早に先を行く伊勢崎さんの背中を追いかけ、町の入り口へと足を進めた。

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