10 レイマール商会

 俺は来た道を戻りながら伊勢崎さんに話しかける。


「ごめんね、勝手に口を挟んじゃって」


「いいえ! おじさまの懸念けねんも当然です。なんといってもおじさまの着ていた服ですもの。本来なら私だって言い値で買いたいところですから!」


 などと伊勢崎さんが鼻息荒く語るが、ワイシャツに興味があるのだろうか。女子高生の間でワイシャツを着るのが流行っているとか……? 俺の使い古しなどではなく、今度おすすめの紳士服売り場を教えてあげようかな。


「ところでさ、4000Gっていうのはどのくらいの価値なのかな?」


「そうですわね……。だいたい日本円の4000円くらいの価値と見てもらってよろしいかと。もちろんおおよそですけれど」


「なるほど、それだとやっぱり生活費としては物足りないよね。よし、それじゃあさっそくだけど――いったん宿に戻ろうか」


「はい、わかりましたわ。おじさまのお心のままになさってくださいませ」


 なにも聞かず、素直にうなずく伊勢崎さん。彼女の信頼に応えるためにも、しっかりと結果を出さないといけないな。



 ◇◇◇



 俺たちは宿に戻ると、それぞれが転移したときの服装――スーツと制服姿に着直した。『清浄クリーン』もかけてもらい、汚れひとつない状態だ。


 そして伊勢崎さんの案内を頼りにレイマール商会へと向かう。


 移動中、周りの人々からチラチラと見られることはあったが、笑われたり指を指されるようなことはなかった。やはりこの服装はこちら世界の常識から、それほどかけ離れたものではないということだろう。


 つまり上質な生地で作られた少しだけ見慣れない服装ということだ。目立つのはデメリットだけれど、ここはメリットを取っておきたい。


 そうして俺たちは三番街の大通りにあるレイマール商会の前に到着した。この都市で一番の商会というのは確かなようで、辺りを見渡してもこれより高い建物は存在しない。


 俺は伊勢崎さんを引き連れて、そのまま堂々とレイマール商会の中へと入っていった。



 ◇◇◇



「いらっしゃいませ」


 店内に入るなり近づいてきた女性の従業員は、俺たちの姿を見て一瞬だけ物珍しそうに目を丸くしたが、すぐに態度を改めて営業スマイルを作った。うーんプロだね。


「お客様、ここはレイマール商会でございます。事前のお約束はございますでしょうか?」


「いいえ、このたびは突然の訪問失礼いたします。わたくし、行商人のマツナガと申す者です。このたびレイマール商会様に是非ともお見せしたい商品をお持ちしましたので、ご商談していただきたく参りました」


 そう言って宿から持ってきたエコバッグを見せ、深々と頭を下げた。それ以外の余計なことは言わないでおく。ボロが出るからね。


 従業員は俺の上から下まで眺め、ついでに隣の伊勢崎さんの美しさにハッと息を呑み――


「わかりました。担当の者を呼んで参りますので、しばらくそちらでおかけになってお待ちくださいませ」


 従業員はしずしずと頭を下げると、エントランスホールから奥の通路の方へと歩いていった。俺たちは案内された椅子に座ると、伊勢崎さんが興奮気味に声を上げる。


「さすがです、おじさま!」


「あはは、まあ仕事で営業は慣れているからね」


 などと余裕ぶって言ってみたりした。


 正直なところは勝率は五分だと思っていたのだけれど、やはりスーツという上質な服装の影響が大きかったと思う。これが庶民の服装なら屋台の男の言うとおり、門前払いだったことだろう。


 まあ例え今回失敗したとしても、他の商会で同じことを繰り返すだけだと思っていたので、さほどプレッシャーは感じなかったけどね。


 営業なんてのは失敗しても当たり前。数をこなす根気が大事という考えが身体に染み付いてるからだろう。悲しい習性だよ。



 それからしばらくして、俺たちはレイマール商会の一室に案内された。


 ここは応接室らしく、革張りのソファーとシンプルだけどどこか高級感漂うテーブルが置かれ、壁際の棚にはグラスやワインらしき物まで並んでいた。いちおう客として見てもらえたようで、ひと安心である。


 俺たちがソファーに座ると、すぐに三十代ほどの金髪の男が入ってきた。


 ヒゲをたくわえているのは少しでも貫禄があるように見せるためだろうか。ヒゲがなければ案外優男やさおとこのようにも思える。この男が俺たちの商談相手のようだ。


 俺たちはライアスと名乗ったこの男と挨拶を交わすと、色々と身辺の探りを入れられないうちに、さっさとこちらの商品を提示することにした。


 見せてしまえばこっちのもの――のはずだ。

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