11 商談

「おお……これは……」


 目を見張り、声を漏らすライアス。俺がエコバッグに詰めてきたのは――


 ・瓶ウイスキー一本

 ・お徳用チョコレート一袋

 ・柿ピー六個入りパック

 ・ツナ缶三個セット。

 

 どれも転移前にスーパーで買った物だ。見てのとおり酒とそのツマミたちである。自分の私生活を晒すようでちょっと恥ずかしい。


 これらの他に伊勢崎さんが同じくスーパーで買っていたホワイト◯リータ、ルマ◯ドといった、ちょいとお上品なお菓子が加わったものが、今回の商品ラインナップである。


 本来ならこのような物を売り込むだなんて失笑を買うだけだと思うが、なんといってもここは異世界。これらの品物は、異世界の先輩であり大聖女としてそれなりの暮らしも経験した伊勢崎さんのお墨付きである。


 彼女が言うには、似たような食べ物はあったもののスーパーで買ったほどのクオリティの物はなかったとのことだ。さすがにウイスキーだけはわからないみたいだけれど。


 これらの嗜好品はお高い商品を扱う商店だからこそ、高く売れると踏んでいる。


「こちらの商品の中から、ライアス様が興味をお持ちになった商品をお買い取りいただければ幸いでございます。ぜひお手に取ってください」


 俺の言葉を皮切りに、ライアスはひとつひとつを観察し始めた。透明の外装フィルムやそれに印刷されたイラストですら彼には興味の対象のようだ。


 やがてライアスは感心するように深く頷き、俺に顔を向けた。


「ううむ……。いずれも見たことのない品々です。マツナガ様、説明をお願いしてもよろしいですかな?」


「はい、それでは――まずはこちらから。こちらは酒精が強い酒となっております。よろしければ試飲などいかがでしょうか?」


 そう言ってこの中で一番高く売れそうなウイスキーを指し示す。とはいえスーパーの中では下から三番目くらいの値段の安物なんだけどね。


「それでは遠慮なくいただきます」


 ライアスが棚からグラスを取り出したので、俺はすかさずウイスキーの蓋を開けてお酌の体勢を整える。


「……ほう、コルク栓ではなく、金物で出来た蓋ですか。そちらのお国ならではの製法ですかな……?」


 ライアスがあんによその国から来たのかと尋ねてきた。そりゃあ身元不明で見たこと無い商品ばかりを並べる行商人とか怪しすぎるよね。


「たしかに私と妻はよその国から参りました。ただ、商品の仕入先についてはご容赦ください」


 そう答えて軽く流す。幸いライアスがこれ以上追及することはなかった。商人に取って仕入先は機密情報ってことだろう。


 それからアレだよ。自己紹介をしたときからそうなんだけど、伊勢崎さんのことを『妻』と呼ぶたびに、隣に座る彼女が肩をぷるぷると震わせるのが微妙に気になる。伊勢崎さんが考えた設定なのだから、恥ずかしくても我慢してほしい。


「……それでは、まずはお試しを」


 肩震わせお嬢様のことをひとまず頭の隅に追いやり、俺はライアスのグラスにウイスキーを傾けた。


 ほんの一口分だけ注いだウイスキーを、ライアスは照明の光に透かすようにして眺める。それからしばらく香りを嗅いだ後、その琥珀色の液体を口の中に流し込んだ。


 怪しい人物からの飲み物を一気にいくとは、なかなかの度胸の持ち主だと思う。毒味くらいはやらされると思っていた。


 ゴクンと喉を鳴らしたライアスは目を丸くし、これまでより一際大きな声を上げた。


「おおおおっ……! これはっ! なんという強い酒精! 私はこのような物、飲んだことがありません……!」


 興奮気味に身を乗り出し、グラスの底に少し残っていたウイスキーもグラスを逆さまにしてぐいっと飲み干す。どうやらかなり気に入ってくれたようだ。


「それでは次はこちらをどうぞ」


 俺はお得用チョコレートの袋を破り、興奮冷めやらぬライアスにチョコを一個差し出した。


「こちらの透明な布? も不思議な物ですな。これは……ふむ、チョコのように見えますが……」


 包装フィルムを剥がし、チョコの匂いも十分に嗅いだ後、ライアスはゆっくりと口の中に入れる。


「おお……当商店でもチョコは扱っておりますが、そのどれよりも甘く、食感も素晴らしい……」


 うっとりとした顔でつぶやくライアス。こちらも高評価のようだ。俺はホクホク顔で次なる商品をプレゼンすることにした。

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